第27話
次元の門を越えた一行の前に広がっていたのは、絶望的なまでに美しい滅亡の光景でした。
かつて白亜であったであろう完璧な直線と曲線が織りなす高層建築群。
それらを繋ぐ、蜘蛛の巣のように縦横に走る透明なガラスの回廊。
地上のどんな大国をも凌駕する高度な文明の跡。
しかし、そのすべてが巨大な力で叩き潰されたように無残に壊れ、紫色の燐光の中に沈んでいました。
「……これが、二千年前の世界」
エリカが呟く声が、遮るもののない静寂に吸い込まれていきます。
「作戦を決めよう」
魔力の消耗激しく、リニの肩を借りて立つアルベローゼを気遣いながら、ディオンが切り出しました。
「目指すは『マギ・アイン・ツェントラール』(魔導エネルギー集中供給センター)だ。
「僕とエリカの中にいる『奴』にエネルギーを渡さないために、まずはあそこを叩く」
「賛成だ。だが無理は禁物だぜ」
バハルが大楯を構え直しました。
「地上の魔物とは気配が違う。キャンプを繰り返しながら慎重に進もう」
潜行一日目
中央道『エイグ・ミド・ヴェグ』
歩き始めて数時間、中央道の残骸を進む一行を、闇の中から異形の影が襲いました。
「……っ、来るぞ!」
ディオンの声と同時に、ガラスの回廊から降り注いだのは、鋼鉄の鱗を持つ六本足の獣、『クリンゲ・レギオン』。
地上の魔物とは比較にならない密度と速さです。
ディオンの聖剣が古代文字の魔力を帯びて閃光を放ち、獣を両断します。
しかし、一体を倒す間に十体が現れる。
「ライナス、回復を! バハル、右を頼む!」
「任せろ! はあああっ!」
バハルのミスリル製フルプレートが激しい衝撃を弾き返します。
初日から、一行は休む暇もない連戦を強いられました。
潜行二日目
二日目のキャンプ。
アルベローゼが『ディメン・セル』から出した聖王国自慢の冷製スープを口にしながらも、エリカの顔色は優れませんでした。
上空では、翼に魔力の触手を持つ怪鳥『マギ・ガイスト・ガイア』が、獲物を探して旋回しています。
「エリカ、大丈夫かい?」
ライナスが心配そうに覗き込みます。
「ええ……ただ、少し体が重いの。それと、さっきの戦闘中、頭の中に知らない誰かの笑い声が響いたような気がして……」
「君もか……」
ディオンが重々しく口を開きました。
「実は僕もだ。剣を振るうたび、自分ではない『誰か』が内側から体を乗っ取ろうとしているような不快感があるんだ」
二人の瞳に、微かな紅い光が混じり始めていました。
それは聖都で感じていたものより、遥かに濃く凶悪な殺意でした。
潜行三日目
三日目、一行は崩落した高架橋の下で無数の人の手の集合体魔物『グラウス・シュタール・バイザー』との激戦を終えたところでした。
ディオンは荒い息をつき、膝をつきました。
額からは脂汗が流れ、その手は剣を握るのを拒むかのように震えています。
「……ディオン、顔色が最悪だよ」
アルベローゼが魔力の戻り始めた手で、ディオンの額に触れました。
「ひどい熱。エリカも……これ、ただの疲労じゃないね」
エリカは自分の胸元を強く握りしめ、苦しげに喘ぎました。
「近づいているからだわ……。供給センターに近づくほど、体の中の『魔王』が歓喜して暴れている。あいつの……あいつの鼓動が、私の自我を塗りつぶそうとしている……っ!」
「なるほど、道理で魔物どもが執拗なわけだ」
バハルが周囲の闇を睨みつけました。
供給センターから発せられる異質なエネルギーが、二人の封印を内側から食い破ろうとしている。
魔物たちはその共鳴に惹きつけられ、獲物を求めて群がってくるのです。
「皮肉だな……。世界を救うために目指す場所が、僕たちを『魔王』へと変える場所だなんて」
ディオンが吐き出すように言いました。
その声には、普段の彼にはない低く冷酷な響きが混じっていました。
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