地獄の沙汰も金とコネ ~神を殴って異世界に逃げた先は最底辺のスラムでした。最強のバカたちを労働力に、今度こそ不労所得ライフを送りたい~

秋月慶

序章:『圧迫面接をしてくる面接官は、神様だろうが何だろうが拳で語り合えばいい』

「……ブッ。……ク、ククク……ッ!」

 

意識が戻った瞬間、耳に飛び込んできたのは、必死に笑いを噛み殺すような、不愉快極まりない声だった。

 

「……あ?」

 

目を開けると、そこは白一色の空間。

目の前には豪奢な執務机。その向こうには、彫刻のように整った顔立ちの銀髪の男が座っている。

 

 男――神エクスフォルトは、震える手で一枚の書類を持っていた。

 

「いや、すまない。神としてあるまじき失態だ。だが、理解してほしい。……『死因:トースターへのフォーク突き刺しによる感電死』なんて文字面、笑わずに読むのは不可能だろう?」

 

「……」

 

「君さあ、平成生まれだよね?義務教育受けたよね?濡れた手でコンセント触っちゃいけませんって習わなかった?習ったよね?」

 

「うっせえな!朝のバイト帰りだったんだよ!十三時間労働の後の俺の脳みそは、アメーバ以下だったんだよ!」

 

俺の反論など聞こえていないのか、エクスフォルトは書類を指で弾き、さらに煽りを重ねる。

 

「しかも君、感電した瞬間に変な声出してたよね。『あばばばば』って。あれ何? 断末魔?それとも新種のアカペラ?」

 

「言うな!人間は電気通したら大体あんな声出るんだよ!」

 

「さらに言うとね、君がショートしてブレーカー落としたせいで、別室でゲームしてた弟くんのセーブデータ、全部飛んだんだよね。君の黒焦げの死体またいで、弟くん何て言ったと思う? 『ふざけんな兄貴』だよ?」

 

「やめろぉぉぉ!俺の死の尊厳をこれ以上汚すなぁぁぁ!」

 

「尊厳(笑)。トースターと心中した人間に尊厳なんてあるわけないだろ。……ハァー、腹痛い」

 

エクスフォルトは涙を拭うと、一転してゴミを見るような冷めた目で俺を見下ろした。

 

「ま、そういうわけだ。君の人生の価値は、キッチンまで箸を取りに行く『歩行距離三歩分』以下だった。本来なら廃棄処分だが……慈悲深き私は、君にチャンスを与えよう」

 

彼は大仰に両手を広げた。

 

「剣と魔法の世界、『エリュシオン』へ転生させてやる。さらに、何か一つ『特別な力チート』を授けてやろうではないか。……さあ、感謝して選びたまえ」

 

その言葉に、俺の沸騰しかけていた怒りは一瞬で霧散した。

 

 転生。チート。

 

その甘美な響きが、俺の脳内でそろばんを弾く音に変わる。

 

(……チート!きたきたきた!終わりよければすべてよし!あのクソバイト生活ともおさらばだ!)

 

俺は瞬時に表情筋を操作し、全力の媚びへつらいモードへ移行する。

地面に頭を擦り付けんばかりの勢いで、俺は叫んだ。

 

「へへーっ!さっすが神様、太っ腹!それじゃあ遠慮なく!『働かなくても毎日遊んで暮らせる、税金免除かつインフレ対応型の恒久的な不労所得』をお願いします神様ァ!」

 

「……は?」

 

エクスフォルトの完璧な笑顔が、ピシリと凍り付いた。

 

「……いま、なんと言った?もっとこう、あるだろう。勇者の聖剣とか、大賢者の知識とか……」

 

「それ、質屋に入れたらいくらになります?」

 

「……売却不可の呪い付きだ」

 

「じゃあゴミですね。維持費がかかるだけの粗大ごみです」

 

「で、では、この『無限に水が出る水筒』は?」

 

「水道代が浮くな。で、それ売って一生遊んで暮らせるか?」

 

「小銭稼ぎしかできんわ!」

 

「夢がねえな!もっとこう、現金一括とかないの!?あとこの世界のエルフって美形?風俗はあるの?その辺の重要事項が説明不足じゃね?」

 

「き、貴様……!神の恩寵を前にして、風俗の有無を確認するな!」

 

エクスフォルトは顔を真っ赤にして、机をバンと叩いた。

 

「ええい、黙れ黙れ!貴様のような腐りきった根性の持ち主になど、特典はなしだ!エリュシオンで最も醜く、最も弱い魔物……ゴブリンにしてくれるわ!!」

 

「はぁ!?ゴブリン!?ちょ、待て待て待て!話が違うだろ!最弱のザコキャラじゃねえか!」

 

「問答無用!決定だ!さっさと失せろトースター男!」

 

 神が指を鳴らそうとする。

 俺の体が一瞬、透け始めた。

 

(……クソ! こいつ話聞かねえタイプだ!どうする!?このままじゃマジでゴブリンに……!ああもう、こうなったらヤケクソだ!どうせ一回死んでんだ、もう一回くらいどうってことねえだろ!)

 

俺は、スッ……と真顔に戻ると、無言で神の元へ歩み寄った。

 

「なんだ貴様、ようやく神への敬意を……」

 

 ゴッ!!!

 

鈍い音が、神聖な空間に響き渡る。

俺は、助走もつけずに振り抜いた拳を、エクスフォルトの完璧な顔面の中央に叩き込んでいた。

 

それはそれは見事に、神が吹っ飛んだ。

数メートル先の床を無様に転がり、プルプルと子鹿のように震えながら起き上がるイケメン。その鼻からは、ツーっと鮮やかな赤い液体が流れている。

 

「……へ?」

 

殴った俺自身が、そのあまりの光景に呆然とする。

 

(え、マジで殴れた……。神って、物理効くんだ……)

 

「……き、貴様……今、何を……この私を……!神である、この私を、殴った、だと……!?」

 

プライドを粉々にされた怒りが沸点を突破したのか、神々しかった姿が禍々しいオーラで歪み始めた、


 

 その時だった。



 

「クハハハハハハハハハ!素晴らしい!実に素晴らしいぞ、人間!神を殴るか、普通! 最高だ、貴様ッ!」

 

何もないはずの空間がガラスのように砕け散る。

そこから現れたのは――黒いスーツを完璧に着こなした紳士、ザガンだった。

 

「ざ……ザガン……ッ!な、なぜ貴様がここに!」

 

エクスフォルトが、明らかに狼狽し、鼻血を垂らしたまま後ずさる。

ザガンは、楽しそうに、しかし絶対的な捕食者の目で神を睨んだ。

 

「余は悪魔公爵ザガン。面白い見世物があったのでな。……気に入ったぞ人間。貴様の魂、余が貰い受けよう」

 

「はあ、どうも……って、魂を!?勝手に貰うな!」

 

「いやはや、良い右ストレートだった。礼に、余から貴様に『餞別』をやろう」

 

俺が止めるのも聞かず、ザガンはニヤリと笑って指を鳴らした。

 

「これだ。『称号:神を殴った男(物理)』」

 

「……効果は?」

 

「教会に行くと、聖職者たちから無条件で石を投げられる」

 

「いらねえよ! ただの呪いじゃねえか!」

 

「安心しろ。隠蔽(非表示)は不可だ」

 

「クーリングオフさせろオラァ!ろくなもん寄越さねえな!」

 

俺の抗議など意に介さず、ザガンは続ける。

 

「ふん、面白くない。……さて、殴られた神が本気でキレる前に逃げるぞ、人間。行き先は……神の目が届かぬ地下都市『タルタロス』だ!」

 

「ちょ、勝手に決めるな!俺は不労所得が欲しいだけなんだよォォォォ!」

 

高らかな悪魔の笑い声と共に、俺の意識は再び暗転した。

 

この時の俺は、まだ知らなかったのだ。

そこが、神の説教よりもタチの悪い場所だということを。


─────────────────────

序章をお読みいただきありがとうございます。

神を殴って人生詰んだ男と、それを楽しむ悪魔の物語。


ここから、さらに個性クセの強すぎる仲間たちが続々と登場し、主人公の胃に穴を空けに行きます。


「こいつ馬鹿だなあ」と笑っていただけたら、ぜひ作品ブクマと★3評価で応援してくださるとありがたいです!


次回予告:

逃げ込んだ先は、人間が最底辺の「地下都市」。

そこで待っていたのは、勇者でもハーレムでもなく、日給銅貨3枚のヘドロ掃除でした。

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