ご都合隣国王子はお呼びじゃない

白羽鳥

読み切り短編

 おや、殿下。ご無沙汰しております。陛下から登城を命じられて以来でしょうか。

 いえいえ、私めのようなババアを友人などと、勿体無いお言葉でございます。陛下からも宮廷魔導師の推薦を受けましたが、世捨て人はひっそり暮らすのが性に合っておりますので……本音を言えば、余計な敵を作りたくないですしね。


 それで本日はどのような……そうですか、婚約者候補が! 結構な事でございます。聖女と結ばれた者が婚約解消になるなどと、お節介にも口を出してしまったばかりに、正式な婚約を保留にさせた事、誠に申し訳ございません。もし聖女が殿下以外の令息を選ばれた際には、是非とも今の縁を大事になさいませ。


 ……え? 令嬢の事は気に入っている? ここからどう婚約破棄になるのか想像もつかない?

 今はそれでよろしいでしょう。しかし人の心は分からぬもの。周りの環境次第でどう育っていくのかは未知数でございます。特に聖女の存在は王家としては何としても取り込みたいところ。候補の御令嬢も国のためとあらばしっかり理解しているでしょうから、殿下が気に病む必要もないのです。

 それに、私が視えるのは可能性の高い未来のみ。絶対そうなるという保証もないのですから、もしかしたらという保険ぐらいに捉えていただくのがよろしいかと。


 それでも聞きたいと? ……分かりました、あくまで確定ではないという前提でお願いします。


 殿下の婚約者、候補の御令嬢は大変優秀な方でございますね。その上、努力家でいらっしゃる。国のため、殿下のために尽くす姿に貴方様は尊敬の念を抱きます。しかし御自身の能力を上回るようになりますと、やがて自尊心から危機感を抱くようになり、その振る舞いが疎ましくなるでしょう……言っている意味が分からない? その年頃特有の悩みなので、今は想像できなくとも良いのですよ。

 聖女と呼ばれる少女は現在身分としては低いものの、将来的にそれを覆せるだけの奇跡の力を宿しますし、何より決して驕りを持たない人格者だと断言いたします。貴族らしさが鼻につく御令嬢と、清らかで悩みを癒してくれる聖女……どちらを選ぶかはその時の殿下の御心次第となります。


 もし聖女を選んだら?

 先程申しました通り、御令嬢は国の決まり事は心得ている優秀な御方。喜んで身を引くでしょう。その後ですか? すぐに次の嫁ぎ先が決まり、国を出られます。

 当然でしょう、婚約解消は決して彼女が原因の瑕ではなく、王国側の都合なのですから……まさか結ばれなくとも殿下を想って修道院で生涯独身を貫くとでも? 王妃教育が終わっていれば、下手に国外や下位貴族に情報を漏らさないため、それも有り得たでしょうけれど。


 相手は誰か? その結末では殿下は聖女を妃として迎えるのですから、今から気にしても仕方ないのでは……命令? 分かりましたよ、視たままを申し上げれば良いのですね?

 その場合、御令嬢は隣国の王子の妃となります。殿下は既に親交がおありのようですね。現実でもそのうち、御令嬢とも挨拶する機会ができるでしょうから、王子はそこで彼女に恋心を抱くでしょう。

 いえいえ、決して浮気ではありません。友人の婚約者である事は弁えていますし、あからさまな振る舞いは一切見せませんから、殿下との婚約が解消されてすぐに求婚された事は御令嬢にとっても青天の霹靂です。


 いいですか? 私が視たのは、殿下と御令嬢の仲が微妙になっていて、聖女と親密になった末に婚約が解消された未来、です!

 このまま順調に行けば、そのような事は起こりませんから。隣国の王子が横恋慕を狙っているなど、邪推はなさらぬように!


 と言うか殿下、まだ候補として決まったばかりの御令嬢の事でやきもちなど、早くも恋が芽生えてきたようですね。これは候補止まりにしろなど、余計なお世話でしたか……

 え? 友人の助言なら心に留め置いて当然だ?

 ……勿体無き御言葉でございます。



  ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇


 その後。


 殿下は婚約者候補となった御令嬢との交流に心を砕き、血の滲むような努力で名君を目指した。私の予言通り御令嬢の方が才能を上回った分野もあるが、御自身の向き不向きを受け止め、時には弱音を打ち明けながら二人三脚で乗り越えた。

 そんな二人の間に入り込めるような隙などできるはずもなく、現れた聖女も空気を読んで必要以上の接触は避けた。と言うか色恋に現を抜かすタイプでなかったようで、使命を果たすために修道院に籠りきりになった。私の予言も外れてしまったかのように見えたが……


「隣国の王子は未だに独身で婚約者も居ないそうだ」


 ご成婚から数日後、招待された城の中庭でのお茶会の席で、殿下はぽつりと漏らされた。


「機会あるごとに、婚約はしないのかと探りを入れたんだがな。私たちに世継ぎができる頃にでも探そうか、などとはぐらかされてきた。……だが隣国では、子供の頃からの初恋が忘れられない王子を待ち続けるのにも限界があってな。年頃の貴族の娘はさっさと見切りをつけて結婚ラッシュが起こっているらしい」


 このままでは焦って妥協を考える頃には、ろくな相手が残っていないだろう。隣国の王も諦め気味で、王位継承権を王弟に譲る事も検討しているのだとか。


「予言を聞いた時はまさかと思っていたが……もし、何も知らずに普通に婚約し聖女と出会っていたなら、みすみす素晴らしい宝を手放して、隣国にくれてやるところだったのだな」

「そのような事……殿下は既に、王子妃様に心惹かれていたではないですか」

「いや、自分の事だから分かる。当時はまだ王家の使命も恋愛感情も何も自覚していなかった。私はただ……将来捨てるであろう相手に価値を見出され、永遠に取り戻せなくなる事を惜しんだだけに過ぎない。今は本当に愛しく思っていたとしても、子供の独占欲から始まったのだから、酷い話だ」


 項垂れる殿下の頭を、私は手を伸ばして撫でる。宮廷魔術師への誘いも断り、友人である事も否定してきた私だけれど、ここまでの付き合いともなると息子や孫のような情が湧いてしまうものだ。


「子供の独占欲を、努力を継続する事で愛にまで昇華させた貴方は立派ですよ。王子妃様もちゃんと理解していらっしゃいます。自信がおありでないのなら、これから一生かけて幸せにしなさい」

「……かけがえのない友に言われたら、聞かないわけにもいかんな」

「そうですよ、フフ……ではそろそろ、お暇いたします」


 席を立つ私に、長い別れを感じ取ったのか名残惜しそうに引き留める殿下。だが私は恨みを買っているから、一刻も早く身を隠さなくてはいけない。


 誰にって?


 私が未来を変えたせいで、本来の出番を失ってしまった隣国の王子様にです!



【終】

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