私は映画が観られない
谷地雪@第三回ひなた短編文学賞【大賞】
第1話
私は映画館で映画が観られない。
ハッピー作品とアニメ以外。
まあまあまあちょっと待ってくれ。これは別に趣味嗜好の話じゃない。
タイトル詐欺だと言われたらそれまでだが、何せ今はタイあらで目を引かない限り本文を読まれない。
タイあらで少しでも興味を持ったなら、短編の文字量くらい流し読みできるだろう。ほんの5分程度だ、良ければ付き合ってほしい。
私は映画が好きだ。
そりゃ毎日何本も見ているような映画好きと比べたら見ている量はとんでもなく少ないが、ああいうのはマニアであって、好きだと言うのに本数も熱量も関係がない。
コロナ前、まだ出社していた頃、会社近くに映画館があった。
水曜日はレディースデー。通常より安く見られる。だから私は、よく水曜日の仕事終わりに映画館に通っていた。
疲れていれば集中力も落ちるが、大きな問題を感じたことはない。閉鎖空間は苦手だったが、この頃はまだ映画は映画館で観るのが最も適していると思っていたし、僅かでも動員数に貢献したかった。
しかしコロナ後。リモートワークになり、出社する機会がめっきり減った。
私は映画館と同じビルに入っていたジムを退会して、映画館にも行かなくなった。
外に全く出ないわけではないので、どうしても観たい映画がある時は観に行ったが、私は予定をパズルしたがる。ひとつの予定のために出かけることはなかなかない。だって定期ないし。とにかく金がない。
従って、映画のために出かけることはなく、何かの予定と組み合わせることができたら観に行く、となった。
この行動に拍車をかけたのは、最近の配信のスピードだ。
わざわざ映画館に行かなくても、映画館での上映期間終了後、すぐに配信で観ることができる。
当然配信の方が安価であるし、トイレや感染の心配もしなくて済む。私は映画を配信で観ることが多くなった。
最新のものに拘らなければ、サブスクでいくらでも観ることができる。焦って映画館で観る必要性を感じなくなっていた。
それでも、映画館に行かないと手に入らないものがある。
入場特典だ。
これはほとんどアニメ界隈にしかない。だから私は、有名なアニメだけたまに映画館に観に行っていた。
その時は、まだ問題を感じなかった。
事が起きたのは、洋画「オッペンハイマー」を観に行った時。
皆様ご存知の通り、あれは原爆の話である。日本人なら観るべきだと思ったし、周囲の評価も良かったので観に行った。
この頃、ちょうど発達障害の検査を始めた時期だった。
私には感覚過敏がある。大きな音やチカチカした画面は元々苦手だったが、それまでは問題なく映画を観ていたし、ライブハウスに行ったこともある。ただし結構前。
ところが、何故だか、この映画の音がダメだった。
ゴーゴーと胸の奥に響くような、不安になる音。
爆発のシーンが連続したわけでもないのに、BGMだろうか、とにかく音がダメだった。題材のせいもあったのかもしれない。
急激な不安に襲われて、動機が激しくなり、手が震え、呼吸も苦しくなりかけて、これは無理だと序盤で席を立った。
幸い映画館はガラガラだったし、私は常に端の席か、空いていなければ最後列の前が広い席を取るようにしているので、誰の前を横切ることもなく出ていけた。
映画は決して安くない。観たくてお金を払って席に着いたのに、最後まで観られなかった。これはショックだった。
この経験から、私は映画館に行くことが怖くなった。
SNSで泣き言を零して、ライブ用耳栓を薦めてもらい、すぐにそれを購入した。
映画館でイヤーマフの貸し出しをしていることは知っていたが、あれは子ども用しかないのだ。大人用も欲しい。
買ったものの、オッペンハイマーの恐怖はこびりついており、洋画を観るのは怖かった。
暫くして、私は耳栓をつけて、爆発のあるアニメ映画を観に行った。
アニメなんかい、と突っ込まれそうだが、映画館そのものが怖くなっていたので、リハビリとしてアニメしか選べなかった。
結果的にアニメは最後まで観ることができ、「アニメなら大丈夫」という成功体験になった。
不安感。言葉にすると、なんとも軽い。
不安なんて誰でも感じるものだろう。
けれど私はこれが原因で、日常に支障をきたしている。
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