第2話 泣くだけで天変地異の範囲攻撃を発動できる

雷が落ち、大地が激しく揺れ、人々が悲鳴を上げる。

それはまるで、神が怒りの拳で世界を叩きつけたかのような衝撃だった。


赤ん坊が泣いただけで、こんなことになるなんて……。


俺は戸惑いながら、むっちむちの両手を見下ろした。


……この身体、魔力量が桁違いだぞ。


意識してみるとわかる。

この小さな体の内側には、暴力的なほどの魔力が渦巻いていた。


これを制御できなければ、俺は再び災厄として恐れられるのかもしれない。


考えた瞬間、胸の奥が冷えた。

前世の怒りと憎しみが戻ってくる。


……だが今は、それに浸っている場合じゃない。

まずは状況を把握したほうがいいだろう。


ちょうどそのタイミングで、床に転がっていた大人たちが、ひとり、またひとりと身を起こしはじめた。


警戒しつつ、赤ん坊ベッドの上から、彼らの姿を観察する。


がっしりとした体型の美丈夫な男が、俺の目の前に立っている。

年齢は三十代後半。

その男の頭には、なんと王冠が載っていた。

男の半歩後ろにいる美しい女の頭にも、繊細なティアラが輝いている。


ちょっと、待て。

この者たち、どう見ても暗殺者ではない。


というか、明らかに王族ではないか……?


王に王妃、それから二人とよく似た王太子らしき人物が、俺のベッドを覗き込んでいる。

その背後には、宰相と思しき老人や、豪奢な衣装をまとった大臣たちが付き従っていた。


全員の視線が俺に突き刺さる。


彼らの目に浮かんでいるのは畏怖か、驚愕か。

いや、もっと別のものだ。


沈黙を真っ先に破ったのは王冠を戴いた男、国王だ。


「万歳!! うちの末っ子は神童だ!!」


国王が両手を勢いよく掲げて叫ぶ。


「この子の誕生に対して、天が喜び、地が跪いたぞ!! 王国の未来は安泰だ!!」


…………は?

この王は何を言っているんだ……。


「生まれてきてくれただけで十分なのに、身を守る才も持っているなんて……! ありがたくて胸が震えます……!」


感極まって涙を流したのが王妃だ。


「本当ですね、母上! 泣き声ひとつで世界を震わせるとは……! 可愛すぎる容姿だけでも王国の至宝だというのに。我が弟は神のくれた宝物です!」


まだ十代後半の王太子は、産まれたばかりの弟が可愛くて仕方ない様子を見せた。


「まさに規格外、奇跡のお子にございます!!」

「殿下は未来を変える器をお持ちですぞ! 国宝のご誕生といっても過言ではございません!!」


宰相や大臣たちは手を取りあって、はしゃいでいる。


……この国、大丈夫だろうか?


俺が魔王だった頃から、どのくらいの年月が経っているのか定かではないが、当時の人間側の国王はこんなに阿呆ではなかった。


そもそも、全員手放しに喜んでいるようだが、本気で理解ができない。


俺は世界中から死を望まれ続けた存在なのだぞ?


彼らはたしかに、俺の前世が魔王だとは知らない。

とはいえ、この俺の誕生を祝福する者が存在するなど、まったくもって信じられなかった。

はっきり言って正気を疑うレベルだ。


「とにかくまずは、末殿下の魔力量を測らせていただかなければ!」

「急ぎ王室魔導士殿の手配を!!」

「これから忙しくなりますぞ!!」


上を下への大騒ぎだ。

赤子の俺はその様子をぼんやり眺めているしかできない。


宰相や大臣たちは、国王とあれこれ相談した後、興奮した態度で部屋を飛び出していった。

室内には、国王一家と数人の侍女のみが残された。

兵士はもちろん扉の外に控えているが。


と、そのとき突然、侍女の一人が不審な行動に出た。


視線を泳がせながら、スカートの中を弄る。

そこから飛び出したのは、冷たい光を放つ短刀だ。


なんだ。

やはり暗殺者が紛れ込んでいたか。


「国王め、死ねえええ!」


短刀を両手で振りかぶった女が、国王に襲い掛かる。


王太子が剣を抜こうと腰に手をかけたが、遅い。

護衛も距離がある。

誰も間に合わない。

俺以外。


……というか、この暗殺者、頭が悪すぎないか?


混乱に乗じて、暗殺を仕掛けようと思ったのかもしれないが。

ここには、泣いただけで、天変地異の範囲攻撃を発動させられる赤子がいるんだぞ。


それを忘れたのか?

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