砂音の御神木

御神木は学校の裏に立っている。

校舎の窓からは見えない位置で、体育倉庫の影に半分隠れている。

幹は太く、縄が巻かれている。

縄は新しい。


御神木には一つ、小さな窪みがあった。

テニスボールくらいの大きさで、ちょうど耳が入る。

触るなとは言われていない。

ただ、誰も触らない。


放課後、先生は早く帰れと言った。

理由は言わない。

声はいつもと同じだった。


友だちは先に帰った。

靴箱の数は合っている。

でも、名前は一つ読まれなかった。


私は御神木の前に立つ。

影が伸びている。

縄の内側に、私の影は入っていない。


近づくと、土の匂いが変わる。

湿っているわけじゃない。

乾いてもいない。


窪みは、思っていたより滑らかだった。

長い時間、削られたみたいに。

中は暗い。


耳を近づける。

目を閉じる。

すると、音がする。


さらさら。

さらさら。


砂時計が落ち続けるような音。

終わりがない。

速くも遅くもならない。


息を止める。

音は変わらない。


後ろで、枝が鳴る。

振り向くと、校務員のおじさんが立っている。

箒を持っている。


「聞いたか」


私は答えない。

聞いたとも言われていない。


おじさんは御神木を見る。

窪みを見ない。

縄だけを見る。


「今日はな」


それだけ言って、歩いていく。

足音は途中で消える。


もう一度、耳を近づける。

音は続いている。

中で何かが溜まっていく感じはしない。


指を入れる。

中は冷たい。

何も触れない。


さらさら。


影が、窪みにかかる。

その瞬間、音が少しだけ近づく。

近づくけど、大きくはならない。


校舎のチャイムが鳴る。

いつもより短い。

帰れという合図。


私は手を引っ込める。

影も戻る。

音は遠ざからない。


家に帰ると、母が手を洗えと言う。

理由は言わない。

石鹸の減りが早い。


夕飯のとき、父が言う。

裏山には近づくな、と。

学校の話はしない。


夜、布団に入る。

耳を塞ぐ。

さらさらは聞こえない。


代わりに、時計の音がする。

秒針が落ちるみたいな音。

止まらない。


次の日、御神木は立っている。

縄もある。

窪みは、少し深くなっている。


誰も何も言わない。

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