第3話 暴走魔力、コントロールしてみる

暗殺者の短刀が、国王の喉元へ迫る。


国王が殺されようと、俺には関係ない。

だが、その次に狙われるのは俺かもしれない。


ここは保険をかけて、始末しておくか。


「おぎゃあああ」


俺が泣くのと同時に、空気が震えた。


床が波のようにうねり、壁が軋む。

窓の外では再び稲光が走り、落雷が轟いた。


……ただやみくもに泣くだけじゃ芸がないな。

せっかくだし、この暴走気味の魔力を、自分の意思で操れるか試してみるか。


「おぎゃっ、……おぎゃー……ぎゃあ!」


高い声を出すと、建物がグラグラと横揺れを起こす。

低く唸るように泣けば、床がドンと縦に跳ねる。


おもしろい。

制御できるじゃないか、この力。


「おぎゃあ、おぎゃー!」


振動を横へ、縦へ。

そのたび、王族や侍女たちは床に転がり、柱にしがみつき、悲鳴を上げた。


だが、そいつらの混乱など、おまけのようなものだ。

俺の視線はただひとり、短刀を手にした暗殺者の女に向けられている。


「くっ……! さっきから、なんなのよこれ……!?」


暗殺者の女はよろめきながら腕を振り回し、必死にバランスを取ろうとしている。

だが、その口元には、まだ薄く嘲るような笑みが残っていた。


「ちょこざいね! こうなったら、まずはそのクソガキから殺ってやる……!!」


そこで、俺は狙いすました縦揺れを起こした。


「ああッ……!?」


暗殺者の女が短刀を取りこぼす。

すかさず俺は、追撃の縦揺れを放った。


ドンッ!!


跳ね上がった短刀が、空中で一瞬止まったように見えた。


「……え?」


女の喉が、小さく鳴る。


短刀は、理解の追いついていない女の喉元へ、真っ直ぐ吸い込まれていった。


――グサッッ。


「あぐぅッ!?」


喉のど真ん中に刃が突き刺さり、女の体がびくりと跳ねる。

そのまま重力に負け、ぐらりと後ろへ倒れていき――。


ドターン!


目を見開いたまま、もうピクリとも動かない。


即死だ。


よし、目的達成。

俺はぴたりと泣き止んだ。


その直後、兵士たちが血相を変えて駆け込んできた。

俺の起こした地震のせいで、彼らも立ち上がれず、扉の前でコロコロ転がっていたのだ。

暗殺者の死体は兵士たちの手で担ぎ上げられ、素早く部屋の外へ運び出された。


部屋に、束の間の静寂が落ちる。


国王は倒れた暗殺者と俺を交互に見比べたまま、息を呑んでいる。


「……ま、まさか……この父を暗殺者の手から守ってくれたのか……?」


勘違いするな。

おまえを守ったわけではない。


そう言いたいところだが、喉から出るのは「あうあう」という声だけ。

とんでもない魔力を持っていようが、本体自体はただの赤子。

意思疎通は図れそうにない。


しかも、最悪なことに国王は俺の発した「あうあう」を肯定だと勘違いしたらしい。


「そうか! やはり父を救ってくれたのだな!!」


涙目になった国王が、ものすごい勢いで俺のもとへ駆け寄ってくる。


「我が子よおおおっ!! 本当にありがとうっっ!! 愛しているぞっっ!!」


国王は勢いのまま俺を抱き上げた。


躊躇ゼロ。

遠慮ゼロ。


……は?


いきなり示された手放しの愛情を前にして、脳が真っ白になる。

何だ、これは。


こんな扱いを受けたことは皆無で、混乱する。


お、おい……ちょっと待て。


近い、近い!

抱き上げるな!


だが、国王は容赦ない。

大きな腕で俺を包み込むと、宝物のように抱きしめる。

さらには、頬擦りまでしてきた。


勘弁しろ……!!


こんな無条件の愛情、俺は知らない。

受け止め方がわからない。


憎まれ、恐れられ、拒絶されるのが魔王の俺なのだ。

なのに、どうなっている……。


動揺しすぎて心臓がうるさい。

だから、余計に拒絶したくなる。


むっちむちの両腕を突っ張り、なんとか引き離そうと試みる。


「ああ、すまない! しつこかったな! 嫌だったな!」


慌てふためく国王の手の中から、苦笑した王妃が俺を取り上げる。


「ふふっ。仕方ないお父様ですねえ。……でも、陛下と同じように、母も心からあなたに感謝していますよ。あなたの泣き声が、陛下のお命をお救いしたのですから……!」


王妃の隣では、俺の兄らしき王太子がうんうんと頷いている。

その背後からは、国王が俺に嫌がられないよう節度を保ちつつ、デレデレの笑顔を向けてきた。


「こんなにも小さな我が子に守られるとは……誇りで胸がいっぱいだ。暗殺されかかるのは日常茶飯事だが、今回は本当に危なかった。この子がいなければ、確実に殺されていただろう」


暗殺が日常茶飯事?


さらっと、とんでもないことを口にしたぞ。

魔王時代の俺ですら、暗殺者の襲撃は、ひと月に一度程度だった。


……この国の治安、異常すぎるぞ。


しかし、当の国王はまったく気にしている素振りを見せない。

むしろそれよりも他のことで頭がいっぱいなようだ。


「そうだ! この子の未来を左右する、重大な決めごとを閃いたぞ!!」


興奮気味に、俺のほうへ身を乗り出してくる。

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