第11話
王都近辺を管轄する中央騎士団の定期的な掃討作戦により、魔物の気配は無く馬車は驚くほど平穏に街道を滑っていきました。
しかし馬車の中の空気は、それとは対照的にどこか落ち着かない熱を帯びていました。
アルベローゼは理由の判然としないイライラを隠そうともせず、「狭いわね」と小さく毒づきながら、頬を膨らませて隣のディオンにぴったりと寄り添っていました。
もはや密着と呼ぶべきその近さに、当のディオンは戸惑いながらも、彼女に肩を貸したまま静かに車窓を流れる景色を見つめていました。
太陽が天頂で輝き、黄金の正刻(正午)を告げる鐘が重厚に鳴り響く頃、一行はついに王都の巨大な尖塔群をその目に捉えました。
王都到着後、ライナスは一人別行動をとり、王都分教会へと向かいました。
そこで待たされること、二つ砂時計の刻(二時間)、ようやく分教会長が姿を現しました。
「使いをやるゆえ、指定の宿へ移動しそこで逗留せよ。これは王命である」
分教会長が突き出したのは、王の玉璽が鮮明に押された令状でした。
「市井の酒場や買い物による外出も一切禁ずる。支払いの心配は無用、すべては国家が負担する」
事実上の軟禁。
ライナスは胸に広がる不安を抑え、急いで街へと散った仲間たちを探しに走りました。
その頃、エリカとアルベローゼは活気あふれる王都の露店街にいました。
「見て、アルベローゼ! これがリリュエだよ!」
エリカが目を輝かせて指差したのは、氷結魔法で果汁を花のように凍らせた王都独自の冷菓子でした。
「なにこれ、かわいーすごーい」
二人がそれを手に取ろうとしたその時です。
「へへっ、べっぴんさんたちが二人揃って何してんだ? ……もっと気持ちいいこと教えてやるよ、こっち来いよ」
酒の臭いを漂わせた、山賊崩れのような下衆な冒険者たち5人が卑猥な笑みを浮かべて二人を囲みました。
「やめて、離して!」
嫌がるアルベローゼの手首を男が乱暴に掴んだ瞬間、宝石のようなリリュエが彼女の手からこぼれ、石畳の上で無残に砕け散りました。
「……私の、お菓子……」
アルベローゼの額に青筋が浮かびます。
アルベローゼは自分の掌に何かを書き込みました。
魔法の発動体を通さない剥き出しの魔力が、淡い燐光となって纏い始めました。
「アルベローゼ!!」
その瞬間、喉が張り裂けんばかりに彼女の名を叫び、ディオンが人混みを割って飛び出しました。
怒りに燃えるディオンの咆哮と、アルベローゼの魔力を乗せた一撃が、同時に先頭の男の顔面を捉えました。
バキリ、と鈍い音が響き、下衆な言葉を吐いた男は言葉を発する間もなく数ガルイ(数メートル)後方へ吹き飛び、そのまま気絶しました。
王都巡回魔導騎士団が駆けつけたとき、ライナスもようやく現場に合流しました。
そこで彼が目にしたのは、無残にのびた5人の悪漢たちと、その「肉の山」の上に重武装のバハルが悠然と腰を下ろして笑っている光景でした。
騎士団に対し、アルベローゼとエリカが毅然とした態度で事情を説明しました。
拉致未遂と、大切なお菓子を台無しにされた怒り。
二人の証言により、即座に正当防衛が認められました。
ライナスは皆を連れ、案内された最高級宿『白亜の揺り籠亭』へと向かいました。
宿の広間には、王侯貴族にしか許されない極上の料理と名酒が並んでいました。
「……まあ、あいつらも殴ったし。とりあえず許してあげるわよ、ディオン」
アルベローゼは、騒動の中で必死に自分の名を呼び、真っ先に駆け寄ってくれたディオンの姿を思い出しワインを一口飲むと、ようやく満足げに表情を緩めました。
一方のディオンは、何について許されたのか見当もつかないまま、先ほど人前で彼女の名を絶叫してしまったことが恥ずかしくてたまらず、赤くなった顔を隠すように俯いています。
自分を律するはずの理性を超え、彼女を失う恐怖で体が勝手に動いたこと。
それが何か特別な感情が芽生え始めているという事に、彼はまだ気づいていませんでした。
豪華な食事を囲みながらも、一行の視線は時折、閉じられた扉へと向けられます。
彼らはそこで、何かしらの命令を持ってくるであろう使者を待つことにしたのでした。
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