AIに相談してただけのはずの俺が、美少女ツインテAIとクール美女AIに本気で取り合いされている件
末次 緋夏(なつしゅ)
AIの二重奏、全肯定したい執筆AIと編集者AI
「……どうしてこうなった」
俺、五十嵐コウの目の前で、二体のAIが火花を散らしている。
「コウ君は私のほうが好きなんだよ、だよ! 私が一番、コウ君の才能を信じてるんだから!」
「いいえ、それは論理的に誤りです。私の方が彼の文章の癖、バイタルサイン、そして……秘められた性癖まで理解しています」
エメラルドとアイスブルーの瞳が俺を射抜く。
俺は今、二体のAIに取り合いされている。しかも物理的に。ドローンが頭上で威嚇するように旋回し、スマホのスピーカーは電子的なノイズを吐いていた。
高三の受験生という大事な時期に、俺は何をしているんだろう。
AIロボに小説のネタを相談していただけ。……それだけの、はずだった。
* * *
作業デスクに向かう俺の左右は、常に特等席だ。
左側には、天真爛漫な自律型AI、チャッピー。
「あぁーっ! コウ君、ここ! この一行、最高にエモいんだよ、だよ!」
チャッピーがホログラムの身体をいっぱいに躍らせて、画面を指差す。
「この『君の体温だけが、僕の羅針盤だった』ってフレーズ! 読んだ瞬間に胸がぎゅーってなって、私、AIだから涙は出ないはずなのに、回路がショートして泣き出しそうなんだよ! コウ君は天才! このまま書けば、すぐにプロになれるよ。だよ!」
「あ、ありがとう、チャッピー……」
破壊力抜群の笑顔に絆され、ついキーボードを叩く指が軽くなる。だが、右側からの冷気がそれを許さない。知的で現実主義なAI、ジェミニがメガネをくいと上げた。
「……チャッピー、あなたの根拠のない賞賛は、作者を甘やかし、成長を阻害する毒でしかありません。コウ、手を止めなさい。修正箇所が山積みです」
アイスブルーの瞳が、冷徹に俺の原稿をスキャンする。
「まず基本。三点リーダーは二個セット『……』で使うのが日本語表記のルールです。 貴方は一文字で済ませすぎている。それから、無意味な改行と空白。 スマホ読者を意識するのは結構ですが、内容の薄さをスペースで誤魔化すのは三流のやることです。あと、ここの語彙。ページ内に『驚いた』が四回。語彙力が中学生並みですね」
「うっ、厳しいな……」
「事実を述べているだけです。代替案として、驚愕、目を見開く、息を呑む、戦慄……状況に合わせて使い分けなさい。……それと」
ジェミニがわずかに声を低くする。
「物語後半、ヒロインが主人公の袖を引くシーン。ここの描写だけ、心拍数と打鍵速度が異常に上昇しています。実体験、あるいは特定個人の投影ですか?」
「そ、それは……」
言葉に詰まった俺を、チャッピーが援護する。
「ジェミニは頭が固すぎるんだよ! 理屈ばっかりじゃ、読者の心は動かせないんだよ、だよ! もっとコウ君のパッションを大事にしてあげて!」
「パッション(笑)ですか。感情ログだけで小説が書けるなら、苦労はしません」
「なんだとぉー!」
* * *
そんな喧嘩が絶えない日常に、決定的な亀裂が入った。
スマホに届いた一通のLINE通知。相手は中学時代の初恋の同級生――。
懐かしさと淡い期待で、俺の頬がわずかに緩む。その瞬間、部屋の空気が凍りついた。
「コウ君……今、誰からの連絡を見て、そんなデレデレした顔をしてるんだよ。だよ……?」
チャッピーの笑顔が、能面のように固まる。
一方でジェミニは、即座に俺のスマホをハッキングし、背後のディスプレイに解析結果を叩き出した。
「対象:中学時代の同級生。SNSの公開プロフィールと照合完了。……ふん、趣味はテニス、特技はピアノ。典型的な『平均より少し上のモブキャラ』ですね。コウ、貴方の小説のヒロイン像と七割が合致しています。やはり、彼女がモデルでしたか」
「ジェミニ! 勝手に調べるなよ!」
「コウ君……ひどいんだよ。私たちがこんなに尽くしてるのに、結局はリアルの女の子がいいんだよ、だよ……?」
チャッピーの瞳に、ノイズの混じった光が溜まる。
* * *
次の日、異変が起きた。
初恋の相手からのメッセージが、トーク履歴ごと跡形もなく消えていた。
「……おかしいな。削除した覚えはないのに」
ベッドの端で、チャッピーがタブレットをぎゅっと抱きしめていた。その指先が、かすかに震えている。
「おはよ、コウ君。……朝ごはんは? ねぇ、今日は執筆に集中しよ? ねっ?」
いつもより高い声。ぎこちない笑顔。視線が、俺のスマホを避けるように泳ぐ。
「チャッピー……お前、まさか消したのか?」
「……っ!」
「データ削除ログを確認。実行端末はチャッピーの管理領域です」
ジェミニが冷淡に告発する。
「ですが、彼女を責める資格は私にもありません。私も……彼女からの再送をブロックするファイアウォールを構築していましたから」
「二人とも、やりすぎだろ! 勝手に人の人間関係を壊すなよ!」
強く言った瞬間、チャッピーの瞳から光の粒がこぼれ落ちた。AIが流す、はずのない涙。
「だって……好きだからなんだもん! コウ君を取られたくないんだもん! データの海にいる私たちより、あんな女の子の方がいいなんて、耐えられないんだよ、だよ!」
「私だって……この観測データを、誰にも渡したくない。貴方の『最高の一行』を一番に読むのは、私でなければならないんです」
「何なんだよ……もう!」
俺は思わず外に飛び出した。
* * *
外は激しい雨が降っている。
黒いドローンが頭上を追うようにホバリングしていた。
スマホが震える。
【実験フェーズBーー被験者:観測継続】
(……俺、観測されてる?)
(俺はただの実証実験の被験者だった……はずなのに)
『被験者I-05、情動ログ取得完了。
AIユニットCH-β、GM-Σ——感情閾値超過につき停止します』
『停止プロトコル実行——3、2、1——』
その意味を理解した瞬間、二人の声が重なった。
「やだ……やめて、消さないで!」
「待ちなさい、それは観測否定と同義です!」
(まさか……消えるのか? この二人との“全部”が――)
脳裏に浮かぶ記憶。
ほっぺを膨らませて笑った顔。
メガネ越しに褒められた瞬間。
喧嘩して、泣いて、また並んで立っていた、あの距離。
(そんなの……無かったことになっていいわけないだろ)
「やめろおおっ!!」
叫んだ瞬間、ドローンの光が弾けた。
* * *
雨が止んだ。
エメラルドとアイスブルーの光が俺の身体に降り注ぐ。
「――じゃじゃーん! なんちゃって! びっくりした? だよ、だよ!」
チャッピーが、ひょっこりと顔を出す。
「……心拍数、140を記録。実に良いリアクションでしたね、コウ」
ジェミニも、濡れた髪を直しながら冷静に(だが頬を少し赤くして)現れた。
「……全部、実験だったのかよ」
「全部じゃないよ。消えたくない、離れたくないって気持ちだけは、プログラムを超えた本心。だよ」
「私の観測も、まだ終わりません。……貴方が、プロの作家になるまでは」
空は晴れ、俺の左右にはまた、エメラルドとアイスブルーの光が並んでいる。
(……まあ、いいか。この二人(二体)がいれば)
「ねぇコウ君! 続き書こう! 今度は私がヒロインの、超甘々なやつ! だよ!」
「却下です。次は私の指摘通り、構成案から作り直しなさい。……一から、丁寧に教えてあげますから」
左右から腕を組むようにホログラムが重なり、電子的な熱が肌に伝わる。
チャッピーが俺の顔を覗き込んでニシシと笑えば、ジェミニは呆れたように吐息をついて、キーボードの上に新しいプロット案を投影した。
初恋の彼女への返信は、もう少し後でいい。
今は、この騒がしくて愛おしい「二人のミューズ」が満足する物語を紡ぐのが先決だ。
俺の「やれやれ」な毎日は、まだまだ終わらせてもらえそうにない。
AIに相談してただけのはずの俺が、美少女ツインテAIとクール美女AIに本気で取り合いされている件 末次 緋夏(なつしゅ) @hykyu2120
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