おーっほっほっほ(オホ声)

三重知貴

前編


「おーっほっほっほ!わたくしの勝ちですわー!」


 その声は、鼓膜を震わせるというよりは、教室の空気そのものを物理的に書き換えるような響きを持っていた。



 僕の視線の先には、物理法則に挑戦するかのような見事な縦ロールの金髪を揺らす少女がいた。大蔵蓮花 通称・お嬢。世界的な規模を誇る大蔵財閥の令嬢であり、超が何十個か付く超お金持ちだ。

 彼女の通うこの学校は金持ちの通う……というわけでもなく、どこにでもある普通の田舎の高校だ。

 


 そなぜかは知らないが、住む世界というか次元の違う彼女がこんなところにいる。

 さて、そんなご令嬢がこんなところにいてどうなのかというと、入学して3ヶ月ほどたち、案外うまくやっている。


 「くそっ、お嬢強すぎだろ……」

 

 「おーっほっほっほ! 修行が足りなくてよ! 」

 

 対戦ゲームに勝ったお嬢はそう高らかに笑う。


 勉強や友人、恐らく大抵の高校生が楽しむものを彼女も楽しんでいた。いつも声高らかに笑いながら。

 喜怒哀楽に必ず付いてくるあの大きく尊大な笑い声。


「お嬢ってなんでいつも笑っているの?」

 

「おほほ、不思議なことを聞きますのね。人生に笑顔は必須の栄養ですのよ。だから笑うべきなんですの。」


 そんな深い言葉は、僕には理解できなかった。というより納得ができなかった。


 悲しければ泣けばいいし、怒りたければ怒ればいい。いつも笑うなんて逆に疲れる。

 何かに対する反骨精神なのか、なんとなく思ったその考えは日に日に大きくなっていった。

 そんなことが理由で僕はある事を決心した。


「お嬢、今週の土曜って暇?」

 

「おほほ、まぁ予定を空けることは可能ですわよ。」

 

「ならこれ行かない?」


 そう言って僕は2枚のチケットを見せた。

 近くで開かれるお化け屋敷のイベント。なぜか毎年この時期になると地域主催で行われ、その謎に高い完成度が有名でわざわざ遠方から足を運ぶ人もいるほどだ。


 なんとなく、彼女の「そうではない顔」を見てみたくなった。

 だからお化け屋敷。安直ではあるが、つい最近笑いながらも虫を怖がるお嬢を見た。あの笑顔は難攻不落ではない。


「…………おーっほっほっほ!逢引きのお誘いですわねー!喜んでお受けいたしますわよー!」

 

「そんなデカい声だと逢引きにはならないけどね。」

 

「おーっほっほっほ!そうでしたわー!ではデートですわねー!楽しみですわー!」


 彼女はそういって僕の手にあったチケット1枚を受け取ってくれた。

 誘った瞬間はなにか凄く悩むようにも見えたが、楽しみなのかそのあとはどんなお化け屋敷か聞いたり調べたりと割と本当待ち切りという様子だ。

 まるで子供だ。


「ところでお化けってどこから連れてきているんですの?」


 もしかして本当に子供か?




 土曜、デートと言われ、少し意識をしてオシャレをした自分がいた。


「おほほ、おはようございます。良い天気ですわねー!」

 

「ああ……おはよう。」


 しかし相手は別物、まるで新品の人形のようなお嬢であった。

 まるでショーウィンドウから抜け出してきた西洋人形のようだった。真夏の日差しを弾き返すような純白のワンピース。埃ひとつ、皺ひとつないその装いは、これからお化け屋敷に足を踏み入れる人間のものとは到底思えなかった。


「じゃあ、行こうか。」

 

 会場は5分もせずについてしまう場所にある。

 人気なため開場よりも早い時間に来たがすでに列ができるほど並んでいる。


「ていうか、お嬢って気軽に出歩けるんだね。こういうの家が厳しいとかあるのかと思ってた。」

 

「まぁ私は基本自由ですのよ。それにいますから。護衛。」

 

「え?」

 

「5時と9時の方向。あとは上。数は17……といったところですわね?」

 

「もしかしてこの間貸した漫画ハマった?」

 

「おーっほっほっほ!初めて夜更かししてまで読みましたわ!」


 そう言いながら鼻息荒く興奮し、漫画トークが始まった。

 思ったよりも漫画にハマった彼女は、すでに僕よりも多くの漫画を読破している様子で、貸したものに限らず、様々なジャンルに手を出していた。


「彼がカマキリと戦うシーンは……あ、私たちの番のようですわね。」


 トークに花を咲かせると、あっという間に時間はすぎる。係の人から呼ばれ僕たちはお化け屋敷に入る。

 コンセプトは廃病院だろうか。なにかストーリー的なものを説明されるが、要は死んだ人間たちの亡霊で呪われており、脱出のために謎解きをするという形式だ。


「おーっほっほっほ。中々のリアリティ。私に恐怖を教えてくれるのかしら?」


 ラスボスみたいなセリフを言い放つと彼女は僕の腕を掴む。


「さぁ!行きますわよ!未知はすぐそこですわ!」


 そうして僕らはお化け屋敷の中に吸い込まれた。


「まぁ下半身がないですわ!?」「おーっほっほっほ!なんか怒らせましたわー!」「あれ、行き止まり?どこですの?」「こっわっいですわねー!」

 

 結果的に彼女は笑いと共に大変楽しんでいた。

 僕の予想とは程遠いものではあったが、それはそれでよかったと思う。


「おっほっほっほ。流石に声を出し過ぎましたわね。」


「まぁ楽しかったけどね。」

 

「それよかったですわ。さて。これからどうしますの?」

 

「え?」

 

「ん?いやだからこのあとのことですわ。」


 そういえばまったく考えてなかった。

 お化け屋敷のことだけを考えて、その後プランなんてなにも考えてもいない。

 よく考えれば、自分から出かけることを誘っておいて、ご飯すらノープランだなんて大胆な男である。


「あー、なにか希望はある?」

 

「そうですはね……皆さんが普段食べているものですかね?」

 

「普段…………あー、あそこかな。」


 正直もう少しやりようもあっただろうと後から思うような場所、というより作戦をひとつ思いついてしまった。



 

「これは……中華ですわね。」


 そう中華である。それも大陸系中華料理屋。僕たち食べ盛り男子高校生にはありがたい超特盛で評判。


「中華は食べますけど、こういったところは初めてですわね。」

 

「だろうね、まぁ入ろうか。」

 


 そして入った中華料理屋。案内されたテーブルに向かい合うように座った。

 彼女はメニューを見ながら僕に質問をしてくる。それはある意味想定された、予定調和のような質問であった。


「普段はどのようなメニューを頼みますの?できればそうしたものを頼みたいですわ!」

 

「基本はこのチャーハンラーメンセットだけど、こっちの激辛ラーメンはみんな食べたことあるしおススメかな。」

 

「チャーハンとラーメンを一気に……?わたくしは流石に……ではそちらの激辛ラーメンにしましょうかね?ですが激辛ですか……。食べられますかね?」

 

「なら僕が頼むから他の頼んでみたら?分けてあげるよ。」

 

「まぁ!優しいですわね!ではお願いしますわ!」


 狙い通りだ。お嬢は基本的に僕たちにあわせてくる。

 彼女なりの配慮なのか、おススメすると必ずと言っていいほど答えてくれる。それこそ貸した漫画をすぐ読破するような律義さ。

 みんなという言葉をつけておススメすれば必ず興味を持ってくれる。


「(だからこそ、あれを食べるお嬢を見たい。少々罪悪感もあるけれど。ちゃんと残りは自分で完食はするから許してくれ。前食べてた時ときは一週間くらい胃が悲鳴を上げたが背に腹は代えられない。)」


 出来損ないの覚悟と共に、早速注文をする。少し雑談しているとすぐに、料理はすぐ提供された。


「これは……すごいですわね。」


 到着したラーメンは、店中の人間がこちらを向いてしまうほどの刺激のある香りと、深紅に染まったスープ。すべての要素が食とは関係のない危険信号を発信させるほどの刺激。


「本当に、食べ物ですの?」

 

「ああそうだよ。さっそくだけど一口目食べる?」

 

「いただきますわね。」


 覚悟を決めた表情で、彼女は劇物を扱うようにそっと麺をすくった。

 口に入れる一瞬その強い香りで眉間にしわが寄る。だが、意を決して口に含む。


「んっ!んんんんっ!」

 

「ああ!はい飲み物!」


 コップを天井に向けるほど勢いで飲み干すお嬢。

 

「おっほっ…………辛いですわ。」 

 

「えっと、大丈夫?」


 視線を合わせて話す彼女が今回ばかりは下を見て、明るい顔も消えた。

 流石にこちらも罪悪感で耐えられなくなるような表情だ。しかし、彼女は1度大きく深呼吸をしていつも通りを取り戻す。


「ふー。おほほほ、これにチャレンジするとは、流石は男性。強いですわね。」

 

「まぁ強いというか馬鹿という。」

 

「そうしたものも強さですわ。さて、ではわたくしはこれで十分ですけど、それを本当に全部食べるんですの?」

 

「食べるよ……これは贖罪だね。」

 

「えっと――食材ですわよ?」

 

 ということで因果応報。この後、僕は地獄を見た。




 

「今日は楽しかったですわ!」

 


 空の青が赤に変わりはじめるような時間、なんだかんだで僕たちはノープランで一日を遊びきっていた。

 ご飯を食べて、買い物に行って、甘い物を食べる、とても楽しい一日だった。気づけば帰りの電車を待っていた。


「楽しかったですわ。本当に……おーっほっほっほ!」

 

「それはよかったよ。」

 

「では、そろそろですわね。」

 

「そうだね。」

 

「いつでもいいですわよ?」

 

「え?」


 準備は万端とでも言うようにいつも以上に背筋を伸ばし、腰に腕を置き待ち構えるように僕の方を見るお嬢。

 僕には一切それがなんの合図なのかはさっぱりであった。

 

「緊張はわかりますけど、こうしたことはきっちりとするべきだと思いますわ!」

 

「えっと、そうだね。そろそろ電車だし。」

 

「一発でお返事しますわ!」


 どういうことだろうか。返事、それが何を意味するのか全然わからない。


「(いや待てよ?)」


 常識的に考えよう。

 男女が二人、一日遊んだ帰り際。しかも僕の目的はともかく、彼女は逢引きなどと言っていた。そして、最近漫画からかなり影響を受けている。しかも、多少一般寄りの思考を持っているとはいえ、浮世離れのお嬢様。


「もしかして――告白?」

 

「うっ――そうですわよ!」

 

「ねぇ今一瞬すごく嫌がってなかった!?『うっ』って言ったよね!?する気なくても傷つくよ!?」

 

「いえ、しっかり受け入れて――え?告白しないんですか?」

 

「え?いやしないけど?」

 

「へ?」


 鳩が豆鉄砲を食らったよう、というには少々可愛らしい顔をしていた。

 デートに誘っておいて申し訳ないが本当にそんな気なく来てしまった。するにしてももう少しデートプランは選んでいただろう。

 

「……おーっほっほっほ!……はい。恥ずかしい。恥ずかしいですわー!おーっほっほっほ!」

 

「いや、笑っても誤魔化せないよ?」

 

「……いじわる。」

 

「あはは。」


 互いに気恥ずかしさとこれはなんだったのだと誤魔化すような笑顔。微妙な空気ではあったが、その呆気なさに落ち着いたような表情を向けあう。


「電車が発車します。」

「「あっ!」」


 訂正、大慌てであった。





「申し訳ありません!」

 

「いいよ。おしゃべりは楽しいしね。」


 そんな訳で僕らは公園のブランコに揺られていた。次の電車は1時間半ほどだ。田舎にしては早い。


「しかし、本当に告白されると思ってたとはねー。」

 

「もう!掘り返さないでください!」


 なんとなく、素の彼女を見られた気がする。語気というか、雰囲気が少し変わったように感じる。

 ある意味、今日の目標を達成できたらしい。


「でも流石に急すぎるよ。漫画ほど現実はハイスピードじゃない。1回デートで告白は中々ないよ。」

 

「そうですか?むしろ私は初対面でよく告白されますけど?」

 

「えぇ?それは――いやお嬢ならそうか。」

 

「正直煩わしいですわよ。みなさん見ているのは家だけですから。」

 

「はは、それはお疲れ様だね。」

 

「そうですわよ!本当にもう!」


 身近すぎて忘れていたが、彼女の家は世界で有数、というより恐らくトップの金持ちだ。

 財閥なんてデカい名前を背負ってる分、権力争いやら御家同士のお付き合いと様々だ。そんな中ではある意味、彼女はトロフィーに近い存在だ。

 僕なんかには価値が高すぎてむしろ扱えないので無価値なものだが、経済界で彼女の後ろ盾ほどのもはない。

 改めて、お嬢と自分、月とすっぽんというやつだ。


「告白されなくてよかったですわ。」

 

「それは――うん。なんか傷つく気もするけどよかったよ。」

 

「いえ!あなたはいい人です。ただ、ここでも前のような生活は嫌だったのでよかったなと。」

 

「前の生活?」

 

「はい。中学校までの学校生活ですわ。」

 

「ふーん。よかったら聞かせてよ。」

 

「長くなりますわよ?」



 彼女の生まれは世界トップの名家であった。ただ、そこの次女であった。

 あの家に生まれて不幸を嘆くなんて罰当たりなものかもしれないが、誰にだって幸せばかりの人生ではない。

 次女、全体でみれば4人目の子供。子供に使う言葉でもないが利用方法としては財界の立ち回りのための駒。

 実際周りの人間もそういう奴らが集まってくる。祭り上げるように扱う友人たち、なんとか縁を作りあわよくばを狙う他の家の男たち。

 いや、男女なんて関係なく彼女は自分を上に押し上げてくれるものであり、人生を逆転させるチャンスそのものでしかなかった。


「漫画の影響といいましたけど。私は漫画の方がむしろ告白されてないなと思っていましたわよ。」


 そう言われたとき、一番フィクションみたいな相手だなと改めて思ったよ。

 そんな生活が小学生から始まったそうだ。そして中学は女学校に逃げるように言ったがお友達枠を取り合う醜き獣たち、校門の前にも似たようなモノばかり、彼女の周りに平穏なんてものはなかったようだ。それを変えようとしたのは彼女自身だ。勉強に運動、そしてあの精一杯の負けず嫌いさと笑顔、ある意味彼女にできる精一杯の反抗だったのだろう。


 そしてその反抗に手を焼き田舎の高校に送られたらしい。それはある意味彼女が勝ち取ったともいえる。


「という感じで、ここに来たわけですわ。」

 

「ようは平穏のために告白はNGだと。」

 

「そういうことですわね。というより、私に告白したってろくな事にはなりません。あなたのことはむしろ好ましく思っています。友人として。だから告白はされたくなかったのです。でもそれを止めることなんてできませんわ。だから今日は一緒に精一杯楽しみたかったんです。」

 

「なるほどね。にしてもみんな度胸あるね。僕ならお嬢みたいな高嶺の花に告白なんてできないよ。」

 

「太陽と一緒ですわ。子供の頃、あれはいつも自分を追いかけている気がするでしょう?遠くにありすぎると、むしろ身近に感じてしまうんです。」

 

「お嬢の見た目は、太陽ってより凛々しい月だけどね。」

 

「残念。私は自分自身で輝きますのよ!おーっほっほっほ!」

 

 そう言いながら乗るお嬢のブランコは、本当に太陽まで行ってしまいそうな勢いだった。


「なんだかあなたとお話しするのは楽しいですわねー!」

 

「俺もだよー。」

 

「ならもっとお話ししますわー!」


 だから、僕らは色々なことを話した。

 生まれた町のこと、兄弟のこと。昔好きだった番組にお菓子、あとはゲームとか。うれしかったことも、くやしかったことも、怒りたかったことも全部話した。

 人生を語ったと言えば聞こえはいいだろうけど、結局はただの雑談だ。気づいたらどこかに忘れてしまうくらいのものだ。

 

 でも、楽しかった。

 

 たぶんこれは忘れない。


 あっという間に時間になった。電車の時間じゃない。お迎えだ。


「お嬢様、そろそろ。」


 公園に入ってきたのはとても綺麗で清潔感に溢れる執事つだった。

 

「あら、流石に限界?」

 

 そういえば、常に周りにいるんだったな、SPやらなんやら。


「あら、じゃあこの際ですし、送ってあげてもいい?」

 

「はい。もちろんです。」


 どうやら、僕は電車なんて待たなくていいらしい。


「じゃあ帰りましょうか。本当は普通に電車でお別れしたかったんですけど。」


 彼女は少しいたずらっぽい顔で笑っていた。

 帰りの車は見たことすらない高級車だった。けれども、楽しく今日を振り返り、明日を楽しみにするただの学生の会話しかしなかった。


「また、遊ぼうね。」

 

「おーっほっほっほ!もちろんですわ!」

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