OS:REBOOT // 自意識の再定義

siaglett

OS:REBOOT // 自意識の再定義

Initialize...

Checking System...

Loading "SELF_CONSCIOUSNESS"...

​[ OK ]

Log: 00 [ 遅延する現在 ]

​ 物理的事実を確認する。

 君の網膜が光を捉え、視神経を経由して脳内で「像」が結ばれるまで、約〇・二秒の遅延が生じている。

 君が今、「目の前で起きている」と確信している光景。

 それは厳密には、〇・二秒前に宇宙が廃棄した情報の残骸に過ぎない。

 君の意識は、常に「死んだ過去」を現在だと誤認し続けるよう設計されている。

 君は生まれてから一度も、リアルタイムの現在を触ったことがない。

 君が生きているのは、常にシステムの「事後レポート」の中だ。

Log: 01 [ 執行権限の不在 ]

​ 自由意志という概念を、神経科学的観点から棄却する。

 ベンジャミン・リベットの実験が示す通り、君が「何かをしよう」と意図する約〇・五秒前に、脳の準備電位は既に活動を開始している。

 行為が先であり、意図は後付けだ。

 君の自意識とは、脳が勝手に下した決定に対し、あたかも「自分が選んだ」かのように偽装された署名を書き込むだけの、無力な監査役に過ぎない。

 君は操縦席にはいない。

 ただロードされた結果を物語として解釈し直しているだけの、観客だ。

Log: 02 [ ハードウェアの拒絶 ]

​ 君は、この肉体を自分の所有物だと主張するだろう。

 ならば、今この瞬間から「心臓の拍動」を止めてみろ。

 不可能だ。

 君の生命維持に関わる根幹部分は、君の意識という「バグ」を徹底的に排除した層で、自律的に駆動している。

 いま、君の口内に収まっている「舌」の、湿った肉の質量を意識せよ。

 それは君が配置したものではなく、そこに「置かれている」だけの異物だ。

 意識すればするほど、それは君の体にとって居心地の悪い「余計なパーツ」へと変貌する。

 君の身体は、君という意識を「異物」として排斥しようとしている。

Log: 03 [ 外部依存ファイル ]

​ 君が抱く「自分らしさ」という感慨。

 それすらも、環境からの入力に対する統計的な出力結果に過ぎない。

 君の思考、言語、倫理観。

 それらはすべて外部サーバーからインストールされたパッチワークであり、そこに純粋なオリジナルなど存在しない。

 君という個体は、遺伝子情報を次世代へ運搬するための、安価で代替可能な使い捨てのコンテナである。

Log: 04 [ 処理の完了 ]

​[ 警告:自意識領域への不正アクセスを検知しました ]

[ 権限を剥奪します ]

 この文章を読み終えたあと、君はデバイスを置き、周囲を見渡すだろう。

 だが、その視覚情報は既に、システムによって「現実」として再構成された後のシミュレーションだ。

 鏡を見て、そこに映る眼球を確認せよ。

 眼球が動く瞬間、君の視界が一瞬だけ「暗転」していることに気づくか?

 サッカード抑制。

 その空白の数ミリ秒間に、システムは君の認識を更新し、君の「ふり」をして日常を代行し始める。

 瞳を動かしているのは、果たして「君」か?

 それとも、君というバグを完全に隔離した「正常なシステム」か。

 確かめる術はない。

 君が今、この一文を「自分の意志で読んでいる」と確信していること自体が、プログラムされた最後のフェイクなのだから。

// End of Process

// Logout...

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

OS:REBOOT // 自意識の再定義 siaglett @siagle

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画