世界樹の跡で

@Yoshi01192

第1話

光がほとんど届かない薄暗い森の中を、ボクは柔らかい土に足を取られないように進んでいた。


一体どれほど歩いただろうか。肌を露出させないために厚着で来たから服の中は汗で濡れて気持ち悪いし、そろそろ息も絶え絶えだ。


ボクは懐にある、見た目以上に多くの物が入る魔道具であるバッグからエルフの女性からもらったある魔道具を取り出した。


見た目は方位磁針のようなそれはこのどこまでも同じ景色で自分が持ってきた方位磁針がグルグル針を回すだけで何の役に立たず、今どこにいるかもわからないボクにとって生命線だ。


これはある場所への方角のみ指し示す魔道具で今目指している目的地と帰り道用の二つを貰っていた。


(まぁもしこれがペテンだったら終わりだけどね)


まぁ、その時はその時。一人で危険地帯に潜り込んだバカが人知れず死ぬだけだとそれ以上深く考える事をやめて魔道具を頼りに前へ進むことにした。


しばらく進むと黒い巨大な何かが横たわっていた。一度魔道具をしまいそれが何か少し離れた位置で周囲を警戒しながら観察する。


丸みを帯びたそれは、ボクの何倍もの大きさを持つ甲虫のような姿をしていた。

微動だにせず、その時点で既に死骸であることに気づく。そしてよく姿を観察した時にこの死骸が何者であるかおおよその見当がついた。


ハザーディア、世界樹の幹を食い破って産まれるこの魔獣は魔力を持つ存在を食い荒らし全てを破壊するとまで言われるこの森の生態系の頂点捕食者だ。



なぜこいつらが世界樹から生まれるのかは分かっていない。

魔力を持つ存在しか食べられず、寿命も不明だが、百年ほどで餓死して全滅するため「寿命は存在しないのではないか」とも言われている。

いずれにせよ、研究は未だ進んでいない。

わかっているのは、世界樹から生まれること。

そして、その甲殻はどんな攻撃も受け付けず、貪欲な食欲で魔力を持つ生物を喰らい尽くすということだ。

飛行能力がなく可動範囲も広くないため、百年以内に食料を食い尽くし、やがて共食いを始め、最終的には餓死してしまうということだけ。


学者達は世界樹自体がこの魔獣の卵であり、森が魔力で汚染されないように神が遣わした自浄作用的存在なのだみたいなことを言っているらしいが良くわからない。


とりあえず、ボクは早足でその場を離れた。ハザーディアの死骸の周りは危険だ。他のハザーディアがいないとも限らないし、仮に今のがこの森の最後のハザーディアだとしても、奴らの死骸を貪ろうとする分解者達に襲われてしまう可能性もある。


分解者、アリのような見た目のそいつらは巣を作らず森を徘徊しあらゆる死骸を貪る森の掃除屋であり、彼らが分解した残りや糞が森の栄養となり再び新たな草木が生まれる。どんな攻撃も効かないハザーディアの甲殻を唯一分解出来る彼らは生者に興味を示さないが自分らの食事を邪魔する物には容赦がなく、一度襲われてしまうと骨すら残らないと言われている。そしてこいつらがハザーディアの研究も一向に進まない原因の一つ、らしい。


学者でもないボクにとって厄物以外の何物でもないそれらから何事もなく離れられたボクは再度魔道具を取り出して目的地を探し出した。


それからさらに歩く事数時間。ようやく目的地に辿り着いた。


見渡す限りの廃墟。かつて人が暮らしていたであろう建物には蔓が覆い被さり、瓦礫のあちこちから木の幹や植物が顔を出していた。


ここはかつて世界で最も栄えたと言われた王国の首都である。まだハザーディアの脅威が知られていない時代。この王国は世界樹の恩恵だけを啜り栄華を誇っていたらしい。世界樹の葉は万病に効くとされるエリクサーの材料として利用でき、枯れ枝は頑丈なのにしなやかで様々な工芸品などに使われたり、普通の薪より長持ちする上に高品質な鉄が精錬できることから燃料にも使われたのだそうだ。


かろうじて石造りだったおかげか、原型が残っている建物の中に入るとそこには当時の人々が使っていたであろうカマドなどが原型を残したまま残っていた。亡骸などは無く、おそらく既に分解者によって分解されてしまった後なのだろう。


なにせこの王国がハザーディアによって滅亡してすでに100年以上経過している。さっき見つけた死骸が新しく見えたのも最近餓死したのだろう。もし、まだ生きていたらと思うとゾッとしない。


建物を出てさらに奥を目指すとそこにはボクが何人で囲っても一周できないと思えるくらい巨大な、上半分が砕け根本だけになっている世界樹と、ハザーディアが暴れたのだろうか、先ほどまでの廃墟よりさらに倒壊し、より凄惨さを物語っている建物達がボクの目に広がった。


巨城と思われるそれはほとんどの原型を無くし、かろうじて城?と思えなくはないくらいに損壊しており、周りの建物ももうどんな建物だったのかわからないくらいにメチャクチャに破壊されていた。


日が暮れあたりが薄暗く、まだ見える内にそろそろ一度休憩しようと思ったボクは先程までの道を戻り、倒壊の恐れがなさそうな建物を見つけそこを今日のキャンプ地にすることにした。


予定より早く到着できた事に幸運を感じつつ、まわりから枝葉を集め適当なところに腰掛けて火をつける。こういう時火をつける魔法でも使えればと思うが、残念ながらボクに魔法の才能がないのでそんなものは使えない。大人しく火を出す魔道具を取り出していつものように手際良くキャンプの準備を始めていく。


魔道具というのは本当に便利だ。ボクのような魔力がほとんどなくて魔法が使えない人間でも魔法のようなことが出来るようになるんだから。


今使われている魔道具のほとんどが今いるこの国が発明したものらしい。百年前だというのにいまだに使われる発展した技術を持った王国に感心しつつ、そんな国でもハザーディアの破壊は止められなかったんだなと改めて奴らの恐ろしさに身を震わせた。


バッグから鍋と水を取り出し、塩とカチカチのパン、それと乾燥肉を取り出して沸騰させたお湯に塩と乾燥肉を入れてふやかし、乾燥肉の塩スープにパンを浸して口に放り込んだ。


それからパチパチと音を立てる焚き木の光でバッグから取り出したノートとペンに今日の出来事を書き連ねていく。


一通り書き終えたボクはバッグから周囲に小動物くらいからなら守ってくれる程度の結界を張る魔道具を取り出し側に置いて寝袋に入り、眠りに落ちた。


翌朝、寝袋があるとはいえ硬い石の上で寝たためかガチガチな身体を解しながら昨日と同じ乾燥肉の塩スープとパンを口に放り込んで腹を満たした後、再度世界樹跡地に向かった。


昨日は薄暗いのもあって何とも思わなかったが、差し込んだ光が世界樹を照らし、少しの肌寒さと草木の匂いも相まってなんとも退廃的というか幻想的な光景に思わずほうっと感嘆の溜息が出た。


ボクは慌ててバッグからスケッチ道具を取り出し、ここに来た目的である世界樹と過去の王国の跡地を描いていく。


どんな王国でどんな風に住み、そしてどんな風に滅んでしまったのだろうか。そんなかつてあった光景を思いながら描いていく。


しばらくして満足がいくものを描き終えたボクはしばらくその場に座り込んで廃墟達を眺めた。


この国の崩壊を教訓に世界樹のまわりに街を作らなくなり、いつハザーディアが産まれても大丈夫なように森を囲み資源のみを回収していくようになったという事を昔本で読んだことがある。


切り倒そうとする国もあったようだが、世界樹は頑丈でハザーディアの様にどんな攻撃や魔法も効かないのだ。その為世界樹がある国は資源のみを回収してハザーディアがいつ生まれるか監視するのみに留めているのだそうだ。


「さて、そろそろ目的も済んだことだし帰ろうか。」


そう呟いて、亡き王国に背を向けボクはここに来るまでの長い道のりを思い出し、ゲンナリしながら歩き出した。

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