『6億円の介護士 ―24歳、紗理奈のお金の履歴書―』
凍てつく夜の静寂に、 6億という名の怪物が、私のポケットで息をしている。
明け方の廊下、消毒液の匂い。 「真由、カップ麺の百円、後で返すね」 その言葉が、喉の奥で小骨のように刺さる。 世界は昨日と同じなのに、 私の視界だけが、バグったモニターみたいに歪んでいる。
聖夜は過ぎ、街は「数へ日」の焦燥に満ちて。 八百屋の軒先、九年母の香りが鼻を突く。 20パーセント引きのシールに、なぜか救われる私。 自由とは、何でも買えることだと思っていた。 けれど、自由とは、 何も買わずにいられる「強さ」のことだった。
指先が、カサカサと冬の空気をなぞる。 残高のゼロは、並べば並ぶほど、 私という人間の輪郭を、ぼかしていく。
だから私は、まだこの制服を脱がない。 腰を曲げ、誰かの背中を支え、 18万円の重みを、この手に取り戻す。 数字に食べられてしまわないように。 孤独を、ただの「静寂」に変えるために。
板橋の空。 月は、富める者にも、持たざる者にも、 等しく冷たい光を投げかけている。
明日も、夜勤は17時から。 自転車のカゴで、蜜柑がひとつ、 「ここにいろ」と、重く鳴った。
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