救国の忘却術師 〜記憶を消すたび、俺は透明になる〜
@kodaibisa
第1章:透明になる忘却術師
プロローグ:忘却術師
朝の街を、歩いていた。
石畳の通り。
古いレンガ造りの建物。
戦争が終わって、街は少しずつ活気を取り戻しつつある。
隣を、銀髪の女性が歩いている。
ミラ。俺の補佐だ。
「レオン伍長、依頼人の家まであと少しです」
「ああ」
俺は、短く答えた。
—— ——
人の記憶に入り、苦しみを取り除く。
それが、俺の仕事だ。
忘却術師——そう呼ばれている。
戦争で傷ついた人々。
大切な人を失った人々。
トラウマに苛まれ、日常を送れなくなった人々。
そんな人たちの——痛みの記憶を、切り離す。
ふと、自分の手を見た。
指先が——わずかに、揺らいでいる。
輪郭が、ぼやけている。代償だ。
能力を使うたびに、俺の存在は——薄れていく。
いずれ、誰からも忘れられる。
そして——消える。
それが、忘却術師の運命だと聞いた。
「……」
俺は、手を握った。
まだ、大丈夫だ。
まだ——ここにいる。
左手首を、見た。
青いリボンが、巻かれている。
いつから、ここにあるのか——思い出せない。
誰が、結んでくれたのかも。
外そうとすると、胸が痛む。
だから、俺はこれを身につけ続けている。
温かい。いつも——温かい。
誰かの想いが、宿っている気がする。
「レオン伍長」
ミラの声で、我に返った。
「到着しました」
目の前に、古いアパートがあった。
街の南部。
静かな通りに面した、二階建ての建物。
「依頼人は、エリカ・ハートフィールド。二十七歳。保育士です」
ミラが、資料を読み上げる。
「戦争で幼馴染を失いました。その時の記憶が——今も、彼女を苦しめています」
「……」
「『ありがとう』という言葉を聞くと、フラッシュバックを起こすそうです」
ありがとう。
人が最も多く口にする、感謝の言葉。
それが——彼女にとっては、苦しみの引き金になっている。
保育士なら、毎日その言葉を聞くだろう。
子供たちから。
同僚から。
逃げ場が、ない。
「……行こう」
俺は、階段を上った。
—— ——
二階の扉の前で、立ち止まった。
ミラが、隣に立っている。
「レオン伍長」
「ん?」
「あなたなら、できます」
俺は、ミラを見た。
青い瞳が、俺を見つめている。
表情は乏しい。
でも——その目には、何かがあった。
信頼、だろうか。
「……ああ」
俺は、頷いた。
そして——。
扉を、ノックした。
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