第12話
王都の喧騒を完全に遮断した、厚い石壁とふかふかの絨毯。
広間には最高級の赤ワインと、香草で煮込まれた極上の肉料理が並んでいました。
しかし、この場に漂う空気は豪華な食事とは裏腹にどこか気まずく、それでいて妙に浮き足立ったものでした。
「ねえ、ディオン。さっきの、もう一回再現してくれない?」
アルベローゼは、猫が獲物を追い詰めるような笑みを浮かべ、ディオンを座っている椅子ごと自分の方へ引き寄せました。
彼女の機嫌はあの騒動以来、驚くほど良くなっています。
「……何のことだい。僕は今、夕食を食べているところだよ」
ディオンは皿の上の温野菜に無理矢理手を伸ばしてフォークで刺しながら、努めて冷静に答えました。
「えええー、ほんとーかなぁ? 王都のど真ん中で私の名前を大声で叫んだ後にさ、『彼女に手を出すな!』なーんて言いながらパーンチ! ……もう、思い出しただけで恥ずかしいわ。私、顔から火が出そうだったんだから!」
そう言いながら、アルベローゼは自分の両頬を押さえて体をくねらせます。
ですが、その瞳はちっとも恥ずかしがっておらず面白くて仕方がないという風に、隣に座るディオンをじっと凝視していました。
「……っ! ゴホッ、ゲホッ!」
ディオンは飲んでいたスープで激しくむせ返りました。
耳の先まで真っ赤にして、逃げるように皿を見つめたまま固まっています。
「あ、もしかしてディオン、あれが自分の本心だって気づいちゃった? 私のこと、そんなに大事な『彼女』だと思ってくれてたんだー?」
「……よせよ、アル。あれは、その、緊急事態だったからだよ!」
ディオンは必死に抗弁しますが、アルベローゼの指先が自分の右腕をツンツンと突き始めるたびに、鍛え上げられた筋肉が情けなく跳ねます。
彼がまだ自覚できていない淡い感情を、アルベローゼは本能的に察知して、存分に楽しみ始めていたのです。
「……まあ、あんな野郎どもだ。生かしておいただけでも、ディオンは慈悲深い方さ」
バハルが重厚な声で笑いました。
ディオンとアルベローゼが先頭の男を沈めた直後、逆上した残りの4人が襲いかかろうと抜刀した瞬間――。
バハルが巨体を弾ませ、重戦車のような猛烈なタックルを叩き込み、一瞬で「肉の山」を築き上げたのでした。
「あとの奴らは俺がまとめて吹っ飛ばしたが、嬢ちゃんの一撃も大したもんだったぜ。……ありゃあ、ただの力じゃねえな?」
バハルの言葉を引き継ぐように、ライナスがアルベローゼの拳をじっと見つめました。
「アルベローゼ、君のあの時の拳に宿った魔力……。どのような形態」
しかし、アルベローゼはワイングラスを弄びながら、つまらなそうに肩をすくめながらライナスの言葉を遮ります。
「……あたし、あんま魔法って興味ないんだよね。 なんか熱くなったから、思いっきり殴っただけ。理屈なんて知らないわよ」
何かの深い知識を胸の奥に隠したまま、彼女はいつものようにのらりくらりとはぐらかします。
ライナスはそれ以上追求できず、少しだけ困ったように眉を下げました。
一行は、アルベローゼについて、それ以上の深入りを避けるように食事に戻りました。
豪華な食事を終え、一行がそれぞれの思いに耽っていたその時です。
時計の針が欠落の端刻(23時)を示すと同時に、宿の重厚な廊下から統制された足音が響き渡りました。
カツン、カツン、と硬い靴音が、一行の広間の前でぴたりと止まります。
「……来たようです」
ライナスが立ち上がると同時に、重厚な扉がゆっくりと、その重い沈黙を破って開かれようとしていました。
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