崩壊リライト〜赤鬼は空を見上げる〜

@kanaria77

第1話 『崩壊の残響』

ーー10年前

世界は音もなく裂けた。


ニュース映像の中で、空が赤黒く染まり、巨大な裂け目が都市を飲み込んでいく。

のちに亜空間ゲートと名付けられる裂け目は人の理を無視して現れ、人々が築いた街や生活を呑み砕いた。


炎上する街。泣き叫ぶ人々、絶望に染まり狂乱する者たち。そして裂け目から出てきた異型の影が瓦礫を踏み砕く音。人類はその災害を忘れぬように記録に淡々と書き残す。


《崩壊(ほうかい)》

この災害は世界が異世界に触れた最初の瞬間である。


政府はその災害に対抗するために裂け目と共に能力に目覚めた人類を集め訓練して対抗戦力を作り上げた。それが『気導部隊(きどう ぶたい)』の創立である。異型の化け物に対抗するには彼らの力が調査の結果、最も有効だと判明した。

だが、最初のゲートが発生してから10年経った今でも原因が解明されておらず、ゲートは増え続けている。

人々はその現状に慣れ、恐怖は日常の影として世界に根付いている。



***


キーンコーンカーンコーン


学校の終わりの鐘が校舎に鳴り響く。ホームルームを終えて俺はカバンを担いでそそくさと教室を後にする。すると、後ろからドンと肩を叩かれて振り返る。そこには一人の少女が居る。


〖天野コガネ〗

白髪ウルフカットで青い瞳の少女。真面目で優しく面倒見がいいことから後輩からは憧れの先輩として多くの人から言われている。俺とは小さい頃から一緒で親同士も仲が良くコガネの両親が仕事で夜遅くなる時は俺の家で食事やお泊まりをする事がある。そしてコガネは能力者である。


「何ひとりで帰ろうとしているのよ!マヒロ」


「別にいいだろ…」


「良くないよ!今日は私の両親が夜遅いからマヒロの家族と過ごしてねて言われているのよ。帰る道同じなら一緒に帰ろうよ」


「……わかったよ」


そう言って俺はコガネと一緒に帰路を辿る。俺たちは他愛のない話をしながら歩いているとコガネが将来の話を切り出した。


「私は将来やっぱり、気導部隊に入って気導士になるよ。ゲートで苦しみ人達を少しでも安心させたいからね」


気導部隊…ゲートから出てくる化け物たちと戦いゲートを閉じる為の部隊。条件として気を使える能力者である事…能力適性検査で未覚醒の俺が入れる所じゃない。俺は応援することしか出来ないんだ……。


「コガネなら気導部隊に入れるよ。コガネの気は確か"天気"で晴天タイプだったよね」


「うん。天気は支援・攻撃・防御すべてをこなせる万能型と言われているけど扱いが難しいの。訓練次第では天候を操ることだって出来るらしいけどね」


「コガネはやっぱりすごいよ!それに今は能力で風を少し操れるまで使いこなせるようになったんだよね!」


「うん」


コガネはマヒロにほめられたことで少し顔を赤くして照れる。


「マヒロは将来どうするの?」


「俺は…まだ分かんないや」


「早く見つけないとね。私たちもう中学生3年で進路とか決めないとだから」


「わかっているよ」


俺のやりたい事…小さい頃から決まっている。コガネの傍にいて支えること…本当は俺も気導士になりたい。けど俺には能力がない。


能力には大まかに三種ある。『妖気』『天気』『龍気』だ。

体内の気を使って自分の適している能力内容が決まる。


妖気は妖怪や怪異など負の感情を糧に力を増すが気が暴走しやすく危険な事が多い。


天気は天候や自然現象を生み出したり操ったり出来るらしく精密な気の操作が出来れば攻守共に優れているとされている。


龍気は伝説上の生物などの能力を使えるらしいのだがこの気は稀で使える人も少ないため研究が出来ていないらしい。


沈黙が流れ、二人が歩いていると突然風向きが逆流し、夕暮れの景色が波打つように歪む。

道路の中央に黒い円が浮かび上がり、じんわりと拡大していく。

冷たい金属音のような異音が空気を震わす。そして街中にサイレンのような音が響きアナウンスが流れる。


『新台区で亜空間ゲートが発生しました。近くの人達は速やかに避難してください!繰り返しますーーー』


最悪のタイミング。

通行人は悲鳴を上げて走り、我先にと蜘蛛の子を散らすように逃げていく。俺は突然の事で理解が追いつかず足が動かない。


ゲートから影が這い出てくる。

腐臭を纏った異型の手。アクシル系特有の黒い瘴気。そしてその異型の手の化け物は動けない俺に向かってくる。その時俺は死を覚悟して目を閉じた。


「マヒロ!しっかりして!早く逃げて!」


その声に目を開けるとコガネが俺の前に立ち風を操って膜のような形の壁を作り化け物の攻撃を防いでいた。


「くっ…長くは持たないから早く!」


俺は足を動かして化け物から離れることが出来たがコガネは離れようとしないいや出来ないのだと理解した。気は少しだけ使えると言っても完璧では無い。集中をとけば膜はなくなり敵の攻撃をコガネが受けてしまう!俺を逃がすために!


「もう…持たない」


コガネがそう言うと膜は消えて手の化け物はコガネを掴むために襲ってきた。俺は走って戻りコガネに飛びつき頭に手を回して一緒に転がる。間一髪化け物の攻撃を避けることが出来た。


「なんで先に逃げないのよ!マヒロは気が使えないから抵抗する事出来ないじゃない!」


「それでもお前を助けないとと思ったら体が動いていたんだよ」


俺たちは立ち上がり化け物の方を向く。周りには助けてくれる人は居ない。気導部隊の到着も時間がかかるだろう…状況は絶望的だ。


「マヒロ……私が化け物の動きを少しだけ止めるから貴方は逃げて。誰かが助けに来る時間もないだろうしこのままじゃ2人ともあの化け物に殺される。そんなのは嫌!」


「でもそれだとコガネが…」


「お願い…マヒロ」


震える声。それでも目は逸らさず俺を見ていた。

死を覚悟した強い意志。その目だけは、昔から俺が追いつけなかった光だ。


守れなきゃ、俺は一生、自分を許せない。


《聞こえるか、小僧》

胸の奥で、誰かが笑う。赤い火が、心臓の裏側で燃えた。そして…


《願え。護りたいなら、この理不尽えの怒りを刃に変えろ》


《妖気解放を望むならーー名を叫べ》


手が震える。息が荒くなる。頭の中の理性がこの提案を拒否しろと警告音を鳴らす。だが俺の心はコガネを守れと叫び。理性と感情がぶつかり合う。


そんな決断を迫られている俺を知らず、コガネは行動を起こす。彼女は化け物に走り出して先程と同じように風の膜を貼り拘束を試みるが化け物は攻撃する威力を上げたらしく簡単に膜が破壊される。


その光景を見た俺は…理性を吹き飛ばした。


「妖気解放!モデルーーー赤鬼」


血の色が視界を染め、筋肉が裂けるように膨れ上がる。

叫びと同時にマヒロは跳んだ。

化け物との距離を一瞬で詰め、拳を叩き込む。


衝撃音。

黒い肉が潰れ、化け物は吹き飛ぶ。


コガネはその光景を見て息を呑む。俺はコガネの方に目を向けると彼女の瞳には驚きと不安の色がありつつも貴方の目をまっすぐ見ていた。


「マヒロ…なの?」


「うん……俺にも気があったらしい。」


「そうなんだ…助けてくれて…ありがとう。マヒロ。」


彼女は安心したのか涙を滲ませる。俺は安心するコガネの表情を胸に刻む。


「俺も気導士になるよ。コガネを支えるために」


「うん!」


空中にあるゲートはまだ閉じていなかった。

奥底で何かがわらっている。


世界は残酷だが、それでも優しい誰かを守りたい。


――初めて妖気を纏った少年の物語が今、動き出す。

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