『俺達のグレートなキャンプ216 男を捨てろ!女子力高いお弁当を管理人さんに』
海山純平
第216話 男を捨てろ!女子力高いお弁当を管理人さんに
俺達のグレートなキャンプ216 男を捨てろ!女子力高いお弁当を管理人さんに
「ちょぉまって!今回のグレートなキャンプ、マジやばくね!?」
石川が両腕を大きく頭上に広げ、腰を左右にくねらせながら叫ぶ。その動きは明らかに女子高生を意識している。二十代後半の男の、筋肉質な腕が朝日を浴びて光る。背後では青空が広がり、キャンプサイトの木々が風に揺れている。彼の足元には、不穏なほど大量の食材が詰まったクーラーボックスが五つも並んでいる。その隣には、ピンクと水色のレジャーシートが敷かれ、その上に100均で買い揃えたであろうキャラ弁グッズが山積みになっている。
「『女子力チョー高いお弁当を管理人さんに作る』だぁああああ!マジ卍ぃいいい!」
石川の声が山間のキャンプ場に響き渡る。その勢いで彼の首にかけていたタオルがふわりと舞い上がり、顔面に直撃する。
「ぶはっ」
石川が慌ててタオルを取る。その間も腰はくねくね動いている。完全にギャルモードだ。
隣のサイトでコーヒーを飲んでいた中年夫婦が、カップを唇につけたまま完全に硬直している。夫の口が半開き。妻の目が点になっている。
「...えっ」
富山が虚ろな目で石川を見つめる。彼女の右手に持っていたステンレスマグが、指の力が抜けてゆっくりと滑り落ちる。ガランッと地面に転がり、中身のコーヒーが砂に染み込んでいく。茶色い液体が円を描いて広がる。富山は動かない。完全に思考が停止している。
「マジそれな!女子力ぅ!チョーあがるぅ!」
千葉が両手を頬に当て、目を星のように輝かせる。彼は本気だ。いつでも本気だ。石川の企画に疑問を持ったことが人生で一度もない男。その純粋さは時に恐怖すら感じさせる。千葉が小刻みにジャンプしながら拳を握りしめる。その振動でテーブルの上の調理器具がカチャカチャと音を立てる。
「ちょ、ちょっと、ちょっと待って、待って」
富山が両手を前に突き出し、手のひらを石川と千葉に向ける。その手は小刻みに震えている。額に冷や汗が浮かんでいる。「石川、あんた、今、何て、言った?女子力...お弁当...?それと、そのしゃべり方...」
「うん!女子力チョー高いお弁当ぃ!」
石川がスキップするように移動し、クーラーボックスを次々と開けていく。蓋がバタンバタンと開く音。中からカラフルな野菜、ミニトマト、ウインナー、卵、桜エビのパック、そして謎の可愛らしいピック、カップ、型抜き器が溢れ出す。ピンク、水色、黄色。原色の洪水。「見てぇ!全部100均で揃えちゃった!マジ神じゃね!?パンダのおにぎり型、シロクマのおにぎり型、ウインナーを花びらにする特殊カッター、桜エビ、そしてこのキャラ弁用の海苔パンチセット!チョーきまるでしょ!?」
石川が両手いっぱいにグッズを抱え、富山の目の前に突き出す。至近距離。富山の鼻先5センチまで、ピンクのクマさんピックが迫る。
「完璧じゃないから!全っ然完璧じゃないから!」
富山が後ろに飛びのき、頭を両手で抱える。その勢いで髪留めが外れ、ポニーテールがバサッと広がる。「なんで私たち、キャンプ場でお弁当作らなきゃいけないのよ!しかも女子力って!私たち二十代後半よ!?あんたたち男でしょ!?そのしゃべり方やめなさいよ!」
「あ〜!富山ちゃんマジ固いって!」
千葉が富山の両肩に手を置く。そしてグイグイと揺さぶる。富山の体が前後に激しく揺れる。彼女の視界がブレる。「違うんだよぉ〜!『私たち』じゃなくて『ウチら』なの!分かる〜?ギャルになるってそういうこと!」
「それ全然フォローになってないから!離して!揺らさないで!酔う!」
富山が千葉の手を振り払う。そのまま後ろによろけ、折りたたみ椅子に腰を下ろす。いや、腰を下ろそうとするが、椅子がズレて尻もちをつく。ドスン。富山が地面に座り込んだまま、天を仰ぐ。「神様...今日も長い一日になりそうです...」
石川がしゃがみ込み、富山の目の前で指をパチンと鳴らす。
「いいかぁ富山ちゃん!キャンプってのはチョー自由なワケ!料理も遊びも全部自由!だったら女子力高いお弁当作ったってアリじゃん?マジそれな!」
石川が立ち上がり、腰に手を当てて胸を張る。その姿勢のまま首を傾げ、ウインクする。目がギュッと閉じる。しかしウインクに失敗して両目が閉じる。完全に瞬きだ。
「それにさぁ!このキャンプ場の管理人さん、チョーいい人じゃん!毎回ウチらの奇抜なキャンプ、温か〜く見守ってくれるし!だから今回は感謝を込めて、マジ最高に可愛いお弁当作って渡すワケ!分かる〜!?」
「感謝の気持ちは分かるけど!」
富山が地面から立ち上がる。膝についた土を手で払う。パンパンと音がする。「でもなんでお弁当なの!?普通にお酒とか地元の名産品とか持っていけばいいじゃん!それと石川、あんた今ウインク失敗してたから!」
「お酒〜?あ〜りきたり!つまんな〜い!」
石川が両手をブンブン横に振る。その勢いでバランスを崩し、千葉にぶつかる。千葉も「うおっ」とよろける。二人がもつれ合いながら、なんとか持ちこたえる。
「ウチらのキャンプはグレートじゃなきゃダメなの!分かる〜?グ・レ・イ・ト!」
「グレート...」
富山が遠い目をする。彼女の視線が虚空を彷徨う。「グレートって何...グレートって...あぁ、今日も疲れそう...まだ朝の九時なのに...」
千葉が富山の肩にポンと手を置く。今度は揺らさない。優しく。
「富山さぁん?チョー聞いて?どんなキャンプも一緒にやればマジ楽しくなるって!これがウチのモットー!信じて!」
千葉が親指を立てる。キラキラした笑顔。しかし言葉はギャル語。そのギャップに富山の目が泳ぐ。
「千葉くん...あんたのそのモットー、たまには疑ったほうがいいわよ...というかそのしゃべり方、絶対キャラじゃないでしょ...無理してるでしょ...」
「よっしゃぁ!じゃあマジ早速準備しよ!」
石川が手をパンパンと叩く。乾いた音がキャンプ場に響く。「まずはぁ!気分高めるために、今日一日ずっとギャル語で話すから!マジこれ大事!女子力ってメンタルが重要なワケ!」
「ずっと!?」
富山の声が裏返る。彼女の顔が蒼白になる。
「チョーマジ!?それヤバくね!?あげみぃ!」
千葉が即座にノる。彼の順応性は異常だった。まるでギャル語のネイティブスピーカーのような流暢さ。いや、流暢ではないが、勢いがある。間違いなく勢いがある。
「ちょ、待って!待って待って!」
富山が両手を前に突き出す。「ギャル語って何!?私たち男二人女一人よ!?男がギャル語って意味わかんないから!というか私まで巻き込まれるの!?」
「大丈夫だって!ウチ、マジギャル語研究してきたし!」
石川がポケットからスマホを取り出す。画面を操作する。指が激しくスワイプする。そして富山に画面を見せる。『今日から使えるギャル語完全マスター講座』というサイトが表示されている。
「『まじ卍』『あげみ』『ぴえん』『それな』『エモい』『尊い』『ワンチャン』とか使えばマジいけるって!チョー簡単!」
「それ情報古いのと新しいの混ざってるから!というか卍って何年前よ!もう誰も使ってないから!」
富山がスマホを奪い取り、画面をスクロールする。「これ、記事の投稿日...三年前じゃない!古い!情報が古すぎる!」
「細かいことマジどーでもよくね!?」
石川がスマホを取り返す。「大事なのは気持ち!女子力ってのはハートの問題なワケ!分かる〜?」
石川が自分の胸に手を当てる。ドンと叩く。鈍い音。そしてニッコリ笑う。前歯が光る。
「はぁ...」
富山が深いため息をつく。肩が大きく上下する。彼女は悟った。今日は長い。とても長い一日になる。もう諦めるしかない。
石川が大きな調理台を引きずり出す。ガタガタと音を立てて、レジャーシートの隣に設置する。そして次々と調理器具を並べていく。フライパン、まな板、包丁、ボウル、そして異様に可愛らしいシリコン製の型抜き類、パンダとシロクマのおにぎり型、ウインナーを花びらにする専用カッター。キャンプギアと萌え系キッチングッズの異様な融合。もはやカオス。
「じゃあマジ作ってくよ!まずはぁ、桜エビ入り卵焼きから!千葉、卵割って!」
「りょ!」
千葉が勢いよく卵を掴む。しかし力加減を間違える。握り潰す。卵が指の間からグシャッと潰れ、黄身と白身が手からドロドロと垂れる。
「あっ」
千葉の手から卵液が地面にポタポタと落ちる。彼の手が黄色とオレンジのグラデーションになる。
「千葉ぁ!マジ何やってんの!?」
富山が叫ぶ。彼女がウェットティッシュを取り出し、千葉に投げる。ティッシュのパックが千葉の顔面に命中する。ペシッという音。
「ぴえん...」
千葉が情けない声を出す。本当に「ぴえん」と言った。彼は完全にギャルになりきっている。
「マジ千葉ぁ、もっと丁寧に!女子力ってのはぁ、繊細さが大事なワケ!」
石川が新しい卵を取り出し、お手本を見せる。両手で優しく卵を持ち、ボウルの縁にコツンと当てる。綺麗にヒビが入る。そして両手の親指で殻を開く。ツルンと卵がボウルに落ちる。完璧。
「分かる〜?こういう感じ!」
「マジっすか!チョーむずくね!?」
千葉が二個目に挑戦する。今度は慎重に。しかし慎重すぎて、殻に全然ヒビが入らない。コツン、コツン、コツン。何度も当てる。十回目でようやくヒビが入り、卵が落ちる。しかし殻が大量に混入する。
「殻ぅ!殻入ってるぅ!」
石川が箸で殻を取り除く。細かい殻の破片を一つ一つ丁寧に拾う。その作業だけで三分かかる。
「はぁ...」
富山が椅子に座り、膝の上に頬杖をつく。完全に傍観者モード。
卵を六個ボウルに割り入れ(うち二個は千葉が失敗してやり直した)、石川が桜エビをドバッと入れる。ピンク色の小さなエビが卵液に混ざる。
「桜エビでぇ、マジ春っぽくなるし!色味もチョーきれいじゃん!」
石川が箸で卵液をかき混ぜる。シャカシャカと音がする。彼の手首のスナップが効いている。確かにキャンプで何度も料理してきたベテランの動き。しかしギャル語を喋りながらの作業は違和感しかない。
「あ、砂糖と塩も入れるよぉ〜」
石川が調味料を加える。砂糖を小さじ二杯、塩を少々。そして出汁も少し。「これでマジふわふわになるから!」
フライパンに油を引き、火にかける。シュワァと油が広がる音。良い香り。
「卵焼きってさぁ、愛情込めて焼くのマジ大事なワケ!」
石川が卵液をお玉ですくい、フライパンに流し込む。ジュワァァァと音がする。卵液が一気に固まり始める。
「いい音ぃ!」
千葉が覗き込む。顔をフライパンに近づけすぎて、熱気で顔が赤くなる。「あちっ」
「近すぎぃ!」
石川が千葉を押しのける。そして菜箸で卵焼きを巻き始める。手首を返し、卵を手前に引く。一回、二回、三回。桜エビのピンク色が層になって美しい。
「おぉ...」
富山も思わず近づいて見る。「意外と上手いわね」
「でしょ〜?ウチの腕、マジやばくね?」
石川が得意げに胸を張る。そして二回目の卵液を流し込む。また巻く。これを繰り返し、厚みのある卵焼きが完成する。
「できたぁ!マジきれい!」
確かに綺麗だった。桜エビの pink色が層を成し、ふっくらと焼き上がっている。いい香り。
「次はぁ、ウインナーを花にするよぉ!」
石川が特殊なカッターを取り出す。それは花びらの形に切り込みを入れられる調理器具だった。
「これマジ神アイテム!」
石川がウインナーをカッターにセットし、ギュッと押し込む。ウインナーに放射状の切り込みが入る。五枚の花びらの形。
「これを茹でるとぉ、花みたいに開くワケ!マジエモい!」
沸騰したお湯にウインナーを投入する。ボコボコと気泡が立つ。ウインナーが踊る。そして――
切り込みが徐々に開いていく。本当に花びらのような形になる。ピンク色の可愛らしい花。
「うぉおおお!マジで花になった!」
千葉が興奮する。彼が飛び跳ねる。その振動でテーブルが揺れ、調理器具がガチャガチャと音を立てる。
「...確かに可愛いわね」
富山も認める。彼女の表情が少し和らぐ。
「でしょ〜!?これが女子力!」
石川がトングでウインナー花を取り出す。お皿に並べる。五つ、六つ、七つ。ピンクの花畑。
「次、マジ大事なやつ!パンダおにぎりとシロクマおにぎり作るよぉ!」
石川が炊飯器からご飯をボウルに盛る。湯気が立ち上る。ホカホカの白米。
「パンダはぁ、黒ゴマ混ぜご飯で作るの!シロクマは白いまま!」
石川が黒ゴマをドバッとボウルに入れる。そしてしゃもじで混ぜる。白米が灰色になる。
「あれ...マジちょっと色濃すぎた...?」
ご飯が完全にグレーになっている。パンダというより、ゴマ団子。
「まぁいっか!ワンチャンこれでもいけるって!」
石川が前向きだ。ポジティブの塊だ。
「いや、あきらかにおかしいでしょ...」
富山がツッコむ。「パンダじゃなくてゴマ団子よそれ」
「大丈夫だって!顔つけたらマジわかるから!」
石川がラップにご飯を乗せ、パンダ型の抜き型に押し込む。ギュッギュッと力を込める。彼の腕の筋肉が浮き出る。血管が浮き上がる。筋肉で女子力を生み出す男。
「できたぁ!」
型から外すと、確かにパンダの形。丸い頭に丸い耳。しかし色が濃すぎてディテールが分からない。
「海苔で顔作るよぉ!」
石川が海苔パンチを取り出す。パチンパチンと海苔を型抜きする。丸い目、鼻、口。それをご飯に貼り付ける。
「...なんか、怖い」
千葉が正直な感想を言う。
確かに怖かった。色が濃すぎて、顔のパーツがよく見えない。闇に潜むパンダ。ホラーパンダ。
「マジで!?」
石川がパンダおにぎりを凝視する。「あ〜、確かにちょっと...でもまぁいっか!個性ってことで!」
「個性...」
富山が呟く。「それで済ませていいの...?」
「次、シロクマ!」
石川が気を取り直し、白いご飯でシロクマおにぎりを作る。今度は慎重に。ラップで優しく包み、型に入れる。ギュッ。型から外す。
「おっ、いい感じ!」
確かに可愛らしいシロクマの形。白くて丸い。
「目と鼻は黒ゴマで!」
石川がピンセットで黒ゴマを一粒ずつつまみ、配置する。目、目、鼻。
「できたぁ!マジ尊い!」
本当に可愛かった。真っ白なシロクマおにぎり。ニッコリ笑顔。
「こっちは成功ね...」
富山が認める。「というかパンダはやり直さないの?」
「時間ないし!ワンチャンこれも味あるって!」
石川が強引に進める。
その時――
「ぎゃああああ!」
千葉の悲鳴が響く。
三人が振り向くと、千葉の足元にカラスが三羽。そして千葉が握っていたおにぎりが一つ、カラスの口の中に。
「マジで!?おにぎり盗られた!」
千葉が慌てる。カラスが飛び立つ。おにぎりを加えたまま木の上へ。
「あ〜!シロクマが!」
石川が叫ぶ。「マジぴえん!せっかく作ったのに!」
「だから近くに食材置きっぱなしにするからよ!」
富山が呆れる。「カラス対策しなきゃダメでしょ!」
「ヤバ...もう一個作らなきゃ...」
石川が再びシロクマおにぎり制作開始。今度はカラスに注意しながら。周囲を警戒。キョロキョロする。
「富山も手伝ってよぉ!」
「えぇ...私も?」
「当たり前じゃん!ウチら三人のグレートなキャンプなんだから!」
「...はぁ、分かったわよ」
富山がため息をつきながらも、ミニトマトを手に取る。「じゃあ私、これ洗うわ」
「マジ!?助かるぅ!」
富山がミニトマトを水で洗う。一つ一つ丁寧に。そしてヘタを取る。小さなナイフで器用に切れ込みを入れ、飾り切りにする。
「富山さん、マジうまくね!?」
千葉が感心する。
「まぁ...昔、妹の幼稚園弁当とか手伝ってたし...」
富山が少し照れくさそうに言う。頬が薄く赤くなる。
「その経験、マジ今活きてるぅ!」
石川がサムズアップする。親指を立てる。ニカッと笑う。
三人が協力して次々とパーツを作っていく。
石川は桜エビ入り卵焼きを綺麗に切り分ける。断面から桜エビのピンク色が覗く。美しい層。
千葉はブロッコリーを小房に分け、塩茹でする。鮮やかな緑色。お湯から上げ、氷水で冷やす。色が鮮やかに固定される。
富山は人参を花型に型抜きする。オレンジ色の小さな花が次々と生まれる。それを薄く煮て、つやを出す。
「あ、そうだ!」
石川が何かを思い出す。「ちくわにキュウリ詰めるの忘れてた!」
「あ〜!それマジ映えるやつ!」
千葉がちくわとキュウリを取り出す。キュウリをちくわの穴のサイズに切る。そして押し込む。グイッと。
しかし――
「あれ、入んない...」
千葉がさらに力を込める。グググッ。
パキッ。
ちくわが割れる。真っ二つ。
「あっ」
「千葉ぁ!マジ力入れすぎ!」
「ぴえん...」
千葉が二回目の「ぴえん」を発する。彼はもう完全にギャルだ。心がギャルになっている。
「もう一回!今度はぁ、優しく!女子力は力じゃないの!」
石川が指導する。
千葉が二本目のちくわに挑戦。今度は慎重に。そっとキュウリを押し込む。スッと入る。
「入った!」
「よし!それを輪切りにして!」
千葉が包丁で輪切りにする。緑と白のコントラスト。可愛らしい。
調理が進み、パーツが揃ってくる。テーブルの上は色とりどりの食材で溢れている。
桜エビ入り卵焼き、ウインナーの花、パンダおにぎり(闇)、シロクマおにぎり(天使)、ミニトマトの飾り切り、花型人参、ちくわキュウリ、ブロッコリー、そして謎の可愛いピックたち。
「やばぁ...マジ女子力高くね...?」
石川が感動で目を潤ませる。
「確かに...」
富山も認める。「意外とちゃんとできてるわね」
「でしょ!?じゃあマジ詰めてくよ!」
石川が特大の三段重ね弁当箱を取り出す。ドンとテーブルに置く。重厚な音。それは運動会用の豪華な弁当箱だった。
「でっか!」
千葉が驚く。
「管理人さん、家族三人だから!たっぷり作るの!これが気配りってやつ!女子力の基本!」
「本格的すぎるでしょ...」
富山がため息をつく。しかし彼女の目は笑っている。完全に巻き込まれている。
「一段目はご飯!」
石川がご飯を敷き詰める。真っ白なキャンバス。その上にパンダおにぎり(闇)とシロクマおにぎり(天使)を配置する。
「...並べると、コントラストすごいわね」
富山が指摘する。確かに。一つは闇、一つは光。陰と陽。
「マジエモい!」
石川がポジティブに解釈する。「隙間にぃ、枝豆とか詰めてくよ!」
隙間を埋めるように枝豆、ミニトマト、ブロッコリーを配置。色彩のバランスが徐々に整っていく。
「二段目はおかず!」
桜エビ入り卵焼きを中央に配置。その周りにウインナーの花を並べる。ピンクの花畑。
「チョーきれい!」
千葉が感動する。
花型人参、ちくわキュウリ、そして隙間にレタスを敷く。緑の絨毯。
「マジ映える!」
石川が興奮する。
「三段目はフルーツ!」
イチゴ、ブドウ、キウイを可愛く配置。そしてハート型、星型、くまさん型のピックを刺す。
「できた...」
三人が同時に呟く。
目の前には、信じられないほど女子力高いお弁当が完成していた。
色彩豊か。表情豊か。愛情たっぷり。二十代後半の男二人女一人が、本気で作り上げた奇跡の弁当。
キャンプ場で。
ギャル語を喋りながら。
真剣に。
「...マジすごくね...?」
千葉が感動で声を震わせる。目にうっすらと涙が浮かぶ。
「...意外とちゃんとできてるわね」
富山も認める。彼女も少し目が潤んでいる。
「でしょ!?これがウチらの女子力!」
石川が満面の笑みを浮かべる。
「でも...このまま持っていくの?」
富山が聞く。
「そうだけど?」
「...ラッピングしなきゃダメでしょ」
富山が真剣な顔で言う。
「ラッピング!?」
石川と千葉が同時に叫ぶ。
「そうよ!女子力高いお弁当なら、ラッピングも女子力高くしなきゃ意味ないでしょ!」
富山の目が輝く。完全にスイッチが入った。彼女がテントに走る。バタバタと足音。数分後、大量の布、リボン、包装紙、メッセージカードを抱えて戻ってくる。
「なんでそんなの持ってきてんの!?」
石川が驚く。
「キャンプで何が必要になるか分かんないでしょ!だから色々持ってくるの!備えあれば憂いなしよ!」
「その『色々』の中に可愛い布とリボンが入ってる富山さん、マジ女子力高い...」
千葉が感心する。
富山が弁当箱をピンクの布で包む。丁寧に。角を綺麗に折り込む。そして大きなリボンを結ぶ。蝶々結び。完璧な形。
「メッセージカードも書くわよ!」
富山が色ペンを取り出す。ピンク、水色、黄色。
「いつもありがとうございます...」
三人でカードにメッセージを書く。丁寧な字。そしてハートマーク、スマイルマーク、星マークを描く。
「できた!」
完璧にラッピングされた女子力高いお弁当。
「マジやばくね...?」
石川が呟く。
「じゃあ、行こ!」
三人が管理棟に向かう。石川が弁当を抱え、千葉と富山が両脇を固める。なぜか緊張している。心臓がバクバクする。まるで告白に行く高校生のように。
管理棟が見えてくる。木造の小さな建物。
「...マジ緊張するんだけど」
千葉が呟く。手が震えている。
「大丈夫!ウチらマジがんばったし!」
石川が自分を鼓舞する。
「...私は巻き込まれただけだけどね」
富山が呆れる。しかし彼女も緊張している。
ドアの前で立ち止まる。
深呼吸。
そして――
ガラガラとドアを開ける。
「いらっしゃい」
渋い声。管理人の田中さん(五十代・渋いおじさま)が顔を上げる。短髪に無精髭。日焼けした顔。がっしりした体格。いかにもアウトドア好きな男性。
「あぁ、石川くんたちか。今日も元気だ――」
田中さんの言葉が止まる。
目の前には、腰をくねくねさせている石川、同じく腰をくねくねさせている千葉、そして頭を抱えている富山。
そして石川の手には、ピンクの布とリボンに包まれた、明らかに女子力高い何か。
「...え?」
田中さんの表情が固まる。
「田中さぁん!」
石川が声のトーンを二オクターブ上げる。「ウチらからのプレゼント!マジ受け取って!」
石川が弁当を差し出す。その動作まで女子っぽい。腰を少し傾げ、両手で差し出す。
「これは...お弁当...?」
田中さんが恐る恐る受け取る。彼の手が微かに震えている。明らかに戸惑っている。
「そう!いつもマジお世話になってるから!感謝の気持ちを込めて作ったの!」
千葉も声のトーンを上げる。
田中さんが布を開く。ゆっくりと。慎重に。
そして――
「...これは」
三段重ねの豪華な弁当箱。
ピンクの布を完全に取り除き、蓋を開ける。
一段目。パンダおにぎり(闇)とシロクマおにぎり(天使)が微笑む。いや、パンダは闇に潜んでいる。
「...パンダと...シロクマ?」
田中さんの声が震える。
二段目を開ける。桜エビ入り卵焼き。ウインナーの花。花型人参。ちくわキュウリ。色とりどりのおかずたち。
「...すごい」
三段目。フルーツと可愛いピック。
田中さんが固まる。
完全に思考が停止している。
五十代の渋いおじさまが、女子力高すぎるお弁当を前に、言葉を失っている。
そして、その手には、三人が書いた、ハートマークとスマイルマークだらけのメッセージカード。
「...君たち、これを...」
田中さんが震える声で言う。
「そう!ウチらが作ったの!マジがんばった!」
石川が胸を張る。
「家族の分もあるから!マジみんなで食べて!」
千葉が続ける。
田中さんがゆっくりと顔を上げる。
そして――
箸を取り出す。
「...食べていいか?」
「もち!」
石川が即答する。
田中さんが桜エビ入り卵焼きを一切れ口に運ぶ。
咀嚼する。
ゆっくりと。
そして――
「...っ!」
田中さんの目が見開かれる。
「マジ...テンション上がるんだけどーーーー!」
田中さんが突然叫ぶ。
声のトーンが三オクターブ上がる。
「え!?」
三人が同時に驚く。
「この卵焼き!桜エビの風味がマジやばいって!チョーきまるんですけど〜!」
田中さんが箸を持ったままピョンピョン跳ねる。五十代の渋いおじさまが。跳ねる。
「ちょ、田中さん!?」
富山が驚愕する。
「ウチもマジこれ今度作ってみよ〜!レシピ教えて〜!」
田中さんがシロクマおにぎりを頬張る。モグモグ。
「このシロクマぁ!マジ尊いぃ!あ、でもこのパンダもぉ、ある意味エモいぃ!闇抱えてる感じがぁ!」
田中さんが完全にギャルになっている。
「え、ちょ、田中さん...?」
石川が戸惑う。
「写メ!写メ撮って!このお弁当と一緒に!SNSに上げたいぃ!」
田中さんがスマホを取り出す。そして弁当箱を持って自撮りモード。
「えっと...」
千葉が富山を見る。富山も千葉を見る。二人とも完全に困惑している。
「ピースして〜!」
田中さんが三人を手招きする。
「え、あ、はい...」
三人が田中さんの隣に並ぶ。
「せーの!」
パシャ。
「マジ最高!あ、もう一枚!」
パシャパシャパシャ。
「...え、なに、これ...」
富山が呟く。彼女の思考が追いついていない。
「このウインナーの花もぉ!マジ可愛すぎてぴえん!」
田中さんがウインナーを口に運ぶ。
「あ、ちょ、田中さん、落ち着いて...」
石川が止めようとするが、田中さんの勢いは止まらない。
「このミニトマトの顔!誰が作ったの!?マジセンスあるぅ!」
「あ、それ私が...」
富山が答える。
「富山ちゃんマジ神!ウチもこういうの作りたいぃ!」
「富山ちゃん...?」
富山の顔が引きつる。
田中さんが次々とお弁当を食べていく。そして絶賛の嵐。
「マジやばい!」
「チョーうまい!」
「エモすぎ!」
「あげみ!」
五十代の渋いおじさまが、完全にギャル語を駆使している。
十分後――
「ごちそうさまぁ!マジ幸せ!」
田中さんが満足そうに箸を置く。弁当箱はほぼ空。あっという間に完食した。
「あの...田中さん...?」
石川が恐る恐る聞く。
「ん?」
田中さんが振り向く。その顔は満面の笑み。しかしまだギャルモード。
「その...しゃべり方...」
「あぁ、これ?」
田中さんがケロッとした顔で言う。「君たちがギャル語で話してたから、乗ってみたんだよ。楽しかっただろ?」
「...え?」
三人が同時に固まる。
「君たちのギャル語、管理棟まで聞こえてたんだ。『マジやばくね』とか『チョーきまる』とか。だから、せっかくだから僕も合わせてみようと思ってね」
田中さんがいつもの渋い声に戻る。
「冗談だよ。でも本当に美味しかった。ありがとう」
「...え、ええ...」
石川が放心状態。
「でも本当に、このお弁当、素晴らしいよ。見た目も味も最高。家族にも食べさせたかったな。まぁ、写真は撮ったから見せるよ」
田中さんがスマホの画面を見せる。そこには、ギャル化した田中さんと、困惑する三人の写真が映っている。
「...これ、消してもらえます?」
富山が小さな声で言う。
「いや、記念にとっておくよ」
田中さんがニコッと笑う。
「そんな...」
「冗談だよ。でも一枚くらいは」
「一枚も嫌です」
富山がキッパリ断る。
田中さんが豪快に笑う。「君たちは本当に面白いね。いつもこのキャンプ場を楽しくしてくれる」
「ありがとうございます...」
三人が力なく答える。
「次も楽しみにしてるよ。次は何するんだい?」
「...もう何も考えたくないです」
石川が正直に言う。
「そうか。ハハハ!じゃあ、ゆっくり休んでいってね」
「はい...」
三人が管理棟を出る。
ドアが閉まる。
そして――
「...疲れた」
石川がその場にしゃがみ込む。ズーンと。まるで糸が切れた人形のように。
「マジ疲れた...」
千葉も地面に座り込む。ドサッと。
「...私も」
富山も力なく座る。
三人が地面に座り込んだまま、しばらく動かない。
「...ギャル語、もう無理」
石川が老人のような声で言う。声が擦れている。
「腰くねくねさせすぎて、筋肉痛...」
千葉が腰を押さえる。ギシギシと音がしそうなくらい、ゆっくりとした動き。
「...はぁ」
富山がため息をつく。「あんたたち、散々ね...」
「でも...お弁当、喜んでもらえたよね...」
石川が小さく笑う。
「...まぁね」
千葉も笑う。
「田中さんのギャル化は予想外だったけど」
富山も笑う。
三人が顔を見合わせて笑う。疲れ切った笑顔。でも、満足そうな笑顔。
「...帰ろうか」
「...うん」
三人がゆっくりと立ち上がる。まるで老人のように。腰を伸ばすのに十秒かかる。
キャンプサイトに戻る。
足取りは重い。
テントを畳むのも一苦労。普段なら十分でできる作業が、三十分かかる。
「...もう、奇抜なキャンプ、しばらくいいかも...」
石川が呟く。
「...そうっすね...」
千葉が同意する。
「...ようやく分かった?」
富山が呆れる。しかし彼女も疲れている。
車に荷物を積み込む。
重い。すべてが重い。
そして車に乗り込む。
エンジンをかける。
出発。
車内は静か。
三人とも無言。
疲れ切っている。
しかし――
「...でも、楽しかったよね」
石川が小さく言う。
「...うん」
千葉が答える。
「...まぁね」
富山も認める。
三人が小さく笑う。
車が山道を下っていく。
窓の外には青空。
木々が風に揺れる。
「次は何するの?」
富山が聞く。
「...焚き火で巨大マシュマロタワー...」
石川が弱々しく言う。
「...それ、体力使いそう」
千葉が心配する。
「...もっと静かなやつにしたら?」
富山が提案する。
「...考えとく」
石川が答える。
そして車内に再び静寂。
三人とも、目を閉じる。
疲れた。
本当に疲れた。
でも――
「グレートなキャンプ、万歳」
石川が小さく呟く。
「...万歳」
千葉と富山も続ける。
三人が笑う。
疲れ切った、でも満足そうな笑顔。
俺たちのグレートなキャンプは、まだまだ続く。
どんなに疲れても。
どんなに馬鹿馬鹿しくても。
それが俺たちのキャンプだから。
―完―
『俺達のグレートなキャンプ216 男を捨てろ!女子力高いお弁当を管理人さんに』 海山純平 @umiyama117
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