第三部:明治編【昇華】(1868–1870)
章一:女刀工の覚醒
明治元年、東京の工房に朝日が差し込む。障子の隙間から差し込む光は柔らかく拡散し、埃の粒が空気中で舞う。油の匂いと金属の香りが混じり合い、微かに煤の匂いが鼻をくすぐる。鉄を叩くたびに立ち上る熱気が工房を満たし、静かだが張り詰めた緊張感が空気に漂う。
藤堂八千代は、戦国で欠けた鋼を手に取り、月山定一の工房で折り返し鍛える。定一の指導は静かで鋭く、叩くリズム、呼吸の間合い、指先と掌に伝わる圧力まで、刀はすべてを映す鏡であると教えられる。
「刀は、振るう者の意思を映す鏡だ」
その言葉が八千代の手に伝わるたび、鋼は微かに震え、管課の数字も揺れる。光は刃に反射し、工房の影が揺れる。障子の格子が床に細かく影を落とし、息をするたびにその影も微かに動く。空気の密度、鉄の手触り、汗の温もり——五感すべてが刀に集中する。
八千代の呼吸は鋼の振動に合わせて微細に変化する。叩く瞬間、彼女の手の圧力が刀に伝わり、鋼の芯がわずかにうなり、粉塵が舞い、光を反射する。欠けた鋼は戦国や江戸の余白を宿し、八千代の意思を通じて再び世界に影響を与える。一打一打が歴史の計算を微妙に揺らすのだ。
章二:意思を鍛える
工房の空気は熱く、金属の匂いが充満する。八千代は鋼を叩きながら、自分の感情を微細に調整する。怒りを入れすぎれば鉄は歪み、諦めれば割れる。刀はただの武器ではなく、選択の余白を宿す媒介である。
光が鋼に反射し、粉塵が踊る。音は壁に反響し、微かな金属音が空間を満たす。八千代は呼吸を整え、手の圧力を精密に変化させ、間合いを微調整する。刀が彼女の意思を正確に映すとき、歴史の余白が形を持つ。
外の風が障子を揺らし、工房に差し込む光がわずかに変化する。光と影の微妙な動きが刀に共鳴し、管課の計算は収束を失う。監簿は空白を記すしかなく、歴史の帳簿に記録されない意思が静かに形を持ち始める。
八千代の心臓は鋼の振動と同期し、掌に伝わる熱と圧力で自己の意思を確認する。手のひらに感じる微かな痛みも、彼女の集中を鋭くする触覚の一部だ。粉塵の匂い、鉄の匂い、汗の熱——五感すべてが一つの世界を形作る。
章三:自己選択の刃
完成した刀は斬るためのものではない。斬るか、斬らないか——その問いが刀に宿る。八千代は刀を振るうのではなく、問い続ける。
工房の光は刃に反射し、微かに揺れる。粉塵が舞い、音は風と共に空間を満たす。空気の密度は重く、静寂の中で呼吸が鋼に触れる瞬間、時間がゆっくりと流れるように感じられる。
刀が桜吹雪となって霧散する瞬間、管課は計算を放棄する。監簿から「記録」という行為が消え、世界は静寂に包まれる。粉塵の粒一つまでがその静寂に吸い込まれ、光も音も止まった。
歴史の帳簿に残らない意思が、空白として確実に存在する。八千代の刃は、記録されない選択の象徴となり、戦国や江戸で生まれた意思の余波を受け継いでいる。
エピローグ:残る意思
森蘭霧の選ばれなかった忠義。
平甚平の記されなかった介入。
藤堂八千代の拒み、選んだ終わり。
天界の空白は今も生まれ続けている。制度の隙間で、誰にも数えられぬ選択が、確かに存在する。
観客(読者)は問いを持ち帰る。自分なら、処理される選択を選ぶか。それとも、空白になる選択を選ぶか。
天帳刻 刀心祭 rhythm @rhythm5575
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