はてなきはてなとうみのしろ

猫のゆき

#1 邂逅

目の前には夕暮れに照らされた東京湾。

そこに広がる巨大な影。

上空には黒く禍々しい巨城。

夢を疑う光景だった。

「ようやく見つけたぞ。」

「え?」

先程まで気配も無かった背後から突然声をかけられ、驚きのあまり振り返る。

「お前を勇者に任命する!」

そこにいたのは小学生ぐらいの少女だった。しかしその頭には小さな体躯に似合わぬ程の大きなツノが2本。コスプレのような赤いマントを羽織り腰に手を当て人差し指をこちらに突き立てている。

理解の追いつかない私をそのままに少女は続ける。

「我が名は魔王シャルル・クリムノヴァ。この地での仲介役をお前に頼みたい。」




遡ること数刻。私は寒空の下、同人誌の即売会に来ていた。年に2度しかないビッグイベント、日常を忘れ会場の熱気に包まれていた。

私は目的のサークルを回り終え帰路に着こうと会場を出た。

刹那、辺りを赤い光が駆け抜けた。反射的に瞑った目を開いた時には周りから人の気配が消え、静寂に包まれた。

「え、何これ…人が消えた…?」

次の瞬間、遠くに先ほどより鈍い赤色の光が出現したのが見えた。場所は海の上だろうか。

すると出現した光は2つに割れ、空中に円を描くように動き始めた。円が結ばれるとその光は何かの紋様を描くかのように外側へ広がり始める。それと同時に中心からは何やら黒い影が出現を始めた。

「何あれ、夢…?」

夢のような信じがたい光景に目を奪われた。

光は何やら魔法陣のような形になった所で広がるのをやめ、そのころには中心から現れた影がどうやら城のようなものであることが分かった。




「ようやく見つけたぞ。」




「え、でもなんで私…なんですか?」

「なんだ、覚えておらんのか。あれは夏と言ったか、茹だるような暑い日に同じような催しの場で会ったであろう」

赤い髪の少女はやれやれといったふうに首を振りながらこちらを見る。

夏のイベント…?

記憶を辿りながら少女の方を見る。赤い髪に赤い目、特徴的な黒い左右の角。

だんだん記憶が蘇ってくる。




半年前、私は今日と同じように同人誌の即売会のイベントに来ていた。そこで人混みに疲れて休んでいたところに話しかけられたのだ。

「おぬしちょっといいか?この地に来るのは初めてでな、案内をして欲しいのだが」

目の前には赤い髪、赤い目、そして黒い2本の角を携えた少女が立っていた。

コスプレイヤーの人だろうか。

「迷子ですか?」

「同胞とはぐれてしまってな、迷子では無いのだが同じような身なりの者を探しておるのだ」

なるほど、コスプレエリアから離れてお仲間を探してるといったところなのだろう。話し方はキャラになりきっているのだろうか。

「分かりました、こっちです。着いてきてください」

「うむ、恩に着る」


「おぬしはこの地に詳しいのか?」

「そうですね、何回か来ていますしそれなりにって感じですかね」

「そうか」

短い返事だけを返され少し沈黙が続いた。

「えっと、その衣装はなんのコスプレですか?」

沈黙に耐えきれず目についた衣装についてなんとなく聞いてみた。

「この服か?これは配下の者がどうしてもと言うのでな、試しに作らせたんだがなかなか良いものでな…」

しばらく話を聞きながら歩いているとようやくコスプレエリアへと辿り着いた。

「あっ、着きましたよ。お友達の方はいますか?」

「ああ、向こうから反応を感じる」

「では、私はこれで」




「そういえば会ったような…でもなんで」

出会ったことは思い出せたが勇者になるような理由は何も無かったように思う。

「あの時言ったであろう、この地での案内役を頼みたいと」

「確かに言われた気がするけど……でもあれはその場限りの……」

「それに調べはついているのだぞ」

遮るようにそう言うと指をパチンと鳴らした。

すると足元に赤い魔法陣が浮かび上がり光を発し始めた。

その光はだんだんと人型を象っていき燕尾服を身に纏った老年の男が現れた。

その男は私に一礼するとピッと背筋を正し話し始めた。

宮代葵みやしろ あおい、年齢22歳。趣味はアニメや漫画鑑賞。実家は神社ですが3つ年上の兄が継ぐため就職活動中」

「急に何を、というかなんでそんな私のこと知って……」

「しかし就職活動は難航中のご様子、そこで私共から提案がございます」

そう言って2人はこちらに向き直る。

「お前をこちらでの案内役、つまり勇者に任命したいのだ!こちらでは魔王と相対するのは勇者と決まっているのだろう?もちろん、対立するわけでも無ければ報酬も用意する。どうだ?悪い話ではないだろう?」

いや、そうは言われても魔王の元に就職?そもそも話ぶり的にこの2人は異世界から来たの?というかこんなの悪い夢なんじゃ……

そうか、夢なら

「まあ、いいか」

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