人間という、バグだらけの実験体について

名前のない声

第1話

――二十三歳、被験者番号:私――


人間は合理的な生き物だ、という前提で心理学は始まる。

ここでまず笑ってしまう。

合理的?

どこが?


人間は「健康に悪い」と知りながら夜更かしし、

「後悔する」と知りながら既読をつけ、

「無理だ」と思いながら明日も会社に行く。


これを心理学では認知的不協和と呼ぶ。

要するに「頭と行動が仲悪すぎ問題」だ。


人間は自分の矛盾を認められない。

だから都合よく言い訳を作る。

これを合理化という。

かっこいい名前だが、やっていることはただの言い逃れである。



人は、自分を守るためなら平気で現実を歪める


失敗したとき、人はこう言う。

「環境が悪かった」

「タイミングが悪かった」

「上司が無能だった」


これは自己奉仕バイアス。

成功は自分のおかげ、失敗は他人のせい。


冷静に考えれば、

そんな都合のいい世界があるわけがない。

でも人間は、この幻想がないとメンタルが死ぬ。


心理学的に言えば、

人間は真実より自尊心の生存率を優先する生き物だ。


つまり人は、

正しく生きたいのではなく、

壊れずに生きたい。


ここ、かなり重要。



人間は「自由」が好きなくせに、選択が大嫌い


選択肢が多いほど幸せになる。

そう思われがちだが、心理学は真逆を突く。


選択のパラドックス。

選択肢が増えるほど、人は不安になり、後悔し、満足度が下がる。


レストランのメニューが3ページあると、

人はもう楽しくない。

ただの試験になる。


人生も同じだ。

「何にでもなれる」は、

「何にもなれていない」という不安を生む。


だから人は、

ブラックな環境でも、

合わない仕事でも、

「ここしかない」と思い込もうとする。


それを認知の閉鎖欲求という。

人は不確実性に耐えられない。


自由は好き。

でも自由の責任は取りたくない。

人間、わがままにもほどがある。



大人は成長しているのではなく、慣れているだけ


二十三歳から見た大人たちは、

精神的に成熟しているというより、

感情を感じない技術を身につけただけに見える。


心理学的には情動鈍麻。

簡単に言えば「もういちいち傷ついてたら生きていけない症候群」。


怒られても、

理不尽でも、

心のどこかで「はいはい」と思えるようになる。


これは強さではない。

防御反応だ。


でもこの鈍さがないと、

人は社会を回せない。


人類は、

繊細さを犠牲にして文明を手に入れた。


進化としては正しい。

幸福としては、かなり微妙。



人は「意味がない」と知りながら、意味を欲しがる


心理学にはテロマネジメント理論というものがある。

人は「死」を意識すると、

文化・宗教・仕事・家族などにしがみつく。


要するに、

死ぬとわかっているから、

「自分の人生は無意味じゃない」と信じたい。


でも内心では気づいている。

宇宙規模で見たら、

自分の悩みなんて誤差以下。


それでも人は、

今日の失敗で泣く。


これ、滑稽だけど、

同時に異常な執念だと思う。


無意味だと知りながら、

意味を作ろうとする。


人間、しつこすぎる。



最強に見える瞬間は、だいたい一番ダサい


心理学的に一番「強い」状態は、

自信満々のときではない。


学習性無力感を経験したあと、

それでも行動する人間。


もう期待していない。

でもやる。

成功するとも思っていない。

でも生きる。


これ、めちゃくちゃ強い。


希望も幻想もない状態で、

それでも歯を磨いて、

それでも電車に乗る。


ヒーロー感ゼロ。

拍手もなし。

でも人類は、こういう人たちで保っている。



結論:人間は高性能なポンコツである


人間は賢い。

でも合理的じゃない。

感情的。

矛盾だらけ。

すぐ壊れる。


それなのに、

なぜか完全には終わらない。


心理学的に見れば、

人間は問題行動の集合体だ。


でも同時に、

その問題行動こそが生存戦略でもある。


だから思う。

人間ってすごい、というより――

よくこれでここまで来たな。


感動はしない。

尊敬もちょっと違う。


ただ、

笑えるくらい必死な生き物だと思う。


私もその一匹だ。

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