お前はロイドじゃない ~好きなゲームのキャラ『ロイド』に転生したと勘違いした男の話~
東霊ハジメ
第1話 我こそがロイドなり
「俺、ロイドじゃん!」
鏡を見た彼は、ふと自分が何者であるかに思い当たった。
用心深く、ペタペタと自身の体を触る。髪色、顔立ち、目つき。それらをしっかり確認したうえで、彼は再び声を上げた。
「俺、ロイドだ。『アルカナX』に出てくるロイドだ!」
人気RPG『アルカナX』。キャラ、ストーリー、UI、bgmに戦闘システム。数多くの領域で評価され、300万本の売り上げを記録したヒット作である。
彼は前世のことをあまり覚えていない。それでも、自分がゲーム好きであり、『アルカナX』もプレイしたことはしっかりと思い出した。
「たぶん、『アルカナX』の世界に転生したってことだよな。そんで、転生先はロイドか。いいじゃんいいじゃん!」
『アルカナX』に登場するキャラクター、ロイド。彼はプレイヤーの間でなかなかの人気を誇っていた。
登場シーンは一瞬しかない。しかし、ロイドの誇り高き精神はプレイヤーたちに鮮烈な印象を残した。いわゆる印象に残るタイプのモブである。
「うわー、顔とか、まさに子どもの頃のロイドって感じだなー」
鏡を見ながらうれしそうに自身の茶髪をいじる。彼もロイドに好印象を持つ1人なのだ。しみじみと感動しながら、ゲームでのロイドの登場シーンを思い返す。
「ロイドって、まさに高潔な騎士って感じでかっこいいんだよなー。最期まで近衛騎士としての務めをはたして……ん?」
そこで彼は、重要なことを思い出した。
「
ゲームの記憶が芋づる式に蘇る。ロイドは近衛騎士としてこの国の王女に仕えていたこと。この国が亡びるまで、献身的に彼女に仕え続けたこと。最終的にかっこよく死ぬこと。
「さすがに近衛騎士にならないとまずいよな。でも、なれるか?たぶん倍率めちゃくちゃ高いよな?」
彼は必死に頭を回転させる。前世の知識と今世の記憶。それらを総動員し、近衛騎士となる対策を練ろうと試みる。
「今の俺は……11歳。この国が亡びるのは18歳の時だよな。それまでに近衛騎士に就職しないと。物心ついたときから孤児院暮らしで、頼れる人はあまりいない。戦闘能力は……」
手の平に力を集中させる。すると、手の平の上に小さなオーブが現れた。
「これが魔法か。才能はけっこうあるって言われたな。それに、剣術もそこそこできる。さすがロイドだ」
彼は考えをまとめる。
この世界は剣と魔法の世界。今の自分にとって誰かに頼るのはあまり現実的でない。
つまり、近衛騎士になる方法は1つ。強くなることだ。強くなれば、王国側からスカウトが来る。
「よし、強くなろう!そんでもって、あわよくば生き延びよう!一緒にがんばろうな、ロイド!」
彼は自分の胸に手をあて、高らかに宣言した。そして目を見開く。目の前に広がる、輝かしい未来をながめるように。
だが、彼は知らなかった。
この世界は『アルカナX』の世界ではなく、インディーズゲーム『Gate and burst』――通称『ガバガバ』――と呼ばれるゲームの世界であるということを。
このゲームにもロイドというモブキャラが登場するということを。
そして、『ガバガバ』のロイドの立ち絵はAI生成でデザインされたため、『アルカナX』に出てくるロイドと見た目が似ているということを。
「ロイドー!ご飯できたから、配膳の準備手伝ってー!」
「……は、はーい!」
彼は内心で叫んだ。
(やっぱり俺、本当にロイドじゃん!)
人違いである。名前が同じなだけだ。
ただ、彼の決断は間違っていなかった。
『ガバガバ』は通称通り、ガバガバな部分の多いゲームであった。
不都合主義とさえ呼べる鬱展開。敵にばかり都合のいいストーリー。他のゲームによく似たキャラデザイン等。
そして『ガバガバ』に登場するロイドも、当然のように死亡する。
特筆すべきシーンはない。あっさりと。いつの間にか。気づいたときには死んでいる。
ゆえに、強くなろうという彼の判断は正しいのだ。その決意は、呆気なく死ぬ原作シナリオを捻じ曲げる唯一の手段なのだから。
途中式は全て間違っているのに、答えだけ完璧に導き出す奇跡。彼はそれを成しとげた。
この世界のシナリオに生じた小さな亀裂。ロイドは無自覚なまま、その穴をジリジリと広げていく。
◇◆◇◆◇
(何であたしがこんなことを……)
引きつった笑みを浮かべる女性。彼女が苛立っていることは、傍から見てもはっきりとわかった。
彼女の名はルミナス・マギカ。『ガバガバ』における中ボスである。
かつて彼女は魔法の天才と呼ばれ、将来を期待される人間だった。彼女の未来を疑う人は誰もいなかった。
しかし、彼女は落ちぶれた。才能にかまけ、努力を怠った。傍若無人にふるまい、周囲の人間をわがままで振り回した。
そして彼女は、学園で挫折を味わうこととなる。齢15歳。初めての敗北。立ち直れなかったルミナスは、学園を退学する。
その後、彼女の横暴さはさらにひどくなった。わがままは過激になり、
そして今に至る。彼女は今、孤児院の生徒たちに魔法を教えているのだ。それも無償で、である。
(クソっ!何であたしが、こんなしょーもないことを……!)
心の中で悪態をつく。怒りがマグマのようにぐつぐつと煮えたぎっていた。
現実を受け止められなかった彼女は世界を憎むようになる。そして、国家転覆計画を実行するのだ。はた迷惑な存在である。
(茶髪は見込みがあるけど、それ以外はダメだ。才能がない)
ルミナスはちらりと時計を見る。終了予定まではまだ10分残っていた。だが、彼女はここらで切り上げることにした。
「はい、そろそろ終わり!質問がある人はいるか?」
――ないならこれで帰る。そう言ってさっさと帰るつもりだった。
しかし、予想外なことに手は上がった。ロイドである。
(茶髪か。しゃーないな)
ルミナスは内心で舌打ちしながらロイドを当てた。
「はい、君?何だ?」
「えーっと……。あまりみんなの前で言いたくなくて。別の場所で質問してもよろしいですか?」
面倒だからダメ。その発言をなんとか喉元で押しとどめ、ルミナスはうなずいた。
他の孤児院の子どもたちを解散させ、ルミナスはロイドと2人きりになる。
「それで、質問って何だ?」
「えーっと、その……」
ロイドの歯切れが悪い。ルミナスの苛立ちはつのる。下手なこと言ったら、ボコボコに論破してやろう。彼女はひそかに決心した。
しかし、ロイドの質問は完全に想定外なものだった。
「あの、ルミナスさん。魔法の延長で……。
「は?」
そしてそれは、当然のことである。なぜなら
この世界は『アルカナX』ではなく『ガバガバ』の舞台。ゆえに、そのような言葉は存在すらしない。
「す、すいません!変なこと言って」
ルミナスの困惑を察知し、ロイドはすぐに謝った。
(そういえば、ゲームでは王女様も
ロイドは間違った前提をもとに、間違った仮説を立てた。そしてもう一度謝罪をした。
しかし、それがルミナスの心に火をつけた。
(は?こいつ、私が知らないことを
心がグツグツと湧きあがる。怒りが身を焦がす。
(このガキが知っている程度のことを、私が知らないだと?なめるなよ……!)
そしてルミナスは
「は?知ってるけど?」
「え?」
「
ロイドに見栄を張った。
「ほ、本当ですか⁉」
「当然だろ?その、この国ではあまり、知られていない……」
「はい!たぶん外国の技術なんです!」
「そうだよな!外国のな!それで効果は、限定を解除する、つまり……」
「はい!一時的に全ての能力を上昇させる……」
「だよな!限定を解除するんだもんな!」
ルミナスは気合の話術でロイドから情報を抜き取る。さも「私も最初から知ってたけど?」と言わんばかりに。
「話は分かった。でも、いかんせんこの国にある資料は少ない。外国の技術だからな」
「そうですよね」
「ああ。だから、少し時間をくれ。当然私は理解できるんだが、生徒に教えるレベルまでかみ砕くには、もっと資料を集める必要がある」
「はい、全く問題ございません!待ちます!」
満面の笑みを浮かべるロイドに別れを告げ、ルミナスは1人路地裏へと移動した。周りに誰もいないことを確認。そして、大きく息を吸って
「いや、
思いきり叫んだ。
「やばい、どうする?すべての能力を一時的に上昇させるだと?そんなこと可能なのか?そんな技術、この世界に存在するのか⁉」
存在しない。
普通の人間なら、この窮地を脱することはできないだろう。しかし、彼女は違った。努力を怠っただけで、彼女はまぎれもない天才なのだ。ゆえに
「……そうか。無いなら作ればいい」
常識外れの解決策を立てた。
「どうせこの国で知っている奴はいないんだ。それっぽい魔法を作ればごまかせる。ふふふ……。アハハハハッ!」
ルミナスは
元のシナリオでは、彼女は一切努力せず、才能が開花することはなかった。しかし、ロイドと出会ったことで歯車が狂い始める。
「クソっ、クソっ!やってやらあああああっ!!!」
ルミナス・マギカ。『ガバガバ』における中ボス。
しかし、彼女の国家転覆計画は、ロイドに対する心労によって
***
次回 第二話『師匠、見栄を張る』 12月28日更新予定
次の更新予定
2025年12月28日 19:39 毎日 19:39
お前はロイドじゃない ~好きなゲームのキャラ『ロイド』に転生したと勘違いした男の話~ 東霊ハジメ @hajimetorei
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