ドーナツ

ゆあさ

ドーナツ




 近所によく行く、だだっ広いホームセンターがある。

 近所と言っても、いつも車で行く場所だけれど。


「年末だし、たぶん、すごく混んでるからね。もし迷子になったら、ここで待ってることにしよう」


 去年も同じようなことを言われた気がする。

 屋上の駐車場からホームセンターに入った2階に、ちょっとしたフードコートがあって、その一角で、パパとママとそんな話をした。

 今はまだ、そこまで混んでいないフードコートも、昼になるにつれ混む可能性は十分あるけれど、それでも、こうして場所を指定しておけば、会える可能性はとても高くなる。

 もしそういう時は、ジュースでも飲んでなさい、と500円玉を渡された。

 

「去年と同じ感じだね」

「そうだった。アンタ、去年もここで待ってたわね」

「買い物、長く掛かりそうだったから」

「必要な物、あるんでしょ。ほら、書初めがどうとか言ってたじゃない。自分のものはちゃんと自分で選んでよ」

「オッケー」


 だがしかし、僕にはちょっとした楽しみがあって。

 それを、混み合う店内を見ながら、二人の後について歩いている途中で思い出した。

 我ながら、くだらない遊びである。


(そうだ、去年もそれで、はぐれちゃったんだった)


 店内は家族連れが多いだろうか。

 もちろん、老夫婦や、若い人も結構いるけれど。

 とにかく、ちょっと前に、母親の買い物に付き合って来た時より、断然、混み合っていた。

 既にレジにも長い列ができている。


 とりあえず僕は真っ先に、自分が必要とする文房具コーナーに行ってもらうことにして、半紙を、ママが持つカートのカゴへと入れた。

 これで、買い物に関しての、自分のミッションはコンプリートだ。

 新しいスニーカーも買ってほしいけど、ここのホームセンターに子供用の靴は、ろくなのがないから、後でどうせ近くのスーパーに寄るんだろうし、その隣りにある靴専門店でお願いしてみよう、と思っている。

 混んでたら、今度でもいいし。


(このホームセンターで僕がしなくちゃいけないことは、終わった)


 これでもう、いつでも

 それで、僕は、


「まずお正月に必要なものから見ましょうか」

「わかった」


 と、入口の方へ戻って歩いていく両親を横目に、人気のなさそうな通路へと、なんとなく曲がってみた。

 なにか面白そうなものがあったとか、興味があるものが売っていたとか、そういうことではない。

 

(混み合ってる店内で、誰もない通路を見つけるのが楽しい)


 のである。

 多分、そんなことをして楽しんでいるのは、たくさん人がいる中で、自分だけだと思うけれど。


 なんでそんなことを楽しいと思うのか、自分でもよくわからない。

 だって、誰もいない通路を、ただ歩くだけだもの。

 でも数年前から、僕は小さいながらに、こんなことを楽しんでいたんだと思う。


 混み合う店内で、誰もいない通路を見つけるのは案外、難しい。

 もちろん一直線に遠く店の奥まで誰もいないことは、ほぼないので、次の通路までの一部分を一区切りにして、勝手に楽しむことにしている。


(お、いいね)


 店の端では、当然、誰もいない率が上がる。

 そもそも人が少なく、人気のないコーナーもある。

 特に年末と関係なさそうな、DIY用の木の板のところとか。

 狙い目。


 それでも、大掃除をして、普段必要なさそうな物が欲しい人なんかも多いのだろう。

 どのコーナーにもそれなりに人がいた。

 それでも、何度目か。


(連続3箇所目)

 

 こんなに混んでいる店内なのに、まさかの。

 僕はちょっと嬉しくなる。

 こんなこと、全然得でも、なんでもないのに。


『本日はご来店頂きまして、誠にありがとうございます。只今店内が大変混み合っております』


 天井から放送が聞こえる。

 恐らく、店の出入口付近のことだろう。

 さっき通りがかった時、既にごちゃごちゃしていたし。

 どう言うわけか、店は出入り口付近にやたら色々な商品を並べたがる。

 だから、あそこは通れる幅も少ないのだ。

 あの辺りは、年末じゃなくても通るのに苦労することがある。

 今日みたいな日は、さぞすごいことになってるだろう。


(その中で、僕は誰もいない通路を通っている)


 こんなことで喜ぶなんて、まだまだ子供だな、と思いながらも。


 連続、4箇所目。


 僕は、ふと背後を振り返る。

 誰もいない通路だし、歩きながら振り返るのも楽勝だ。


 背後には何人かの買い物客の姿が見えた。

 ごった返している店内の片鱗、と言ったところだろうか。


(ここを曲がれば、連続5箇所目)

 

 周囲に人気はない。

 これはいけるんじゃないだろうか。

 自分の中での新記録、なんて思いながら、僕は右か左か迷いながら、突き当りを右に折れた。


「ん……?」


 その瞬間、なんだか変な空気だな、と思った。


 なんでこの通路はこんなに暗いんだろう。

 なんでこんな静かなんだろう。


 いや、静かなところに来たのは自分の意思だった。

 でも……


(なんだか変だ)


 たった5回、人のいない通路を歩いただけで、こんな場所に来るだろうか。

 店員さんの専用の場所かもしれない、と思う。

 立入禁止と書かれていたのに、気がつかなかったのだろうか。

 一応、左右にはカラーコーンとか、車止めとか、色々なものが置かれているようだけれど……

 とにかく、さっきに比べて格段に暗くて、静か。


 急に不安になり、戻ろう、と僕は振り返った。

 来た道をそのまま戻るつもりで、すぐそこを曲がる。


 が……


「え?」


 どういうわけか、そこは、もっと暗かった。

 それに、誰もいない。

 そりゃあ、さっきも誰もいなかったけれど。

 でも、雰囲気がただ事じゃないのだ。

 上手くは言えないけれど、とにかく、じめっとしていて、辛気臭い。


 周囲はどんより薄暗い。

 カビ臭い匂いが鼻につく。

 売り物のはずなのに、サビだらけの商品が並んでいる。


 僕はなんだか怖くなって、走り出していた。


 でも、どこまで走っても、広い通路に出て周囲を見回してみても、誰もいない。

 店内はどこまで行っても暗くて、どこまで行っても、静かで。

 自分の足音以外、なにも聞こえない。

 さっきまで暑かったほどなのに、肌寒い。


 いけないと知りつつ低めの商品棚によじ登ってみれば、視界は開けるのに、明るい場所がまるでなかった。

 360度、見回してみても、ただ薄暗い天井と、店内が広がっているだけ。

 奥の方は、暗くてどこまで続いているのか見えないほどだ。

 広い店ではあったけれど、ここまで広かっただろうか。

 まるで知らない場所みたいだ。


(閉店したってこと? いつの間にか?)


 さっきまで営業していたのに、そんなことあるのだろうか。

 でも目の前の光景は、そうとしか思えなかった。

 僕はいつの間にか、閉店した店内に取り残されてしまったのだ。多分。

 こういう場合、誰か残っていたりしないのだろうか。


 だが、どれだけ歩いても。

 とにかく誰も。

 なにも。

 ぜんぜん。


(なんで、なんで、どうなっているんだ!?)


 僕は、わけも分からず歩き、走り続ける。

 とにかく、店の出入り口へ向かっていた。

 理由はない。

 なんとなく、誰かいたら、どうにかしてくれるかな、と期待して。


ピピピピ……


 レジ付近まで来て、急に近くで大きな電子音が鳴って、驚いた。

 時計のコーナーだ。

 時計売り場で目覚ましが鳴っているんだと気がつくのに、ちょっと時間がかかった。

 とにかく気が動転していて。


 僕は戻ってまで、その音の発信源に寄ってみた。

 なにしろ急に鳴り始めたものだから。

 誰かいるのだろうか。

 気になって。


 時計売り場には、誰もいなかった。

 ただ、勝手に目覚まし時計が鳴っているだけだった。

 時間を見る。

 どの時計もそれなりにバラバラの時間だけれど、7時台になっているのが多いだろうか。

 

「午前中に出て、お昼はどこかで食べても、混んでたらスーパーで買ってきてもいいね」


 家を出る時の、ママの言葉を思い出す。

 だから、今が7時なのはどう考えてもおかしい。

 でも、この状況がおかしいのだから、もう時間なんかどうでもいい。


 僕は目覚ましを止めた。

 理由はなかったけれど……なんとなく。

 その時……


カタ……


 小さな音がしたような気がして、僕はそっちを見た。


 そして、見た。


 黒い、背の高い、大きな頭の曲がった化け物を。


「え……?」


 前に、映画で見たことがある気がする。

 エイリアンみたいなやつ。

 腕が奇妙なほど長くて。

 大きな口から、ダラダラとよだれを垂らしていて。

 動いた、口から、たくさんの濡れた歯が並んでいるのが見えた。


「ウぐ……ぅ」


 多分、目が合った。

 どこに目があるのかも分からなかったけれど。

 気味の悪い音を立て、身体の向きを変え、僕の方へ寄ってくる。

 ゆっくりと。


 まずい。


(ヤバい、逃げなくちゃ……)


 なにをされたわけでもないけれど、そう思った。

 本能的にそれを危険だ、と思ったんだ。

 今回は本気の猛ダッシュ。

 僕はまた走り出していた。


 恐怖で、足が滑る。

 転ばないように気をつける。

 振り返る余裕はない。

 運動はそんなに得意じゃない。


 ──程なくして、気がついた。


(奴らは、一匹じゃない……!)


 いるのだ。

 何匹もいる。

 何なら二匹並んでいることもある。

 その奥にもいる。

 沢山いる。

 どれもが僕を見ると、訳の分からない声を上げ、近づこうとしてくる。


 僕は叫び出したいのを必死に堪えて、とにかく奴らがいなそうな場所へと向かって走り続けた。

 逃げるのには限界がある。

 とにかく隠れて、状況を確認しないと。

 そう思っていた。


 自然と店の端に向かっていた。

 一番奥だ。

 出入り口から、ずいぶん離れてしまったけれど、仕方ない。


 僕は奥の商品棚の影に隠れると、祈った。

 今更、身体がガタガタ震えていることに気がつく。

 一度、座り込んだら、立ち上がれなくなってしまった。


(今襲われたら、ヤバい)


 恐怖で迷いながらも、影からそっと、今自分が走ってきた通路を確認する。

 薄暗いので見にくいけれど、奥の方でなにかが蠢いているのが見えるくらいで、追いかけてきたりしているのは、いなさそうだ。

 とりあえずはホッとする。


 だが、これからどうしていいのか分からない。

 この状況も分からない。


(アイツが目覚ましの音に釣られてきたなら、音を立てるのは危険……)


 匂いとか、見ることにあまり反応しないのであれば、このまま隠れていられるかもしれないけれど、でもそれは、根本的な解決にはならない。


『本日はご来店頂きまして、誠にありがとうございます。只今店内が大変混み合っております』


 頭の上から、放送が鳴った。

 さっき聞いたのと同じ放送だが、前より音が割れて、ガサついていて、不鮮明だ。


(混み合うって、なにが? さっきの、あれ?)


 あれが混み合っているのだろうか。

 この、店の中に。

 つまりこれから、もっと増えるということなんだろうか。

 あれが。


ぬちゃ……


 なんだか変な音がする。

 濡れたなにかを引き摺っているような、気味の悪い音。

 それから、ぺた、ぺた、となにかが歩く、奇っ怪な音。


 近づいて来ている気がする。


ぺたぺた

ずるる……


 少なくとも、普通の人間が出す音じゃあない。

 身体の芯から震えが来る。


 もっといい隠れ場所はないだろうか。

 僕はきょろきょろ周囲を見回す。


きィギぃィィ……


 違う方向からも、何か、音が。

 向こうからも。

 急に、周囲が騒がしくなってきた気がする。


『本日はご来店頂きまして、誠にありがとうございます。只今店内が大変混み合っております。本日はご来店頂きまして、誠にありがとうございます。只今、店内が、大変、混、み合ってお──……。本日は────きまして──ありが、う、いまぇい──ま、が、こみあっぁ──……』


 きぃん、とハウリングの音が挟まる。

 ギコギコと、放送の合間にノコギリの音のようなものも聞こえる。

 ガザガサした音が、とても耳障りだ。


 奴がくる。

 奴ら?

 わかんない。


 どうしよう。

 どうしたら。


 キャンプ用の大きなボックスが見える。

 さっきからそこにあったけれど、見ないようにしていた。

 僕が隠れるにしては、ちょっと小さ過ぎる気がして。

 でも、もしかしたら入れるかもしれない。

 

(けど、入って、どうするんだ?)


 そこで見つかったら、もう絶望的だ。

 だったら武器を探して戦うか?

 あんな大きい相手に、勝ち目は絶対ないと思うけど。


 想像しただけで、はあはあ、と息が上がる。


(音を立てちゃいけないんだった)


 僕は慌てて口元を抑えた。

 長い緊張から、頭がぼんやりしてくる……


「お客様、どうかされましたか?」


 その時、すぐ側から声がした。




 気がつくと、僕は明るい店内にいた。

 いつからかは分からない。

 声を掛けられた瞬間に変わったのか、

 僕が隠れながら、あれこれ考えている間に変わったのか、

 ここに隠れる前から変わっていたのか、

 または、最初からこのままだったのか……


 よくは分からないけれど、とにかく僕は、いつの間にか、元いた明るい、いつものホームセンターに戻ってきていた。

 いや、戻ってきたという言い方は、よく分からない。

 長い悪夢でも、見ていただけなのだろうか。


 とにかく店員さんに声を掛けられ、僕は床に這いつくばりながら、

「すみません」

 と言い、泣いてしまった。

 女性の店員さんが、心配そうな顔で、


「大丈夫ですか? ぼく……迷子かな?」

  

 いかにも幼い子供にかける言葉を言うものだから、我に返る。

 恥ずかしい。

 なんとか自力で立ち上がると、僕は、「大丈夫です、ちょっと驚いただけです」とか何とか誤魔化し、慌ててその場を逃げ出した。


 僕は安心する間もなく、個室トイレへと駆け込んだ。

 僕は、おもらしをしていた。

 小学5年生にもなって……


 びちゃびちゃになったパンツを捨てて、ズボンを洗う。

 とても情けない気持ちだった。

 顔も洗った。

 鏡に写った自分の顔が、自分ではないように見える。

 明かりのせいかな。

 ひどく疲れていて、ひどく老けてるように感じた。


 出掛けにトイレに行ったばかりだったので、量は少なかった。

 それに、スエットのズボンを履いていたから、なんとか。

 少しでも水分を飛ばそうと、濡れたズボンを振り回したら、トイレ内はびしょびしょになってしまってしまったけれど。


 湿ったままのズボンをそのまま履くのはとても気持ち悪かったけれど、しょうがない。

 この年になって、おもらしをしたなんて、誰にも、絶対言えない。

 幸い、長めの上着を着ているので、ズボンが濡れていることは、見た目じゃ気がつかれなさそうだ。


 僕は慎重にトイレを出た。

 また、変な世界だったらどうしよう、と思ったけれど、そんなことはなかった。


 で、一度、トイレを出ると、二階の服屋で、ポケットに入った500円で買えそうな下着を買い、もう一度トイレに入って、履き直した。


 その頃には、さすがにやっと落ち着いてきていた。


(あれは何だったんだろう?)


 僕が変な遊びをしていたから、何かを呼び寄せてしまったんだろうか。

 知らない間に、儀式的なものをやっている感じになって……

 ちょっと前にクラスで流行ってたマンガが、そんなんだった気がする。


(とにかく戻れてよかった)


 僕は、すれ違う人達が、みんな普通の人であることに安心しながら、待ち合わせの場所へ向かった。


 ずいぶん時間がかかってしまったので、怒られるかと思ったけれど、両親が来る方が遅かった。

 パパと同じくらい、たくさんの荷物を抱えたママは、


「荷物、持ってよ」


 そう言って口を尖らせたが、僕はそれでも嬉しかった。


「持つよ、ごめんね」


 荷物くらい、いくらでも待つよ。

 よかった。

 ここが僕の居場所だ、と思うと、心の底から安心した。




 だが……


 なんだか違和感を感じる、気がする。

 最初にそう思ったのは、スーパーでお弁当を選んでいる時だった。


 ママは、これまで選んでいるのを見たことがない、健康雑穀弁当を選び、


「ドーナツ食べたくない?」


 と言った、僕の言葉に素早く反応し、首を横に振った。


「だめだめ、今日は混んでるから」


 確かにスーバーに隣接されたドーナツ屋さんの店内は、外から見ても分かるほど、混み合って見えた。


「ここでも売ってるかな」

「スーパーのドーナツなんて美味しくないわよ」

「そうかな。でもさ」

「甘いものは身体に良くないし」


 とにかく甘いものが大好きで、何かのコラボイベントがあった時とか、1、2時間待ちでも、並んでドーナツを食べようとしていた人の発言とは、とても思えない。

 だって、コラボの商品にはまるで興味がなかったのに、


「どうしても今日、ドーナツが食べたいから」


 という理由で、僕は一緒に並ばされたのだ。


「じゃあ、ケーキにしましょう」

「ケーキはいいの?」

「油で揚げてないから」

「そういうもんなの?」

「皆で食べれそうなケーキ選んでね」


 まあいいや。

 その時はそう思ったけれど。


 その後も、いつもと違うなって、ちょっとした違和感が重なった。

 一つ一つは些細なことだけれど……


 例えば、レジがすごく混んでいたので、先に車に戻っていようとしたら、怒られたり。

 小さい子供がぶつかってきたら、「危ないじゃないの!」って怒ったり。

 普段はあんまり怒ること、ないのに。

 ましてや、小さい子供に。


 家に帰ると僕は早速、ずっと気持ち悪かったズボンを脱いで着替え、パンツと一緒に洗濯機へと放り込んだ。

 パンツが見慣れないものになっていることに、ママはきっとすぐ気がつくだろう。


(言われたら、何気ない調子で、ジュース零して買い替えたんだって言おう。いかにも大したことじゃないよって感じで)


 そう思っていたけれど、その後、洗濯物を干しているママからは何も言われなかった。

 それも、違和感だ。

 絶対バレると思っていたから、拍子抜けした。


 で……


 もしかして、と僕は思う。

 ここは、元いた世界と似ているだけの、違う世界なんじゃないかって。


(あの、変な空間……あそこから、僕は、ちゃんと元の世界に帰れてないのかもしれない)


 ここの人たちは、ただ両親に似ているソックリさんで。

 この世界は、僕の世界じゃない、どこか別の空間……




254*******さん

2025/12/31 19:53

昼間に、変な世界に行ってしまってから、今の世界が自分の元いた世界とは思えません。

両親や家などはそのままなんですけど、なんか少しずつ違う気がします。

おかしいですよね。

でも、本当なんです。

他にこういう経験ある日といませんか?




lD非公開さん

2025/12/31 20:44

危険です。

この返信を読んだら、必ず質問を削除してください。

奴らに気がつかれるととても危険です。

それが誰かはきかずに、すぐ消してください。

更に質問があっても、私は答えず、この返信を削除します。


危険と思いながらも返事をしているのは、僕もあなたと同じ立場だからです。

だから、元の世界に帰る方法は僕にも分からない。

教えてほしいくらいです。

でも、元いた世界を見ることは出来ます。


ドーナツの穴をじっと見てください。

念じて、とにかく強く念じて、見つめるのです。

なんでドーナツかと言うと、大きさがちょうどいいからだと思われます。


穴を見つめ続けると、向こうには自分の元いた世界が見えるはず。

僕はもう何万回もそうやって、念じて、戻れないか試行錯誤しています。

お願いですから、読んだら消してください。

あなたの身に危険が及びませんように




(ああ、だからあの時、ドーナツを否定したのかな)


 僕はその返信を読んで、妙な納得感を感じていた。

 それから写メを撮って、言われた通りに質問を消した。

 僕はタブレットPCを抱えたまま、意味もなく他の質問を検索したりしながら、考える。


(やっぱりあの両親は、似てるだけの人)

(ここは、僕のいた世界と違う何処か)


 不安しかない。

 だって、ここは違う世界である上に、危険がある、と書いてあったじゃないか。

 を口に出したら、危険。

 

(たぶん自分がだと、誰かに知られたら、何者かが、何かをしにやって来て、僕は危険になるってことだ)


 その時に、あの両親たちは、僕を庇ってくれないかもしれない。

 だって元の世界と繋がるというドーナツを、僕に近づけまいとしていたのだし。


(もう、めちゃくちゃだ……)


 頼れるものがない。

 とにかく明日になったら、もう一度、このサイトになにか質問を投稿してみよう、と思う。

 とりあえずは、この世界と関係ないことでいい。

 できれば何かの暗号で、この回答をくれた人と、話ができればいいのだけれど……どうすればそんなこと、できるだろうか。


「たっくん。もう寝る時間よ」


 ちょうどその時、ママが部屋にやってきて、僕は思わず身体を震わせた。

 ママの、偽物。


「大晦日だよ」

「じゃあ、お蕎麦、一緒に食べる?」

「いや……いや。今日はやっぱり寝ようかな……なんだか、疲れちゃった」

「そう。いい子ね。歯磨きしてね」

「うん」

「明日は、早起きだからね。初詣行くわよ」

「うん」


 こうして僕はママと、いつも通り、「おやすみなさい」の挨拶をした。


 でも、眠れるはずがない。

 とにかく不安で。

 怖くて。

 寝て起きたら、また、違う世界にいそうな気がして。

 いや、ここだって、元の世界とは、違うんだろうけど。


 ふと。

 昼間見た、あの化け物。

 この世界の人たちは、もしかしたら本当は、あの化け物なんじゃないか、と思えてきた。

 ここでは、アレが人間の皮を被って生活しているってことだ。


(身を守らなくちゃ……)

(それから、ドーナツを手に入れなくちゃ)


 今日のお釣りが少しあるし、今月のお小遣いも、まだ残っている。

 お年玉だって、貰えるかもしれないし。


(ああ、でも欲しいゲームもあって……)


 でもドーナツは、とにかく早く手に入れるべきだろう。

 そんなことを考えながらも、僕はいつしかベッドに丸まり、眠ってしまったようだ。


 は、と目が覚めると、まだ暗い真夜中だった。

 デジタル時計は『1日・02時03分』になっている。


 僕はトイレに行きたくて、ベッドを降りた。

 廊下に出ると、とても寒い。


(今は、どんな世界なのかな)


 また、変な化け物に追いかけられる世界じゃないよね?

 そんなことを思いながらも、とりあえずトイレに向かう。


 できるだけ音を立てないように気を付けながら、リビングの前を通り過ぎようとすると……

 中にはまだ電気がついていて、テレビの音と、2人の話声がぼそぼそと聞こえてきた。


「あの子もそろそろ────時期かも。ずっと────欲しいって言われてたし──だから────送ってもいいかなって──」

「──だな」

「もう──だから、喜んで──ャッちゃって────」

「──」


 お酒を飲んでいるのだろう、パパの声はダルそうで、聞き取りにくい。

 ママの声も聞こえるのは断片的、だったけど。


(僕を、そろそろいい時期だからって、誰かにあげようとしているのかな?)


 なんとなく、僕にはそう聞き取れた。

 つまり、僕は食料か何かで。

 二人は、そのために僕を育てていた、とか?


 考えた瞬間、僕はすごく怖くなって、

 でも昼間のような失態をするわけにはいかず、夢中でトイレに走り込んだ。


 音を聞かれたらしい。


「たっくん、起きたの」


 リビングの戸が開き、トイレの外から、声を掛けられる。


「う、うん」

「出てきたら、リビング寄って。あけましておめでとう、しよう。それに、お話あるのよ。眠かったら明日でもいいけど」

「眠い、かな」

「そう。でも、聞いたら驚いちゃうよ」

「なに。このまま話して」

「え、このまま?」

「気になるから」

「ん~……大事な、大事なお話なの」

「いいよ。すぐ聞きたい」

「そーねえ。じゃあ、一つは、たっくんが欲しがってた携帯電話を買ってあげようかなってパパと話してたの」

「え、本当に? ありがとう、ママ!」


 僕は子供だから、そんな優しい言葉を聞くと、つい喜んで。

 うっかり、トイレから出ていってしまった。


 そこには、ママが立っていて。

 逆光で、顔が黒く影になった、ママ。


「それとね」

「うん?」

「たっくん、お兄ちゃんになるんだよ。もうちょっと先のお話だけどね」



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ドーナツ ゆあさ @Tmo_03

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