4. 泥の中の石
夜、俺は事務所を閉め、あてどなく街を歩いた。 ネオンサインが眩しい。どのスクリーンにも、今日のヒーローである名探偵たちの顔が映し出されている。
ふと、路地裏の暗がりでうずくまっている影を見つけた。 昼間、ドローンの少年探偵が見つけ出したあの「息子」だった。ネットカフェから連れ戻されたはずの彼は、また逃げ出したのか、ここで膝を抱えていた。
俺は声をかけようとして、止めた。 もし今、俺が彼を見つけたとしても、また別の名探偵が現れて「彼はあそこにいます」と宣言するだけだろう。俺の行動には意味がない。
だが、彼は泣いていた。 「誰も……聞いてくれない……」 独り言が聞こえた。
「借金のことじゃないんだ……。俺が本当に怖かったのは……」
彼の呟きは、誰にも届いていない。 ドローンの少年は「借金による逃避」というファクト(事実)だけを暴き、解決済みとした。しかし、彼が抱えていた本当の闇、たとえば誰かに脅されていた恐怖や、誰かを守ろうとした葛藤といった「ナラティブ(物語)」は、切り捨てられたのだ。
事実(ファクト)は、真実(トゥルース)ではない。 名探偵たちは事実を当てる天才だが、真実を拾うにはあまりに速すぎる。
俺はポケットからタバコを取り出し、火をつけた。 そして、探偵としての名乗りを上げるでもなく、ただの通行人として彼の隣に腰を下ろした。
「火、いるか?」
青年は驚いた顔で俺を見た。 「……あんた、誰?」 「ただの、暇な男だ。時間は腐るほどある。……話くらいなら、朝まで聞けるぞ」
青年はしばらく黙っていたが、やがてぽつりぽつりと話し始めた。 AIが見逃した心の機微。データには映らない後悔。 俺はそれを、ただ聞いた。推理もせず、断罪もせず、解決もしない。ただ、泥の中にある石のような彼の言葉を、一つずつ拾い上げた。
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