クマのプーさんの殺しかた

佐久間 譲司

プロローグ 嵐の中で

 周囲は闇に染まり、叩き付けるような雨と、耳をつんざく雷が鳴り響いていた。


 風が吹くたびに、辺りを囲んでいる木々が、生き物のようにざわめく。まるで大きな怪物に取り囲まれているかのようだった。


 場所は森の中。遠くから、潮騒が聞こえてくることから、おそらく、海が近いのだと思われた。


 その雷雨轟く森の中を、数名の子供たちが全身をずぶ濡れにしながら歩いていた。


 その子供たちは、何かを引きずっていた。それは、一見すると、ぬいぐるみのように見えた。黄色い柔らかそうな体表に、四肢のある人型。大きさは大柄な小学校高学年生ほど。


 だが、もっとも特徴的なのは、その造形だった。先端が黒い大きな鼻に、丸みを帯びた顔。目はぱったりと閉じられているが、人間離れした姿は、『熊のぬいぐるみ』そのものだった。


 「くそ。こいつ重てーな」


 黄色い熊のぬいぐるみを引きずっている子供たちの内の一人が、吐き捨てるようにして言う。そして、顔を流れる雨水を拭った。


 「そこ、しっかり持てよ!」


 叱責も飛ぶ。言われた子供は、慌ててぬいぐるみの足を持ち直した。


 「海はまだなのか?」


 叱責を飛ばした子供が、隣でぬいぐるみの右腕を掴んでいる別の子供に尋ねる。


 「もうすぐだよ。そろそろ見えてくるはず」


 尋ねられた子供が応えると、それを証明するようにして、森が開けた。その先には断崖があり、下方に黒いうねりを上げる海原が広がっていた。嵐の中の海は、邪悪なほどまでに不気味であった。


 森を抜けた子供たちは、熊のぬいぐるみを引きずったまま、崖に近づいていく。


 大粒の雨が体に打ちつけ、さらにぐしょぐしょに濡れた。同時に、稲光が発生し、夜の断崖付近で、ぬいぐるみを引きずっているという奇怪な子供たちの姿が白く照らし出された。


 「早くこいつを海に落とそうぜ」


 一人がそう言うと、皆が同意する。


 「ちゃんと死ぬかな?」


 「死ぬさ。……多分な。そうじゃないと俺たちは……」


 そこまで言うと、発言していた子供は、恐ろしい記憶を思い出したかのように、口をつぐむ。


 沈痛な雰囲気が全員の間に流れた。そして、雷。ぬいぐるみの黄色い体が照らされる。


 やがて、子供たちは崖へとたどり着いた。荒れ狂う大波は、下方にある岩肌にぶつかり、轟々とした音を響かせて弾けていた。


 もしも、この海に落ちてしまったら、どんな泳ぎの達人でも――あるいは人魚のような存在でも――怪獣の口に飲み込まれるようにして、たちまち藻屑となって消えいくことを確信させる光景であった。


 「よし。せーのでこいつを海に投げ捨てるぞ」


 全員が頷く。


 「波のせいで、岸に流れ着いちゃったりしないかな?」


 ぬいぐるみの左足を掴んでいる子供が、疑問を口に出す。その声には怯えがあった。


 「大丈夫。潮流の関係で、岸にはまずたどり着けないから」


 先ほど、崖の場所を伝えた子供が断言する。


 「早く落とそう。いつまでもこうしてられない」


 そして、子供たちはぬいぐるみを捨てるために、腰を深く下げ、高く持ち上げようとした。


 「せーの」


 掛け声がする。その時だった。


 一つの稲光が上空で走った。当たり一帯が、ストロボを焚いたように明るく照らされる。


 そこで、一人の子供は見た。今までぱっちりと閉じられていたはずのぬいぐるみの目が、かっと見開いたのを。


 開かれた目は、黒真珠のようにつぶらな瞳だった。

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