③
クラスは違えども、安土もねは同じ学年だ。「また明日」という挨拶はそうおかしいものではないか。
そう結論付けた翔真だったが、解釈を間違ったらしい。
翌日、木曜日。
やっぱり昨日のことは夢だったんじゃないかと思いながら午前中を終え、友人達と集まってお弁当を食べ、自分の席に戻り、「さーて、残りの時間は何するか」と壁掛け時計の時刻を確認した時だった。
「樵木ー! お客さーん!」
女友達に名前を呼ばれた。
声のした方、つまり教室の前方、扉近くに目を遣る。クラスメイトの女子が手を振ってきている。
何故か、笑っている。近くの席の女子達もだ。
何ニヤニヤしてるんだ? と疑問に思いつつ、あーい、と返事して立ち上がった時に翔真は気付いた。
安土もねが扉のすぐ外に立っていた。
なるほど、「また明日」は、そういう意味だったか。
(……って、アイツ、呼びに来るつもりだったのかよ!)
転校生がわざわざ、樵木翔真を訪ねてくる。
それを見た人間が何を思うか。
「おいおい、旦那。そりゃないぜ」
立ち上がり、眼鏡の転校生の元に行こうとした翔真の腕を、前に座る若松寛が掴む。如何にも悲しんでます、という表情をしながら。
案の定だ、勘違いされている。
「一体いつ、転校生と仲良くなったんだ? 昨日は、興味ない、みたいな表情してたのに……。もう友達になってたなら、教えてくれたっていいじゃないか」
「ああ、これはその……」
仲良くなったかと問われれば微妙なところで、「友達になったのか」と訊ねられれば、そっちは首を振る。
関係性を一言で説明することは難しい。
「昨日、ちょっと話しただけだ!」と手を振り解いて、教室前方へと向かう。
あの女子達が笑っている理由も理解できた。
寛と同じような勘違いをしているのだろう。
即ち、樵木は転校生と良い関係になったらしいと。
「ありがとな!」
半ば自棄に、クラスメイトの女子に礼を告げる。「ごゆっくり~」。茶化す言葉には、手をしっしと振っておいた
あっち行け。放っておいてくれ。願わくば忘れてくれ。
廊下に立つもねは無表情。平坦そのものだった。
「こんにちは、樵木さん」
「ああ、こんにちは!」
そのままの調子で挨拶する。
眼鏡の奥の瞳は冷たい。何怒ってるんですか? という心の声が読み取れた。
安土もねは噂や他人の評価を気にしない人間らしい。
何も言わず、もねは歩き出す。翔真も後に続く。
人の行き交う廊下を進み、校舎の端へ。階段を上る。最上階を過ぎ、閉鎖された屋上の扉の前まで。薄暗い。また、人気がなく、静かだ。ここまで来ると、教室の喧騒が違う世界のことのように思えた。
「樵木さん」
壁にもたれ掛かりながら、少女が口を開く。
「私との関係を誤解されて怒ってるんですか? なら、他の人には、『怪我してるところを見つけたから、病院を教えてやった』『安土はそのお礼を言いに来たんだ』と言えばいいんじゃないですか?」
「……え? ……それ、いい感じの嘘だな……」
「誰でも思い付くでしょ。バカなんですか?」
「嘘が下手なんだよ……」
カードゲームでは駆け引きをできるのだが、日常生活での嘘は苦手だった。
樵木翔真自身は気付いていないが、そういう表裏のなさが、彼に友達が多い一因であった。
尚、当の本人は、「嘘の一つも満足に吐けないなんて、頭の悪さが嫌になる」と嘆いている。
「では、私達の関係はそういう設定にしましょう」
「分かったよ。……で? 何の用なんだ?」
「用があるのはあなたの方じゃないんですか? 訊きたいこと、ないんですか?」
問いを返されて、確かにそうだ、と思った。
『ゲーム』と呼ばれる戦いについて、質問したいことはいくらでもある。
そんな翔真の心情を察して、もねは教室を訪ねてきたのだ。
もねとしても、本来ならば昨日の時点で細かに話すべきだったと思っていた。
目的を同じくする仲間なのだ、情報共有と作戦会議は欠かせまい。
右手首を骨折していなければ、現実世界に戻った後に時間を取っただろう。
「ありがとな、安土」
もねは反応することなく、話を進める。
「先に連絡先を交換しておきましょう。今、ここで全てを説明することはできないですから。……今日の夕方、時間、ありますか?」
「あるよ。何処に行けばいい?」
「人が来ない空き教室があれば……」
「なら、俺がピックアップするよ」
「ありがとうございます」
左手の腕時計をちらりと見てから、少女は言った。
「一つくらいなら、今も答えますよ」
「一つか?」
「だらだらと喋っていたらお昼休みが終わりますから」
翔真は数秒考えた後、訊ねた。
「『ザ・ポリビアス』で勝ち抜けば、願いを叶えてもらえる……。それはそういうものだと納得するとしてだ。主催者の側はどうして、こんな戦いを始めたんだ?」
もねの回答は一言だった。
「分かりません」。
告げてから、転校生の少女は付け加えた。
「もしかしたら、とんでもない目的があるのかもしれません。思惑が分からないということもあって、私が動いています。こういった事態に対処する組織の命令で」
……転校生は秘密組織のエージェントだった、という展開はサブカルチャーではお約束のものなのだが、まさか、現実にそんなことがあるとは夢にも思わなかった。
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ゲーマーズ・ゲーム! ――ゲーマー達のバトルロイヤル―― 吹井賢@『ソーシャルワーカー・二ノ瀬丞の @sohe-1010
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