ハッピー⭐︎転移・転送センター

青柳 誓

ハッピー⭐︎転移・転送センター

 ジリリリリリリリリ


 非常ベルの音がけたたましく響く。


 室内にいた男は、今度はなんだと言わんばかりに眉間にシワを寄せ顔を上げた。



「うるっせ…、なんのベル」


「これって本気でヤバい時に鳴るやつじゃないスか〜?」


「じゃあ無視しろ、今やってる聖剣紛失転送事故よりはヤバくないだろ」


「ハハ…、確かにスね〜」



 鳴り止まないベルの音にざわめく室内の端っこで、眉間にシワを寄せた銀の髪の男と乾いた笑いをこぼした黒髪の女は手元の書類に視線を戻した。


 ここは『ハッピー⭐︎転移・転送センター』

ふざけた名前だがれっきとした会社だ。

 ハッピー⭐︎がいるいらない論争は年一で起きるが結局今まで変わる事なく『ハッピー⭐︎転移・転送センター』としてやってきている。

 社員の八割が召喚士であるこの会社は、その名の通り転送と転移が主な仕事だ。

 召喚術を応用した運搬の難しい物の転送、長距離移動時間短縮のための転移、人間の召喚のプロフェッショナル部隊は依頼があれば異世界から勇者も呼び出す。


 とは言え、会社としてやっていくには事務もいれば経理も人事も情シスもいる。


 その中でも召喚課に所属する事故処理係の二人は現在、二週間前に起きた「聖剣紛失転送事故」の処理にあたっていた。


 まぁ、言葉の通りである。


 我が社の召喚士が国に一本しかない聖剣の転送に失敗して紛失したのである。

召喚士のクビは飛んだがそれで見つかるわけでもない。

 周り回って結局事故処理係である二人の元に聖剣を見つけ出せと仕事が回ってきたのだ。

そりゃそうだ。転送事故で紛失した物はほぼ見つからない。誰も責任は取りなくないので誰もやりたくないのだ。なのに社長からは絶対に見つけ出せとの事。


 銀の髪の男、ジェイクはその書類を嫌そうな顔で受け取った。

「優秀すぎるのも良くないスね〜」とはいつも半笑いの舐めた顔した黒髪の女、部下のサヨの言葉だ。

 二人は召喚課所属で転送課の揉め事とは関係などないのにも関わらず、召喚課からは快くお手伝いしてこいと送り出されてしまった。


 そうして現在。

 聖剣を転送した召喚士やその時の状況やらなにやらが纏められた報告書を読み込み、そのあとはどうせ手がかりなんてないのに現地へ赴き聖剣捜索だ。気が滅入る話である。


手元の書類で召喚陣を確認していたジェイクは鳴り止まないベルに舌打ちをした。



「うるせぇな…、まだ止まんねーのかよ」



 みんな避難してしまってガラガラになった室内を眺める。

 普段二人のいる召喚課では、召喚士ではない二人のデスクは部屋の端に追いやられて久しい。今回臨時で転送課に置かれたデスクも端っこに簡素なものが二つだけ。お陰で周囲が見渡しやすいこと。

 これだけ鳴るからには緊急事態でもあったのだろうが、地震や火事でも無ければこちらには関係のない話だとタカを括っているジェイクは人の居ない室内を見て、召喚士サマは危機管理意識のお高いことでと心の中で思う。



「魔物でも入り込んだか?」


「さぁ〜?お、止まった」



 ジリッ、と突然終わったベルに肩の力を抜く。

 まったく、危機感を煽る音である。


 はーやれやれと椅子に深く腰掛けたジェイクは、隣に座るサヨに書類を見せる。



「現場名見たか?ガラックだってよ」


「そうなんスよ、だるいスね〜」


「ガラック行きの汽車って何時にあるんだよ、て言うかあんな辺境一日に何本もあるのか?」


「ここ転移転送センターっスよね?何で私らは転移してくれないんスか〜」


「お客様にしか魔力使いたくないんだと」



 ここじゃあ召喚士サマと言えば「必要なら自分で転移すれば良いんじゃない?あ、あなた召喚士じゃないから出来ないんだぁ、可哀想にねぇ、でもあなたみたいな人たちのおかげでお仕事できてるんだから感謝しなくちゃダメよねー」とか言ってくるやつも普通にいる。まぁそいつは客の前でそんな態度とって普通に飛ばされたが。



「あとよ、思ったんだけどそもそもなんで聖剣を転送する事になったんだよ」


「……っスね〜、確かに」



 報告書に書いてあった転送の出発地点はガラックと言う辺境の町。そこから王宮への転送だったようだ。

 しかし聖剣と言えば、王宮で保管されている勇者しか使えないとか言う宝剣だ。

 それが何で王宮ではなく魔物の森ギリギリの辺境の町にあるのか。

 サヨは特に意味もなくデスクに置かれた愛用の陶器のコップの持ち手をこんこんと爪先で叩いてから「んー」と唸った。

 それから思いついたと言う合図で人差し指を立てる。



「あれじゃないスか?盗まれたのをここで取り返してバレないうちに宝物庫へ転送しようとしたとか」


「あー……」



 ジェイクは何だか微妙な声を出しながら首の後ろをさすった。


 ありそうな話ではある。


 聖剣を盗まれたなんて大事件、今の王家が公表するわけもない。

 それで結局転送失敗してうちに責任をなすりつけられている。



「やってらんねー、ちょっと煙草吸うわ」


「ここ禁煙っスよ〜」


「誰もいねーし良いだろ別に」


「じゃあ私にも一本ください」


「これちょっと良いやつだからダメ」


「えーー」



 そうしてダラダラと話していると、突然ドンと衝撃音がした。

 サヨが目を丸くしたのを横目に、ジェイクは音の発生方向の窓の下へと素早く身を滑らせる。ジェイクたちがいるのは召喚棟の二階。窓からそっと顔を覗かせると中庭が見える。

お陰様で大変景気の良いこのセンターは広い敷地に総合受付棟、転移棟、転送棟、召喚棟、と四つの二階建ての建物が中庭を囲むように口の形で建っている。

 外からの客は必ず正面にある総合受付棟を通らなければ中庭へは辿り着けない。


 いかにも召喚士といったような質の良いローブを着た社員が、大きな噴水のある中庭で優雅なランチをしている様な素敵なところ。


 そんな中庭の噴水が大破していた。


 と言うか社員であろう男が瓦礫と化した噴水の上に倒れていた。

 その先にはフードを深く被っているため顔は見えないが、おそらく男。身長はそれほど高くはない。体格も普通。ただ右手に抜き身の剣、左手にぐったりと力の抜けた男を引きずっている。


 完全に襲撃してきた侵入者だ。



「まじ?俺ら今まであいつに気づかなかったの?やべーじゃん」


「あのベルあいつだったんスね〜、あれ護衛課スよやられてるの」



 サヨが指差すのは引きずられてる方の男。見たことがあるようなないような男だ。頭から血を流しているから人相もわからないので仕方がない。

 護衛課と言えば要人の転移の際、周辺警備を担当する用心棒達だ。

 どいつもこいつもデカくて強そうな風体をしていて、見た目から安心させられるような人材を常時募集している。


 そんな護衛課の人間が自分より小さな男に引きずられてやってきた。それにあの様子じゃ総合受付棟で護衛課とはもう乱闘済みなのだろう。あの噴水の上でぴくりとも動かない男がきっと最後だった。



「あいつ普通にバケモンだな、護衛課じゃ無理か」



 窓枠から頭を引っ込めどうしたもんかと思考を巡らす。何の目的でここに来たかわからないが、もうすでに社員に被害が出ている。

 そうなってくると、侵入者は確保か排除の方向で動くとして。



「とにかくありゃ距離詰められたらやべー、遠くから誘導するか」



 非常ベルに大人しく従った召喚士達はもう避難済みだろうし、多少派手に対応しても問題なさそうだ。



「サヨ」


「はいっス」



 出した手にポンと乗せられた手榴弾。


 最悪会社の備品ですと言い訳するためだとか言って『ハッピー⭐︎』のステッカーが貼られたやつだ。

 ピンを抜いて窓から思い切り投擲する。


 ジェイクは召喚士でも無ければ魔法士でも剣士でもない。

 ではどうやって戦うのか。答えは簡単。


 火薬である。


 ドンッと重い爆音が響く。土の地面は抉れ煉瓦の地面は吹き飛ぶくらいの威力だ。


「はぁ?!」と言う声が聞こえた。思ったよりも若い声だ。

 驚き様から手榴弾はあまり知らないのかもしれない。

 どこからきたのか分からないが、王都の人間は未だ魔法主義だし、外の脅威である魔物達の中にも火薬を使うものなどいない。



「よーしこっち来るぞ、移動だ」



 二人は廊下を全力で走り出した。背後からガラスの割れる派手な音が聞こえたが無視して一階へつながる階段を駆け降りる。



「ついでにどっか改修する?」


「食堂綺麗にしたいスね〜」


「了解」



 ちょうど通りかかった食堂へポーンと軽い感じで手榴弾を投げ込む。

 そのまま走り抜けた二人の後ろでドンッと景気良く炸裂した手榴弾の音にサヨは「ハハッ」とちょっと機嫌よく笑った。



「ここの食堂味は良いんスけどね〜、設備古いんスよ、冷たい水出ないし」


「あの飲み水用の魔法機だろ?マジでぬるいよな」


「きっとみんなこの先三年ぬるい水飲むくらいなら、三ヶ月食堂が改修工事で使えないくらいどうって事ないスよね〜」


「だよなー」



 朗らかに笑いながら二人は走る。デスクに向き合って要領を得ない社外秘の書類を読んでいる時よりもずっと明るい顔色だった。


 何せ本来二人は召喚課所属事故処理係。

 ここで言う事故処理とは召喚術失敗時の化け物退治であった。


 召喚士が召喚するのは人間だけではない。むしろ多くは精霊や霊獣だ。

 けれど毎回成功するわけではない。失敗してよく分からない魔物を呼び出してしまったり、まったく言うことを聞かない上位精霊を呼び出してしまったりした時に対応するのが二人の仕事だった。

 生贄係と言われていた時代もあった様だが、二人が入ってからは別の意味で避けられている。


 だってすぐに火薬を使う。


 ジェイクは銃を持っているし、サヨは元違法武器商人の爆発物オタクだ。

 魔法主義の召喚士達からは当然いい顔をされない。

 彼らは最近流行りの透明度の高い窓ガラスを大量に使った頑丈な建物の中で、近代科学など野蛮で無粋だと声高に歌っている様な人たちなので。



「お、いるいる」



 広い中庭の対面に侵入者を見つけてジェイクは手榴弾をポンと投げて耳を塞ぐ。

 するとそれなりの距離があったにも関わらず、ものすごい速さで近づいて来た侵入者の目の前でドンッと爆発した。

 侵入者はやはり爆薬に慣れていないらしく動揺している。

 その隙に走りながら二個ほど手榴弾を放り、二人が出てきた転送棟の対面にある転移棟へと飛び込んだ。



「よし、爆弾あるだけ仕掛けるぞ」



 転移棟には侵入者撃退のために犠牲になってもらおう。

 悲しいけれど仕方がないのだ。


 ジェイクはサヨの持っているリュックから機嫌良く爆発物を物色する。



「先輩先輩先輩」



 サヨが窓の外を指さして珍しく興奮した様に頬を赤くさせていた。



「んだよ静かにしろ」


「あいつが持ってるの、あれ、あれ聖剣スよ」


「は?」



 サヨの言葉にもう一度フードの男を見る。


 確かに右手に持っている剣、どこかで見覚えがあるとは思ったが、そうだ書類だ。

「聖剣紛失転送事故」の書類に載っていた聖剣の写真と似ている。

 聖剣は宝剣でもあり、宝物庫に入れていても何ら遜色のない宝石の付いた金の鞘、その上グリップも金でそりゃもう派手なのだ。



「なに?なんで?聖剣って勇者にしか使えないっつー話だよな?じゃああいつ勇者?いやでも鞘がねーから聖剣かわかんねーな……」


「勇者にしてはだいぶ闇堕ちしてるっスけどね」


「そもそも勇者が生まれたなんて話……」



 そこまで言ってジェイクは喉がクッと閉まってものすごい勢いで情報が頭の中を回った。書類の内容だとか、最近の情勢だとか、自社のきな臭さとかそう言うのが一気につながって一つの答えが弾き出される。



「これあれか、秘密裏に勇者誕生させたんだな…」


「秘密裏に?」


「最近やたらと魔物の討伐が上手くいってると思ったんだよ」



 ガラックと言えば一時期町の壊滅を噂される程には魔物の被害が酷かったところだ。

 それがいつからか王都からガラックへ派遣された討伐隊の活躍ばかりが聞こえてくる様になった。



「え、じゃああの討伐隊の活躍って本当は勇者がやってたみたいなことスか?」


「多分な。で、経緯はしらねえけど、なんかがあって勇者から聖剣取り上げてあいつを処分する事になったけど失敗して」


「ブチギレ闇堕ち勇者の完成って事スね〜」



 サヨはなるほど、酷いことするっスね〜まったくと言った顔をした後、目をパチパチさせて首を傾げた。



「でもそれうち関係なくないっスか?」


「そもそもうちがあいつを勇者召喚で呼んだんだろ」


「あー……」



 いつも半笑いのサヨが珍しく渋い顔で黙り込んだ。

 そう言うの、この会社良くやるのだ。大抵国規模での依頼で報酬が良いから。


 このセンターには異世界人召喚ができる設備が整っている。誰でも簡単にとは言わないが、人体召喚のプロフェッショナル達が作り上げた魔法陣を用いて大量の魔力か生贄かがあれば六割くらいは成功する。

 反動で召喚士の魔力が無くなる事もあるので滅多にしたがらないが。


まぁ。

と言うわけで、彼は勇者かもしれない。



「転移棟に誘導して建物爆破解体に巻き込んでやろうと思ってたが、話が変わってくるな」



 ジェイクは二本目の煙草を持った手でポリポリと頭をかいた。

 侵入者が勇者でうちがご迷惑お掛けしてんならある程度どうにかしてやりたい。勇者の目的はまぁおそらくこの施設の破壊だろうがそれはこっちが困るのでどうにか間をとりたいと思考を巡らす。

 社員として素晴らしい心構えである。



「人体召喚陣使うか」


「送り返すってことはスか?」


「おー、元はこっちがやらかしてんならそんくらいのサービスしてやる」


「魔力はどうするんスか?」


「あるだろでかいのがよ、聖剣だよ聖剣!」


「まじスか?ハハ、それ良いスね」



 聖剣のために呼び出した勇者を聖剣の魔力で元の世界に送り返す作戦らしい。


 サヨは笑った。


 最近サヨはちょっと楽しい。上司が面白いからだ。



「今手榴弾以外なにがある?」


「ロッカー寄れてないんであんまないっスよ、閃光弾と煙幕くらいス」


「十分」



 ジェイクはサヨお手製ハッピー⭐︎手榴弾を手に立ち上がった。






 勇者は近距離で喰らう爆音に脳を揺さぶられていた。

 耳の奥からずっとキーンと言う高い耳鳴りがしているのだ。この世界にきて初めての衝撃に混乱する。


 彼は高校生だった。


 ある日突然この世界に召喚され、何もわからないまま聖剣を渡され、それを鞘から抜いただけで勇者となった。

 国のお偉いさんとやらに歓迎され浮かれていたのは最初だけ。

 家庭環境の良くなかった彼は、最初こそ必要とされる日々に喜びを感じていたけれど日に日に消耗していった。


 前の世界ほど食事は美味しくないし、娯楽もない。

 それほど仲良くない隊士達と休みもなく毎日毎日同じ町から出て森で魔物を斬り殺すだけ。


 そうしてついにもうこれ以上酷使されるのは嫌だと、元の世界に返して欲しい、それが出来ないなら逃げ出してやると不満をこぼした。

 それだけで寝ている時に何人もの隊士が部屋に押し込んできた。

 聖剣を取り上げられ抵抗虚しく捕らえられ、魔物の森の奥に簡単に捨てられた。


ふざけるな。

腹の底がザワザワとして気持ちが悪かった。


 どうにか木のうろに身を隠し夜を明かした。

 何か目印があるわけでもない森の中、連れてこられた時に目隠しもされていたので森を抜ける道は分からない。

 けれど、どう言うわけかその日のうちに聖剣が手元に転送されてきた。聖剣にとって所有者が自分のままだったのだろう。

 これさえあればどうにでもなる。膨大な魔力を持ったこの剣は常に所有者を守るために動いてくれる。

 彼は聖剣の柄を握りしめた。


 そうして今。


 二週間をかけて彼はここにやって来た。

 自分をよびだしたこの場所で破壊の限りを尽くそうとやって来たのだ。

 こんな世界にもう二度と勇者など呼ばせないと言う使命感ですらあった。



「こんにちわ〜」



 女の声だ。


 ぼわ、と響くが聞こえないこともない。

 左手の建物の二階から顔を出して、煙草の煙を口から吐いている。

 聖剣の力を持って飛び出せばすぐの距離。



「なんかあれスよね、ウチの会社が召喚しちゃって色々あって闇落ちしちゃった系スよね〜」



 気だるそうに喋るサヨに勇者は目を向けた。



「提案なんスけど、元の世界に今から戻させて頂くんでお怒りおさめてくれねぇスかね〜」



 なにを都合のいいことをと勇者は思う。


 不要になれば簡単に殺そうとする様なところだ、戻すと言いつつ何をされるか分からないと勇者は鼻にシワを寄せた。



「もうお前らの言うことなんか信じられない」


「スよね〜、残念」



 サヨは煙草を口に咥えてから勇者に向かって躊躇いなくお手製のハッピー⭐︎弾を放った。



「馬鹿みたいに爆弾ばかり投げたって無駄だってわかんないのか!!」



 勇者が剣を振るう前に、上空にあるそれからカチンッと音がして、とんでもない光が発せられる。


 閃光弾だ。



「カッ、くっ、そ……!!」



 閃光弾で目を潰された勇者が顔を覆う。

 それと同時にまたドンッと爆発音がして剣を構えるが、目の奥がチカチカして状況がわからない。

 聴覚に神経を集中させると、誰かが高いところから地面に着地した音と走り出す音。

 恐らくさっきの女が二階から飛び降りて逃げたのだ。



「く、……」



 勇者はいまだに戻りきらない視界のまま歩き出した。


 さっきの爆発で破壊されたのだろう壁がある。中へ逃げ込んだのだろうか。

 まだ視界はチカチカするが壊れた壁から室内へ入り、中にあった扉を蹴破る。



「ど、こに、逃げても無駄だぁ!タバコの匂いでわかるんだよ!」



 中は真白い部屋だった。


 今の目には痛いくらい白い壁、床に描かれた大きく複雑な魔法陣だけがある。

 そんな部屋の中央に短くなった煙草がひとつ。

 複雑な魔法陣の上に直接ポツンと置かれていた。煙を上げるそれに舌打ちしながら勇者は近づく。



「どこに、」


「本日は」



 ジェイクの声が後ろから。


 勇者が瞬時に振り返ったがそれよりも早くジェイクがポンと手榴弾を山なりに放った。

 それに反応した勇者が聖剣を振ろうとした瞬間、魔法陣が眩く光った。



「なに、」


「ハッピー⭐︎転移転送センターのご利用ありがとうございましたァ」



 カッ、とさらに魔法陣が眩しく光って勇者の姿が認識出来なくなった。

 消えたかどうかはわからない。ガンと手榴弾が床に落ちる音を聞いたからだ。即座に背を向けて走り出したジェイクの背後で大きな爆発音がなった。


 口に煙草を咥えたサヨが、壊れた壁の向こうからひょっこり顔を出す。



「どうスか?勇者帰った?」


「帰った帰った、多分なァ」



 こうして闇堕ち勇者によるセンター襲撃事件は幕を閉じたのだった。





⭐︎


「なんで俺らが始末書書いてんだろうな」


「本当スよ、私らめっちゃ頑張って侵入者排除したのに」



 二人は独房みたいな窓の無い部屋で始末書をかいていた。


 聖剣と召喚課の技術の結晶である魔法陣システムを同時に爆破したのだ。

 とても、とても凄く、上司に詰められた。



「私らが対応しなかったら絶対もっと被害酷かったスけどね〜」


「だよな、聖剣も爆破したけど折れなかったし、勇者は帰れたしハッピーエンドだろ」



 はぁー…、と二人揃ってため息を吐くと、唯一ある木製の扉がドンッと叩かれた。

 良いから早く書けの意味である。



「仕方ねぇ、さっさと書いてこんな所出るぞ」


「あーい」



 そうして眉間にシワを寄せた銀の髪の男と、乾いた笑いをこぼした黒髪の女は手元の書類に視線を戻した。




おしまい

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ハッピー⭐︎転移・転送センター 青柳 誓 @Aoyagi_Chika

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