【幽霊少女】

 この世の中、科学じゃ証明できないものも確かに存在する。だがそれは誰にでも視えるものではないからこそ、噂話になったりオカルト話やUMAとして広がったりするのだ。


 例えば駅から徒歩五分の場所にある古くからある雑居ビルの都市伝説。一階部分は地域に根付いた八百屋や魚屋に肉屋などが並んでおり、その向かいには格安スーパーが。二階に上がれば地元の不良少年たちがたむろするにはちょうどいいゲームセンター。それから必要なのかどうかわからない本屋があったりする。それよりも上の階層になると住民たちがいる。


「ここの三階の角部屋だったと思うんだけど俺たちが小学生ぐらいん時さ~口裂け女が住んでるとか噂があったよな」


 ふと銀色に輝く染められた髪とピアスのあいた高校生ぐらいの男子生徒が暇そうに告げた。それに対して一緒に遊んでいたらしい友人たちがそういえばと思い出したように口を開く。

「そういやあったよなぁ。つうかアレ本当に口裂け女なわけねぇだろうし」

「だろうけどやっぱガキは真に受けるじゃん」

「兄貴は特にな。変なところ純粋だからな」

 ガチャガチャと対戦式のアーケードゲームのコントローラーを操作しながら、どう見ても見た目から治安の悪さが出ている銀髪の少年がボヤいている。その横にはどうやら後輩と友人いるらしく、同じようにコントローラーをガチャガチャといわせている音が聞こえてきている。

 不良のたまり場になっているこのゲームセンターの一角をほぼ牛耳っているらしい彼らは今日もいつも通り喧嘩を売られるのを待っているようだ。そんな話をしているのを小耳に挟みながら、立ち上がり彼らに声をかけた。


「なぁ、ガキんちょ。お兄さんと一勝負どう?そっちが勝ったらなんでも言うこときいてやるからさ」


 ニヤァ……という小悪党のような笑みを浮かべた男はスーツを着たヤンキーのような装いをしており、堂々と彼らの真正面の椅子に腰かけた。

「あ?何オニーさん、俺とやるの?」

「そそ、もしキミが勝ったら何してほし~?あ、セックスとかタバコとかはダメね。公序良俗にかかわることはちょっと嫌だわ」

「いやキショ……。……俺が勝ったら喧嘩してくれよ。同意の上なら問題ねぇだろ」

「おっ、いいぜ~。じゃあハンデしてやんよ。三人のうちだれか一人でも勝てたら喧嘩すっか」

 彼のその声にフラストレーションの溜まっていた不良三人組は不敵に笑った。よく知らないがこんなチャンスをそう易々と逃すわけにはいかないとでも思ったのだろう。

(まぁわかりやすい不良だな)

 別にたかがゲームぐらいどうってことはないけど、どうせ自分も本来の仕事でやってきた暇つぶしになるし。と、コントローラーを握った。


「だぁ……!クソ!なんで何回やっても勝てねぇんだ……ッ!」

「もういい?」

「もう一回!」


 ゲームでの対戦を初めて、もう十戦目だというのに三人は木更津に一度も勝てていない。やればやるほどムキになり「もう一回!」と何度も言っているのを笑いながら木更津は受け入れている。

 木更津がこのゲームに強いかと聞かれれば答えはNOだ。それは誰が見てもわかる。だというのに、なんでだか最後には三人が負けている。


「テメェなんかイカサマしてねぇか」


 苛立ったらしい不良の問いかけに、動じることもなく木更津は画面を見たまま面倒そうに答える。


「あー、どうやっても勝つと思うぜ俺。目閉じててもね」

「は?厨二引きずって大人になったのか?可哀想になってきた」

「世の中やべーやつはワンサカいるってマジだな」

「へいへい、ソウデスネー。仕方ねぇだろ勝負事の神様にお好かれ中なんだ」


 いよいよ気の狂った大人だ。と三人がドン引きして戦意も喪失した頃、一人の女の子が怯えながらも彼らに近寄ってきた。

 それを見た木更津はやっと自分の仕事がこちらへやってきた。とゲームを放り出して立ち上がる。


「あの……!え、っと、かみさま……ぱぱをたすけて……」

 淀んだゲームセンターの雰囲気に似つかわしくない少女は明らかに泣きそうになっており、挙句着ている服はボロボロで靴さえも履いていない。

(!この子……)

 思わず木更津がしゃがみ込み、少女と目線を合わせて話しかける。ここから先は大真面目に仕事をしなければ。

「オレ神様じゃねぇけどもしかしたらパパをどうにかしてやれるかもしれない。今パパどこにいる?」

 できるだけ優しい声色で、恐怖心を与えなくていいように細心の注意を払いながらそう聞けば少女はついに泣き出しながら木更津に飛びついた。

「うわぁあん!パパが!パパがわるいひとにつれていかれちゃうよぉ!」

「よしよし、いい子だなァ。ここまで頑張って来たんだもんな?」

「うんっ、うんっ!となりのおねえさんがこなったら、げーむせんたーにいるおにいちゃんたちにおねがいしろってぇ」

 そこまで聞いて、木更津は幼女に見えない角度で片眉を歪ませる。そのお姉さんとやらが一体どうして、ここに自分が張り込んでいたことを知っているのか。何を思ってこんな瘴気だらけのゲームセンターに子供を行かせたのか。

「とにかくここに長居してたら痛い痛いするから外に行こうな」

「うんっ、うん……ずっといたいよぉ」

「そうか……。悪ガキトリオ、出来れば今のうちに帰りな。まだ間に合うぜ」

「!」

 木更津の言葉にやっと気づいたのか、学生の内の一人が顔色を青くして警戒心を吊り上げる。どうやら視えてはいなくても少し神経を張り巡らせれば感じはするらしい。

 木更津が少女の手を引いてゲームセンターを出ていくのを思わず立ち上がって銀髪の不良が追いかける。

「待てよ!アンタ一人でどうする気なんだよ!」

「なんだァ?心配してくれてンの?……安心なさいよ、悪い奴は幽霊だろうが神様だろうが捕まえなきゃな。オレはお巡りさんだからよォ。忘れてたしちゃんと自己紹介しとくか。怪奇刑事課、警部補木更津門天カドタカ。よろしく」

「お、おまわりどころか刑事じゃねぇかよ!」

 不良の三人がヒソヒソとさっきのゲームにボロ負けしててよかったなどと話しているのを苦笑しながら聞き、オレに勝てるわけねーから心配いらねーと内心で思いつつ一歩、ゲームセンターの外へ木更津が出た。

「あ……?」

 途端に空になった手を木更津がゲンナリした表情で見て溜息をつき何処かに電話をし始める。

「……、あーもしもし?テルちゃん?悪いんだけどさー、バセさんに言ってくんない?『一人じゃ手に負えません』って」

 用事の済んだ電話を片手に三人を引き連れて人が忽然と消えたビルの中を足音もなく進んでいたが、途中ふと足を止め、奥の方向を注視した。暗くひんやりとした空気だけが彼らの足元にまとわりつくように流れ込んでくる。

(なんか、来てる気ぃするな……)

 三人に聞こえているかはわからないが、ヒタ、ヒタッという冷たい足音が微かに耳に入ってきていた。

「このまま真っ直ぐ進んで外に出てな。こっから先は俺の仕事だからよ、気を付けて帰りなさいネ」

 それだけ告げて、三人を見送った木更津は足を止めた。

「いやー……やっぱ怖いもんは怖ぇな~」

 その表情は今までとはうって変わって随分と引きつった笑みだった。


 雑居ビルの内部、あの世とこの世の境目にたどり着いたモンテンこと木更津門天はどこから出したのか経本を抱えビルの外階段を駆け上がっていた。背後からは都市伝説、口裂け女が追いかけて来ておりのっぴきならない状況で逃げきれる保証もない。

(よりにもよって………!都市伝説かよ……!)

 木更津の苦手とするものの一つにランクインしている都市伝説。理由は単純で、悪霊や土地神の類と違い、最近できて人の噂話で広がる得体の知れなさと己では歯が立たない相手であることが多いからだ。元より木更津がこの場所を見張っていたのは、同じ班員で初動を担う新人女性職員、上津役照コウジャクテルがこの雑居ビルに女の子の幽霊が出ては若い男女を3階の一室へ連れ込んでいるのだとかいう通報を受けたせいだ。事実そこに連れ込まれたらしい人たちは皆行方不明届が出されており、最後の目撃場所はこの雑居ビルだった。

「クソ!あの女の子を先に叩くしかねぇ……!」

 錆びついたトタンの階段が、木更津が踏みつけるたびいい音を鳴らす。ようやっと3階へ辿りついた木更津が例の角部屋へ向けて全力で駆けて行く。そのすれ違い様、誰かが一瞬木更津の肩に触れた。

「こっちは任せろ、坊や」

「うわぁ!?バセさん!?頼んますからね!絶対こっちにまで回すなよオッサン!」

「相変わらず口が悪いな、悪い子だ」

 そこには金に近いアッシュ色をした髪をした高身長でガタイのいい中年の男性が飄々と立っている。彼は木更津門天の先輩でありバディである賭場瀬毘沙トバセビシャだ。

「さて、俺も別に都市伝説専門家ってわけじゃないが……そうだな、一分でカタをつける方に賭けておくか」

 三階の角部屋よりも少し手前、その扉を守るように賭場瀬は立ち塞がった。腕に巻かれた長い数珠を鳴らし、手を合わせ何かを唱えれば目と鼻の先まで迫りきていた都市伝説、口裂け女が悲鳴をあげてその姿を変えていく。それは悪霊と化した女性の姿でどうやら元は只の霊だったようだった。

(いつの間にか根付いた噂話に感化されて姿を変えていただけ、か。であれば)

 一つ考察を立てた賭場瀬は懐から一つの白い包み紙を取り出し、勢いのままにそれを悪霊へ向かい叩きつけるように撒く。

「悪霊退散!」

 ありきたりな言葉一つ、それでもその迫力と清められた塩の効果は絶大だったらしく女性の霊は悲鳴をあげてあっさりと姿を塵にしていった。

「さて、三十秒ぐらいか。後は…………」

 最大の難所はこの先、噂の三階、奥の部屋だ。都市伝説と噂された口裂け女は既に毘沙により暴かれた後とはいえ、あの幼女の霊が連れて来たこの部屋と先ほどの口裂け女の悪霊が一体どんな縁があるというのか。

(大方、想像はついてるが……最悪を想定しておくべきか)

 仕方がない。これも仕事の一つならば。と賭場瀬はスマートフォンを取り出し、誰かに電話をかける。

ソラ、三階の西側の角部屋だ。一応狙っておけ。必要があればぶち抜いて殺しても構わない」

『了解』

「くれぐれもモンテンをぶち抜かないように頼むぞ」

『アタシになんてこと言うのさ。それぐらい朝飯前だ。奴が飛んで入ってこなけりゃね』

「あぁ、そうだったな。神殺し」

『うっせぇおっさん。もう切る』

 相変わらずつれない女だな。と軽く笑って賭場瀬は事が終わるまで近くのトタンの階段に腰かけ煙草に火をつける。ゆっくりと吸い込んで、肺を殺していくこの感覚にもう何も覚えなくなってしまった。

 今日も耳の奥で無機質でピッピッ、ピッピッと規則だたしい音が音が響いている。

(まだ、大丈夫そうだ)

 一体その音がなんなのか、そんなこと自分たちが一番よく知っている。これは、心電計の音だ。

「……あの日も、空は青かった気がするな」


 先月のことだった。とある事件を解決しに行った先で不可解で自分たちでさえも説明がつけられないことに遭遇した際に、賭場瀬毘沙と木更津門天の二人は意識不明の重体に陥った。あの日から彼らは生霊として体から幽体離脱をした状態で仕事に励んでいる。それが不便だとは正直あまり思わない。怪奇刑事課の人間はだいたいが霊感を持っているので普通に自分たちが見え、意思疎通ができる上に、仕事の対象も自分たちと同じように実態がないものばかりだ。もちろんカルトじみた人間を相手にするときもあるが、そういう時は遠野天が対応をするので何ら問題はない。

(それにしても、ゲーセンにいた坊やたちはモンテンが見えてたってことは……才能があるんだろうな。……まぁ実際霊感を持ってたのはあの銀髪くんだけだったっぽいが……釣られて見えたんだろう、あとの二人も。だとすればあの子は、……)

「……未来が、楽しみだな」


 「クソ!なんだ……!この部屋!」

 木更津はと言えば、突入した三階の角部屋の異常さに絶句していた。漂うのは死臭。転がるのは男の死体が複数、どれも無残に殺されている。その中央で泣くのは先ほどの少女で傍には一人の男性の遺体が転がっている。

「ぱぱ、ぱぱぁ……やくそく、かみさまつれてきたんだよぉ、おきて、おきて」

「………っ」

 目を凝らして気が付く。少女が揺すっている男性の遺体の腕の中には、同じ顔の少女がいる。おそらくはコレが本体。少女の遺体だった。大事そうに抱えられた腕の中で、死んでいる。腐りかけの遺体には蛆虫が湧いており、見るものに不快感を与える光景だった。

(早くこの子を祓って、掃除屋と課長に連絡回さねぇと……)

 そう思い経本を構えた時だった。背後からガタッと物音がし、誰かが押し入れに隠れていたのか飛び出してくる。ヨレたスーツを着て腕には刺青が堂々と入ったどう見てもヤクザのナリをした男性が焦点のあってない目で木更津の首を掴む。

「かみさま……!もうやめて!やくざのひとこわい、ぱぱ、ぱぱたすけてぇ!」

 少女が父の亡骸に縋り付けば縋り付くほど、木更津の首を絞める手に力が入っている。

「ッ……、ぐ、ぁ……ッ!」

 生霊に呼吸など関係あるのかわからない。だが確かに、絞められている喉が苦しいばかりで息ができない。脳裏に響く電子音が早まったような気がした。

「くそ……ッ、なんで、生身の人間が触れんだ、よ……ッ!」

 このままでは、本当に文字通り死んでしまう。少女の泣く声をBGMにうまく回らない頭を賢明に回すが、酸素の足りない頭では生にしがみつくことしか考えつかない。そうだ、もう掠れた声しか出ない。命の終わりを見た瞬間。


 窓から見える向かいの建物の一室から、何かが反射している。それはおそらく。

(あっちか!)

 脳内で響く電子音が警告じみてくるのが己の命の期限を急かしてくるようで気色悪い。悲鳴をあげる意識をどうにか掴みこんで、グッと力をいれて姿勢をズラした瞬間だった。

 パァンという破裂音と共に木更津を捉えていた男の力が抜け、中から二体の幽霊が飛び出してくる。

「ゲッ、ゲホッ、ゲェッ……!」

「か、かみさま……!ぱぱ……!」

 倒れ伏して、どうにか呼吸を整えていく。危なかった、あと一秒でも遅れていたら死んでいたかもしれない。もう体から幽体離脱している状態でいうのはさぞおかしなことだと思うのだが。

 きっと抜かりない賭場瀬のことだ。どこかに同じ班員であり、対人間専用スナイパーの遠野天を配置しているはずだと思ったのがどうやら当たったらしい。


「ッ、なんだってこんなことになってやがる……ッ!洗いざらい吐いてもらうぞ、お二人さん、俺にはどうせ憑りつけないだろうからな……ッ!」

 木更津の声に二人はひどく憎悪の籠った目で見下した。何もしゃべる気などないようであわよくばこのまま連れて逝こうと企んでいる、そんな雰囲気だった。

「まずい……!」

 急激に冷えた気温に事態を察知した木更津が咄嗟に少女を抱えて転がった。二人が先ほどまでいた場所にはあの二人の男の悪霊が群がっている。彼らは確実に、少女を狙っているのだ。自分の知らない父親の恐ろしい表情に少女が怯えたように木更津にしがみついている。

「クソっ……正気ごとイカれてやがる……!」

「ぱぱ!ぱぱぁーっ!」

「ごめん、マジでごめん我慢しててくれ……っ!」

 泣きわめく少女を抱きしめ、木更津はベランダから飛んだ。

「バセさん!すんません!後頼みますよ!」

「相棒の頼みなら仕方がない、もう一仕事ぐらいやってやるとも」

 その場に来ていた賭場瀬が、悪霊と対峙する。酷く底冷えするような視線で彼らを一瞥したあと先ほどと同じ白い紙包みを構えて口を開いた。

「お前のような野郎は最初から親になど向かなかったんだろうさ。……悪霊退散ッ!」

 声にならない声をあげて賭場瀬へ食って掛かる二人へ、なんの迷いもなく塩を叩きつけるように撒いた。それを浴びた彼らは一瞬驚愕をして自身の身に何が起きたのかを理解できないといったような表情を見せた直後、悲鳴を上げながら塵と化す。

 その光景を見送って、遺体だけが転がっている角部屋を後にした。もうこの雑居ビルには小さな幽霊も口裂け女も出ないことだろう。



「お三方ともお疲れ様でした!」

 雑居ビルの前、少し外れた人目につかない物陰で怪奇刑事課、賭場瀬班が集合する。

対怪異捜査の賭場瀬毘沙、木更津門天。

対人間捜査の遠野天。

それから、初動部の上津役照。この四人が揃ってはじめて事件は終結したと言えるだろう。

「あれ?その小さい子はどうしたんですか?木更津先輩」

「それが……うっかり連れてきちまった」

「うーん……」

「かみさま……」

「いや、だからな……オレは神様じゃないんだよな……」

「困りましたねおぇ……」

 木更津が抱えたままの少女を見て、どうしましょう。と上津役が困った様子で班長を見る。

「その子自体は悪霊でも何でもない。ただ父親が大好きだっただけの子だ。あの父親は我が子を大事にはしていたらしいが職業がヤクザの下請けでな。結構な人間を殺していたらしい。食っていくためとは言えば聞こえがいいが馬鹿のやることだ。その最中にあの口裂け女と化した悪霊にえらく好かれてたらしくてなどんどん気が狂っていって、彼女に殺された。それでも我が子だけは守りたかったんだろうがね。……。その未練で悪霊となったころに様子を見に来たあのヤクザがきて憑りついていたってわけらしい。あのヤクザも大概悪さをしていたようだしまぁひとまずは害を成す者は成敗したとみていいだろうが」

「ろくでもない人間に変わりないってことだ。いいかテル人間は簡単に信用しないようにな。アタシぐらいにしておけよ。バセさんもモンテンもイマイチだからな」

「あぁ!?なんでオレも!?」

「俺ほどいい男はいないだろ?」

「あ、あ、その、えーっと!その子をどうにかしてあげたほうが……!」

 そうだった。そう言って木更津はどうしたらいいかと賭場瀬の方を見上げた。

「お前がしてやんな。すっかり懐いてるみたいだしな。いつもので優しく当てるだけでも逝くはずだ。まぁそれ以外でもお前ならできるだろ」

「……ス。……なぁ、もう怖いもんはないからな。あったかいところに行こうな」

「?……うん、ぱぱもいる?かみさまは?」

「ぱぱは……どうだろうな。オレは神様じゃないけど、……でも大丈夫。優しい人がいっぱいいる」

「……さみしい」

 幼子の泣きそうな声に木更津が躊躇う、どうせならこのまま。と思いかけた時だった。

「門天、悪い子だな。幽霊を誑かしちゃいけないだろ?ちゃんと行く先を教えてやるのもお勤めだって親父さんに再三言われただろう」

「……うす」

「お前の悪い癖だぜ、ソレ」

 苦笑しながら賭場瀬が木更津の頭を雑に撫でる。遠野は興味がなさそうに、上津役は心配そうに木更津と少女を見つめていた。

「ごめんな。オレも寂しいよ。でもそこにいけば今よりもっとやさしくてあったかいばしょだから、いこう。オレが送ってあげるからさ」

「……うん」

 ゆっくりと経を口ずさんで、少女の頭を撫でていれば徐々に眠たそうに眼を閉じていく。次第にその姿は薄くなり陽の光を反射するように輝いて消えていくのだ。

「………。御憑かれ様で御座いました」

 そっと除霊後に言うと決まっている台詞を告げて、少しばかりしんみりした木更津が顔をあげる。


「よっしゃ、今日の晩飯はバセさんの奢りでしゃぶしゃぶがいいっす」

「おっと、急だな。残念だがそんな気力は残ってないぞ。お前が厄介もの全部俺に投げて来たからな」

「嫌なんすよ、都市伝説はよ」

「我儘坊やめ、仕方ないな。店にはいけねぇが俺ん家でならしてやろう」

「聞きました?ソラさん。テルちゃんも行こうぜ」

「あぁしっかり聞いたな」

「はい!ぜひ!ぜひ!」

「おぉ、おぉ勢いがすげぇえな若者は」


 楽しそうに笑って、彼らは自分たちの職場へと戻る。今回の顛末を報告しに行かねばならない。報告さえすればあとは上司が掃除なりを手配してくれるだろう。

 そうしてすべての処理を済ませ、道中に買い物をし、毘沙の家で今日も騒いでいる。


 賭場瀬毘沙、木更津門天の脳内で鳴り響く電子音が未だ規則正しい音を奏でいられることへ安堵しながら今日も彼らは実態なき姿で一日を無事に乗り越えたのだった。


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