第8話:反撃の記者会見

第8話:反撃の記者会見


三月の初め、永田町の衆議院第一議員会館の多目的ホールは、異様な熱気に包まれていた。


並べられたカメラのレンズが、まるですべての罪を射抜く銃口のように、壇上の佐々木健二に向けられている。健二は、石井靖子と国会議員の中司、そして数人の被害者遺族と共に、まばゆいフラッシュの渦の中にいた。


喉がカラカラに渇き、マイクを持つ指先がかすかに震える。しかし、ポケットの中にある父の日記の感触が、健二の背筋を鋼のように支えていた。


「本日、『成年後見制度を考える議員連盟』を発足させました」


中司議員の声が会場に響く。 「今、この国では『本人の保護』の名の下に、家族の絆を暴力的に断ち切る事態が頻発しています。佐々木さんのケースは、その氷山の一角に過ぎません」


マイクが健二に回される。数百人の記者の視線が、一斉に彼に集中した。


「私の父は、認知症というレッテルを貼られ、隔離されました」 健二は、一言ずつ言葉を噛みしめるように話し始めた。


「九条という後見人弁護士は、私を『虐待息子』として行政に報告し、父に会う権利を奪いました。しかし、これは父が命がけで施設から投げた日記です」


健二は、あのボロボロの手帳を高く掲げた。 会場にどよめきが走る。シャッター音が雨音のように激しく降り注いだ。


「この中には、父がいかに正気であり、いかに孤独に助けを求めていたかが記されています。そして、九条弁護士が、自分の親族の会社へ父の家を不当に安く売り払い、施設からリベートを受け取っていた証拠も。……父はボケ老人なんかじゃなかった。あいつらに、ボケ老人に『仕立て上げられた』んです!」


健二の声が、怒りでわずかに裏返る。 「法律が家族から愛する人を奪い、その財産を食いつぶす道具に使われている。これが皆さんの望む福祉国家の姿ですか? 今日の私に起きたことは、明日、皆さんの親御さんに、そして皆さんに起きることなんです!」


会見が終わった直後から、世界が激変した。


SNSでは「#仕立て上げられた認知症」「#成年後見制度の闇」というハッシュタグが瞬く間にトレンドの1位を独占した。健二が掲げた手帳の写真は数万回リツイートされ、九条の事務所には「説明責任を果たせ」という抗議の電話が殺到した。


その日の夜、大手報道番組のトップニュースで健二の会見が流れた。 キャスターが神妙な面持ちで「善意の制度が、なぜこれほどの悲劇を生んでいるのでしょうか」と問いかける。


健二は、一人暮らしを続けているアパートの小さなテレビを見つめていた。 画面の中で、九条の事務所のドアが閉ざされ、マスコミが殺到する様子が映し出される。かつてあんなに高く、冷たく見えた九条の権威が、世論という濁流に飲み込まれていく。


しかし、健二の心はまだ晴れなかった。 どんなにニュースになろうと、どんなに九条が批判されようと、父はまだ、あの冷たい施設の、あの狭い部屋に閉じ込められたままだ。


窓の外を眺めると、春の気配を孕んだ風が吹いていた。 「親父……もうすぐだ。もうすぐ、迎えに行くからな」


健二は、手帳に記された父の震える文字を、そっと指でなぞった。 世論は動き出した。議連という強力な後ろ盾も得た。 残るは、九条との最後の直接対決。法という名の盾を失い始めた悪徳弁護士を、今度は自分が法廷の場へと引きずり出す番だった。


健二の瞳には、かつての絶望の影はなかった。 あるのは、奪われた「家族の日常」を絶対に取り戻すという、静かで、しかし揺るぎない覚悟だけだった。


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