第34話
「エリカ!! ライナス!!」
ディオンの叫びが、紫の燐光を切り裂いた。
エリカは腹部を貫かれた衝撃で白目を剥き、崩れ落ちる。
崩壊しかけていた泥の亡霊が、その隙を逃さず触手を蠢かせ、絶好の「宿主」へと這い寄る。
「どけえッ!!」
バハルが咆哮し、地面を爆ぜさせて肉薄した。
彼は倒れた二人の前で仁王立ちになると、肉を焼く嫌な音を無視し、ライナスの脇腹に突き刺さった鉄柱を素手で掴み、一気に引き抜いた。
「ライナス! 死ぬんじゃねえぞ!」
「あ……ぐ、……『神よ、慈悲を』……!」
激痛に顔を歪めながらも、ライナスは震える指で自らとエリカに手をかざした。
超高熱の鉄柱が傷口を焼き塞いでいたため、幸いにも致命的な出血は免れていた。神聖な光が二人を包み込み、肉細胞が急速に編み合わされていく代わりに強烈な回復による痛みを引き起こす。
「バハル、頼む! 時間を稼いでくれ!」
「おう、一歩も通さねえよ!」
バハルは戦略級大楯『イージス・カノプス』を地面に叩きつけ、鉄壁の構えを見せる。
その間にディオンが動いた。
獅子紋様のマントを翻し、一瞬でアニマ=ゼロの懐へ潜り込む。
「これで、終わりだ!!」
聖剣『ソル・レギウス』が黄金の軌跡を描き、泥の核を両断しようと振り下ろされる。
だが――。
キィィィィィィィン!!
硬質な、弾かれるような音が響いた。
刃は泥の表面で滑り、傷一つ付けられない。
「なっ……物理が通らない!? ならばこれならどうだ!」
ディオンはゼロ距離から、父譲りの古代魔導を剣に纏わせ、斬撃に合わせ、爆発的な衝撃を叩き込んだ。
「はあああああッ!!」
凄まじい魔力の奔流がアニマ=ゼロを飲み込む。
しかし、砂塵が晴れた後、そこには無傷の亡霊が立っていた。
「嘘……。完全魔法無効障壁(マジック・ヌル)!? そんなの、あり得ないわ!」
アルベローゼが叫びながら、縦横無尽に走り回る。
彼女は走りながら次々と矢を番え、放った。 「『スプラッシュ・ヘヴィ・ボルト』! 『マギ・フレア・サジタリウス』!」
物理特化の貫通矢と、魔法特化の灼熱矢が交互に亡霊を襲う。
だが、ある矢は泥の弾力に弾き飛ばされ、ある矢は着弾の瞬間に魔力の光を失い、ただの棒切れとなって落ちた。
「ダメだ……。物理も魔法も、完全に適応されてる……!」
アルベローゼの額に冷や汗が流れる。
亡霊は「ギギ、ギ……」と、壊れた蓄音機のような音を立てた。
それは、自分たちが積み上げてきた技術や力が通用しないことを嘲笑っているかのようだった。
その時、戦場に異質な風が吹いた。
「……リニ、避けろ!!」
バハルの絶叫が響いたが、それよりも「それ」の方が速かった。
虚空から現れた歪な、虹色に光る魔導刃。
それは亡霊の背中から伸びた、隠された触手だった。
「あ……」 鮮血が舞った。
リニの右足が、そしてアルベローゼの左腕が、同時に宙を舞った。
「リニィィィィ!! アルベローゼ!!」
ディオンとバハルの悲痛な叫びが、地下都市の天井を震わせる。
アルベローゼは衝撃で弾き飛ばされ、切断された肩を押さえながら石畳を転がった。
激痛で視界が真っ白になる中、彼女の目に映ったのは、アニマ=ゼロの醜悪な泥の顔が、確かに歪んで「笑った」瞬間だった。
「ギギ……ギギギギギ!!」
亡霊は勝利を確信したように喉を鳴らす。
二人が欠け、主力が傷つき、最強の魔導兵器のリロードまではあと数分。
絶体絶命という言葉すら生ぬるい地獄が、そこにあった。
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