第26話

 聖都王城の最深部、冷気に満ちた「封印の門」の前には、女王エレオノーラを筆頭に、国の命運を左右する首脳陣が固唾を呑んで集結していました。

 二ヶ月にわたる血の滲むような研鑽の成果を、今ここで証明する時が来たのです。

 術式の中心に立つアルベローゼの手は、微かに震えていました。

 あの不遜で、どんな窮地も笑い飛ばしてきた小悪魔のような彼女が、初めて見せる剥き出しの緊張でした。

「……ねぇ。もし、もし上手くいかなかったら、ごめんなさい。……そしたら、もう一ヶ月だけ時間を頂戴」

 その弱気な言葉に、背後で見守る大臣たちから不安のざわめきが漏れます。

 しかし、仲間たちの反応は違いました。 ディオンが彼女の肩にそっと手を置き、静かに微笑みました。 「一ヶ月でも二ヶ月でも待つさ。でも、大丈夫。君がどれだけこの文献と戦ってきたか、僕たちが一番知っているからね」

「そうだ、アルベローゼ。いつも通り気楽にやればいい」

 ライナスが続き、バハルは豪快に笑って「俺の盾の裏側より安全な場所なんてねえだろ? 失敗したら、すぐにこっち来いよ」と力強く勇気づけます。

 エリカも優しく手を握りしめました。

「アル、大丈夫」

仲間の言葉に、アルベローゼは一度だけ強く瞬きをし唇を噛んで頷きました。

「……ん。そうだよね。……よし、いっくよ!」

 彼女は古代文献から得た知識を総動員し、空中に複雑怪奇な魔導回路を構築し始めます。

まず放たれたのは、『エヴァ・コンティ・ピル』(封印継続表記の矢)。 この矢が門に触れた瞬間、封印の魔力波長を無理やり固定し、干渉の隙間をこじ開けます。

 次に、その魔力波長を維持したまま、空間の膜を強引に貫通させる『ディメン・ドゥルヒ・ピル』(次元貫通矢)が放たれました。門の表面が水面のように揺らぎ、漆黒の、しかしどこか透明な入り口が姿を現します。

 そして仕上げは、最も難易度の高い術式――。 「これが最後! 『ヴィータ・テクト・フォルス・ピル』(次元内生命体侵入保護プロセス・次元強制転送矢)!!」

 次元の穴を通過する際、生命体に加わる凄まじい圧力を防壁で包み込み、対象を強制的に向こう側へ送り出す一矢。

 アルベローゼの魔力が、目も眩むような閃光となって放たれました。

 水面のような次元の扉が大きく波打ち、ディオン、ライナス、バハル、リニ、エリカ、そして術者であるアルベローゼ自身がその中へと飛び込みます。

 一行がその境界を越えた瞬間、水面の揺らぎはピシャリと閉じ、英雄たちの姿は一瞬にして消えてなくなりました。

 後に残されたのは、静まり返った封印の間と、愛する英雄たちの無事を祈り、震える手で胸元を押さえる女王エレオノーラの祈るような姿だけでした。


 門を越えた一行が目を開けると、そこには二千年前の時が止まったままの、美しくも禍々しい『古代魔導エルフ都市』が広がっていました。

 空には太陽はなく、ただ紫色の燐光が巨大な地下空間を照らしています。

 アルベローゼは魔力をかなり消耗し、激しく肩で息をしていますが、無事に全員で通過出来たことに安堵の表情を見せています。

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