うまれた
虫十無
コツコツ
コツコツ、コツコツと音が聞こえる。今産んだばかりの卵からだ。そんなに成長が早いはずがない、などと考えている間に卵にはひびが入る。殻が割れて中身からひよこが顔を出す。そのときから俺の視界は親と子、二つが重なったものになる。どちらも自分だとなぜか認識している。子の俺はどんどん大きくなって、一瞬でひよことは呼べない大きさになる。どんどん、どんどんと大きくなって、すぐに親の俺の大きさを追い越す。どう考えても異常だけれど、よく考えると卵から生まれる段階の時点で異常だからか異常だと認識できない。子の俺の成長が止まるとすぐに親の俺を食べ始める。大きさは随分差がついて、二口くらいで食べられてしまう。胴体を噛み千切られるところで親の視界はなくなって子の視界だけになる。そして親の俺を食べ終わった子の俺からはまた卵が産まれてくる。
生まれて、成長して、親を食って、卵を産む。それを五回くらい繰り返すころには鶏小屋に収まらない大きさになってくる。最初の俺の大きさと比較して人間が普通に立てるくらいの大きさがある鶏小屋のはずだ。その大きさになった俺は親を食べ終わるとコツコツと鶏小屋をつつき始める。親を食べ終わったからすぐに卵は産まれてくるけれどそれを無視して小屋をつつく。何度か繰り返すと穴が開く。そのころにはもう卵から生まれた子の俺が大きくなり始めているから鶏小屋はそれに耐えられずに壊れる。そうして出た先は鶏小屋より少し大きいという程度の何かの建物で、数回生まれるのを繰り返すとまた手狭になる。だからまたコツコツとつついて建物から出ようとする。多分つつかなくても親と子の二羽を収容できない建物はそのまま壊れていくだろうけれど、ここから出なければいけないとなぜか思っている。そうして生まれることを繰り返しながら建物を壊すことも繰り返していく。何度繰り返しても何かしらの建物の中にしか出られないし、何度繰り返しても親は子に食べられる。
それを繰り返す中でふと下を見て卵の殻を認識すると目が覚めるんだ、と目の前の友人は言った。久しぶりに一緒に飲むんだからこんなに長々とした夢の話じゃなくてもっと楽しい話でもないものかと思うけれど、俺も最近は家と会社の往復みたいな感じだから楽しい話もないしお互い様かもしれない。この夢を彼は毎日見るらしい。痛みとかは夢だからかないけど自分よりでかいやつに食べられるのは怖いから、というので悪夢の分類になっているらしい。そう言われるとそうかもしれないが、聞いただけだと別に悪夢というほどでもないように思える。繰り返しは見なかったけれど俺が先月見た夢の方がよっぽど悪夢だな、と言わないけど思う。
解散して帰って寝る。コツコツ、コツコツから始まって、生まれて成長して親を食って卵を産む。生まれて成長して親を食って卵を産んで建物を壊す。繰り返す、繰り返す。それが聞いた夢だと気付いたのは起きてからだった。夢を見ている間はこれが夢だと全く気付かない。ただ繰り返している。外に出たいという気持ちのまま成長して、次の世代に繋いで、建物を壊して出ようとする。目が覚めてからぼんやりと悪夢だと認識する。確かにこれは悪夢だ。それを説明しようとすると確かに食われる怖さになってしまうけれど、それだとなんだか零れ落ちたものがある気がする。
次の日も、その次の日も、毎日この夢を見る。なんでこの夢を見るようになったんだろう。一回だけなら聞いた話が頭に残ってたんだろうと思う。けれどこう毎日だとどうもそれだけでは説明できないような気がする。この悪夢はぼんやりとした怖さだからもっと怖いものを見れば一旦かき消せるんじゃないだろうか、とテレビの番組表にホラー映画を見つけて思う。怖いのを見て寝られなくなったみたいな経験はないくらいにホラー耐性はある。とりあえず試してみるけれど、効果はない。生まれ続けて出られない悪夢はまた今日も見た。
感染、と頭に浮かぶ。ホラーの定番の一つだ。何かしらを媒介に恐怖現象が感染していく。それならあの話を聞くことがキーなんだろうか。けれどそれならどうして人に話すんだろう。怖いから誰かに話したいという気持ちになる人もいるだろうけれど、みんながみんなそうだとは思えない。じゃあ夢を見なくなるとしたら。この夢を見なくなるなら多分大体の人にとってメリットだろう。寄生虫とかは寄生先の生物に自分に都合のいい行動をとらせることもあるらしい。この夢も似たようなものかもしれない。これが感染するものだとしても、自分がこの夢を見なくなるならそれでいいという気持ちになる人は多いだろう。きっと友人もそうだったのだろう。誰かから聞いて夢を見るようになって、それで誰かに話そうとした。
俺もそうする。誰がいいかと考えると比較的仲のいい同僚くらいしか思いつかない。一緒に飲みに行って夢の話をする。話し方はめちゃくちゃで友人みたいには話せない。もしかして彼は何度も話したんだろうか。そう考えながら話して夢は夢だよみたいに励まされる。俺もそう思わないわけじゃないけど、これを毎日見るのは少し削られるものがある。そうして解散して帰って寝る。生まれて成長して親を食って卵を産む。目が覚めてやっぱり夢を見たことにがっかりする。けれどよく考えると建物を壊す回数が短かった気がする。いつもより繰り返しの数が少なかったということだろうか。一人に話してこれなら何人もに話せばもっと短くなるのかもしれない。見ないで済むようにもなるだろうか。
それからは本来社交的な方でもないのにいろんな人に夢の話をしまくった。会った人が同じ話をしようとしたことがある。二人で話し始めが被って、じゃあ相手からとなったら知ってる話が始まったのでその時点でとめて、同じ話をしようとしていたことがわかった。少しだけ夢に関する愚痴を言い合ってすぐに解散した。人に話せば話すほど夢を見る時間は短くなった。けれどどうしても建物を壊し始める前に目が覚めるようにはならない。夢の中では基本的には出ようとするから上ばかり見る。殻を見るのはいつだって偶然だ。ふと子の様子が気になる。そのときに自分の殻を見る。子の様子なんて気になるのは少し時間が経ってから。
毎日夢を見る。毎日疲れている。外に出ようという気持ちは起きてからもしばらく残っている。起きればすぐ夢だったと認識できる。
コツコツ、コツコツとつつく。建物をつつく。なんだか明るい。うまれる、と思った。もうとっくに大きくなっているのに、なぜかそう思った。コツコツ、コツコツと子がつつく。子も俺だし親も俺だった。光が大きくなった。
うまれた、そう思って目が覚めた。いつもの夢だ、と思ったけれどなぜか動悸がした。ベッドには壁が崩れたときに出る欠片のようなものが散らばっていた。
うまれた 虫十無 @musitomu
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