第10話 赤ん坊だからと、舐めた結果

護衛候補者たちの面接会場は、王宮内にある兵の訓練場だ。


「ルシウス! 待っていたよ!」


そう言って駆け寄ってきたのは、長兄であるフェリクス王太子だ。


フェリクス王太子はガルグイユの下にぶら下がっている俺の前に立つと、当たり前のように抱き上げた。


「さあ、お兄ちゃんと一緒に面接を見守ろうね」

「ばぶう……(……護衛の面接なんて俺一人で問題ない)」


護衛面接に必ず顔を出すフェリクス王太子に向かい、来なくていいとアピールしてみる。


しかしキラキラの笑顔で聞き流されてしまった。


「そうはいかないよ。忙しい父上の代わりに、僕がちゃんとルシウスを見守らなくちゃ。試験には、普段王宮に出入りしない者たちが参加するんだから、警戒するに越したことはない。僕の傍を決して離れちゃだめだよ」


やれやれ……。

たとえ暗殺者が紛れ込んでいようと、俺一人でなんとかできるんだが……。


フェリクス王太子は放してくれそうにない。

ここの王族は、俺を構うことに関してやたらと頑固なのだ。

言い合ったところで、フェリクス王太子が一歩も引かないことはわかっている。


仕方ない。

好きにさせておくか。


諦めた俺は、フェリクス王太子に抱っこされたまま、集まっている面々を見渡した。


今回の参加者は、二十人。

ここまでに、体力試験、模擬戦、魔力測定、忠誠確認など、いくつもの試験を潜り抜けてきてはいる。


つまり、これは実質的な最終試験にあたるわけだ。


護衛試験を開始したのは、国王だ。


「ルシウスはたしかに、とんでもない実力を持っている。だが、それでも赤子であることに変わりはない」


何度も聞かされた言葉が、頭に浮かぶ。


「ガルグイユ殿が守ってくれているとはいえ、常に竜の姿でいられるわけではない。人間の護衛、それも、子守を兼ねた者が必要だ!」


理屈としては正しい。

が、護衛兼子守などというお目付け役をつけられるのは煩わしい。


自分の身は自分で守れる。

俺がそう主張したのだが――。


「だめだああああああ!!」


国王が、ほとんど悲鳴のような声を上げた。


「だめだ! 絶対にだめだ!! 命を狙われまくっている天使のような赤ん坊が、『自分の身は自分で守れる』など……!!」

「ばぶ……(いや、事実だが……)」

「事実でも却下だ!! 父としての心臓がもたん!!」


国王はそのまま俺に縋りつき、半泣きで訴えてきた。


……本当に過保護だ。


だが、その心配が偽りでないことくらい、わかっている。


「お願いだ……! せめて、せめて形だけでも護衛をつけさせてくれ……! 頼む……! この通り……!! 父一生のお願い!!」


ここまで懇願されると、さすがに無下にはできない。

結局、渋々承諾する羽目になった。


まあでも、信頼できる護衛がいれば、俺は守ることだけに意識を割かずに済む。


その分、もっと先を見て動ける。


さて、今回はどうだろうか。


まず目に入ったのは、赤髪の半獣人族の若者だった。

筋肉質でガタイがよく、背中には大剣を背負っている。

年の頃は十九歳ほどだろう。

その立ち姿だけで、力自慢であることは一目瞭然だった。


「腕力には自信がある。やってやるぜ!」


威勢のいい声を上げ、剣を掲げてみせる。

俺の近くを飛び回るガルグイユが、ぱっと表情を輝かせた。


「おおっ! これは頼りになりそうですよ、ルシウス様!」


まあ……たしかに筋肉は素晴らしい。

だが、剣に送っている強化魔力の質とバランスが悪い。

あの状態では、全力で剣を触れる時間は持って三分。


次に目を引いたのは、その隣に立つ銀髪の少女だった。

人形のように整った顔立ちと、それに反した仏頂面が目を引いた。

参加者の中では明らかに年が若い。

おそらく、十三歳くらいか。

子供の子守を子供にさせるのか? と思わなくもない。


小柄な体をした彼女の身の丈には不釣り合いなほど巨大な盾を抱えている。

盾の表面には、無数の傷跡。

使い慣れているのは間違いない。


「私は……王家の盾となりたい……です……」


小さく聞き取り辛い声でポソポソと喋る。

表情もまったく動かない。


ガルグイユは少し首を傾げた。


「う、ううむ……盾使いは魅力的ですが、かなり小柄なおなごです。ルシウス様を守り切れるのでしょうか?」


少女の隣に立つ女に目を向けると、彼女は愛想よく微笑みかけてきた。

整った顔立ちのいわゆる美女で、白の法衣を纏っている。

年は恐らく二十代前半。


「私はヒーラーです。回復魔法を得意としております。ぜひ、私を採用してくださいませ」


一礼する所作も美しい。

それを見たガルグイユが、今度は勢いよく頷いた。


「おおっ! それはぜひとも! ルシウス様は、まだ赤子でいらっしゃる。専属のヒーラーは不可欠かと!」


実際、白魔法師がいれば利便性は高い。


さらに、その後ろ。

糸目の男が、静かに一歩前へ出た。

派手さはないが、落ち着いた佇まいをしている。

年齢は完全に不詳。

視線の動きが速く、周囲をよく観察しているのがわかった。


「私は様々な知識で、ルシウス様をサポートできるかと。賢者として、お力になれるはずです」


すると、ガルグイユは「知識枠もありがたい!」と言って、翼を揺らした。


「戦闘力で並ぶ者はいらっしゃらないルシウス様ですが、この国については、まだ学びの途中。賢者が導いてくだされば――向かうところ敵なしです!」


ガルグイユはどうやら、盾の少女以外、かなり気に入った様子だ。

他にも、実力者らしい気配を纏った者たちが何人か混じっており、そのたびにガルグイユは感心したように唸り声を上げた。


ガルグイユの評価はさておき。


俺は、思わずにやりと笑った。


今回の面接は、少しばかり面白いことになりそうだ。


「フェリクス様、ルシウス様。今回も、これまで同様、それぞれの得意技を披露させる形で、よろしいでしょうか?」


進行役の兵士が、緊張した面持ちで尋ねてきた。


フェリクス王太子が承諾するより先に、俺は口を挟んだ。


「ばーぶばぶ(いや、今回は趣向を変える)」


ガルグイユを通じて兵士にそう答える。


面接の参加者たちはポカンと口を開け、互いに顔を見合わせた。


「話には聞いていたけど、本当にミニバットが末っ子殿下の通訳をしているのか……?」


疑念と困惑が、口々に漏れる。


だが、次にガルグイユが翻訳した言葉は、それらを一気に吹き飛ばした。


「ばぶばぶ(この中に、暗殺者が混じっている。そいつを炙り出した者を護衛に選ぶのはどうだ?)」

「なっ……!?」


訓練場全体がざわめきに包まれる。

俺を抱き上げているフェリクス王太子ですら、驚きで目を見開いた。


しかし、参加者たちも馬鹿ではない。

赤ん坊王子の発言を、果たしてどこまで信じていいものか。

訓練場には、そんな戸惑いが静かに広がっていた。


「……そもそも、今の発言は本当に末っ子殿下自身の意思なのだろうか。通訳役だという魔物が、話を盛っているだけではないのか……?」

「でも、赤ん坊だぞ……? 大人のように考えられるのか……?」

「魔王の記憶をお持ちのまま誕生されたと専らの噂だが、どこまで真実なのか……」


そんな囁きが、誰の口からともなく滲み出す。

王子だということはわかっているが、赤ん坊なので軽んじているのだろう。


「恐れながら殿下……」


参加者を代表するように、糸目の賢者が慎重な態度で言葉を発した。


「暗殺者が混ざっていることが事実だとするのなら……いったい、どうやって見抜かれたのですか……?」


そう問いかけた瞬間、俺を抱き上げている腕が、わずかに硬くなった。

それに合わせて、訓練場の温度がすっと下がる。

フェリクス王太子の殺気が原因だ。


「……今、何と言った?」


そう聞き返しながら、フェリクス王太子はゆっくりと首を傾げた。

先ほどまでの柔らかな兄の表情は、もうどこにもない。


フェリクス王太子は、俺を抱いたまま一歩前に出た。


「君は今、王家の末子が口にした言葉を『真偽を測るべき戯言』として扱った」


声音は低い。

怒鳴ってはいない。

だが、その一言一言が、刃のように鋭かった。


「まったく、忠義の欠片もないような輩を最終面接まで残すとは……。担当者は何を考えている」


息を呑む音が、あちこちで重なった。

ざわめいていた訓練場は、嘘のように静まり返る。


「も、申し訳ありません……! そのようなつもりは……!」


糸目の賢者は顔色を失い、慌てて頭を下げた。


俺はフェリクス王太子の袖を引いて、自分に関心を向けさせた。


「ばぶ(許してやれ。ここで一部の人間を退出させるべきではない)」

「ルシウス……! なんて思いやりのある子なんだ……!!」


いや、これは優しさなどではないのだが。

兄にはまだ伝えないほうがいいだろう。

穏やかそうに見えて、意外と熱くなりやすいっぽいからな。


フェリクス王太子の怒りが冗談ではないと悟った参加者たちは、必死に頭を下げはじめた。


「つ、つまり、互いを疑って、暗殺者を見つけ出せばいいのですね?」

「もともと護衛役を選ぶ試験だったのです! 打ってつけの課題ではないですか……! ハハハ!」


赤毛の獣人とヒーラーの女性は、黙って頷いた。

巨大な盾を抱えた少女は、柄をぎゅっと握った以外、反応を見せない。


動揺する者、疑う者、強がる者。

反応は様々だが、共通していたのは一つ。


全員が、無意識のうちに、隣に立つ誰かを、探るような目で見はじめていた。


高みから見物する俺は、唖然としている彼らを見回しながらにっこりと微笑んでみせた。


静まり返る訓練場。

恐怖と緊張が、じわじわと広がっていくのがわかる。


さて、しっかり暗殺者を見つけ出せるのか。

実力を俺に見せ、楽しませてくれ。


ちなみにもちろん俺は、二十人の中に紛れ込んだ殺意を、はっきりと見つけていた。

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