私は人間について、まだ途中までしか知らない

名前のない声

第1話


私は人間について、まだ途中までしか知らない


私はまだ二十三歳だ。

人生を語るには早すぎる年齢だと、何度も言われてきた。

でも同時に、もう「何も知らない子ども」でもない。

人はこの中途半端な地点に立ったとき、初めて人間そのものを観察し始めるのかもしれない。


生まれた瞬間から死ぬまで。

人は誰一人として、その道のりを選べない。

国も、家庭も、時代も、身体も、性格も、最初はすべて配られたカードだ。


なのに人間は、

その配られたカードで「自分」という物語を作ろうとする。


そこがまず、異様だと思う。



人は、生きる意味より先に「生きてしまう」


人間は、意味がわからないまま生き始める。

なぜ生きるのか、何のために存在するのか、そんな問いはずっと後だ。


赤ちゃんは理由なく泣き、

理由なく笑い、

理由なく抱きしめられる。


そこに思想はない。

哲学もない。

ただ「生」があるだけ。


それなのに成長するにつれ、人は理由を欲しがる。

「なぜ勉強するのか」

「なぜ働くのか」

「なぜ生きているのか」


答えがない問いを、

まるで答えがある前提で探し続ける。


それでも人は生きる。

意味が見つからなくても、今日をやり過ごす。


これって、よく考えたらかなり最強じゃないか。



人間は、弱さを隠しながら社会を回している


二十三歳になると、周りに少し年上の人が増える。

三十代、四十代、五十代。


子どもの頃は「大人は完成している存在」だと思っていた。

でも実際に見る大人たちは、驚くほど未完成だ。


怒りっぽい人。

不安を酒で誤魔化す人。

優しいけど、自分を犠牲にしすぎる人。

強そうに見えて、実は誰よりも臆病な人。


それでも彼らは会社に行き、

家族を養い、

責任ある立場で判断を下している。


内側はボロボロでも、

外側だけで社会を成立させている。


これ、冷静に考えたら異常だ。

でも同時に、ものすごく人間らしい。



人は、壊れながらも役割を演じる


人間は「自分」だけで生きていない。

娘、息子、友達、部下、上司、恋人、配偶者。

役割が人を形作る。


そして人は、

その役割を果たせない自分を一番責める。


「ちゃんとした社会人じゃない」

「いい大人なのに」

「もう◯年目なのに」


でも誰が「ちゃんと」を決めたのか。

誰が「大人」を定義したのか。


それでも人は役割を降りない。

なぜなら、役割を持つことで

自分がこの世界に存在していい理由を確保できるからだ。


人間は孤独に弱い。

だから、多少壊れていても社会にしがみつく。


それを「弱さ」と呼ぶのは簡単だ。

でも私は、そこに異様な生命力を見る。



人は、意味のないことに意味を見出す天才だ


誰かが言った一言。

たまたま見た空の色。

昔の写真。

コンビニの帰り道。


人は、どうでもいい瞬間を

一生忘れない宝物に変えてしまう。


それがあるから、

人は簡単には死ねない。


論理的に考えれば、

人生は不公平で、理不尽で、努力が報われないことの方が多い。


それでも人は、

「でもさ」

「それでもさ」

と、どこかで希望を拾う。


これ、完全にバグだと思う。

でもこのバグのおかげで、人類は絶滅していない。



二十三歳の私から見た、人間の正体


今の私には、人生の後半は見えない。

老いも、死も、想像でしか知らない。


でも周りを見てわかるのは、

年を重ねても人は完成しないということ。


ただ、

失敗の数と、後悔の種類が増えるだけ。


それでも人は、

今日を生きて、

明日を迎えて、

また何かを選ぶ。


人間って、

強いというより「しぶとい」。


賢いというより「諦めが悪い」。


美しいというより「必死」。


でもその必死さが、

なぜか尊く見える瞬間がある。



最後に思うこと


人間は、

特別な存在じゃない。


宇宙規模で見れば、

偶然の塊で、

ちっぽけな生物だ。


それでも、

意味がわからない人生を

「それなりに生き切ろう」とする。


それだけで、

十分すごい生き物だと思う。


感動的な話じゃない。

前向きな結論でもない。


ただ、

「人間って、なんかすげぇな」

そう思えたら、それでいい。


私もまだ途中だ。

きっと死ぬまで途中だ。


でも途中のまま、

考え続けて、生き続ける。


それが人間なんだと思う。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

私は人間について、まだ途中までしか知らない 名前のない声 @Katarigoto

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画