聖夜の奇跡

ポン太郎

聖夜の奇跡


ボサボサの髪の毛を触って、朝が来たと実感する。

クリスマスの朝、子供たちは外でサンタからのプレゼントを見せ合い、カップルたちは愛を語り合う。

そんな日に私は1人。

手帳の空白を眺めながら、虚無感と寂しさに襲われた。

今頃、友達や想い人は誰かと過ごしているのだろうか。

イヴの昨日からずっと、一緒の人もいるんだろうな。

変な憶測が私の心をざわつかせる。

ああ、悔しいな。

こんな1人ぼっちの苦しみを味わうしかないなんて。




ジャージを羽織って、外へ買い出しに行く。

髪はボサボサのまま、冴えない顔をして街を歩く。

外にはやはり、子供たちがはしゃぐ姿、カップルの幸せそうな姿。

私はそんな光景に反吐が出そうになった。

幸せそうでなによりですね、と嫌味の一つでもこぼしてやりたいぐらいだった。

でも、今日は聖夜。

そんな邪念ごと、世間に押し殺されるのであった。




近所のスーパーでも、小さなクリスマスツリーや飾りがあった。

どこでも浮かれ気分な世間に嫌気が刺す。

でも、子供達を見てるとどうしても憎めない。

むしろ、楽しそうな光景を見て微笑ましいとさえ感じる。

私も、子供の頃は楽しかったな。

1人寂しく店内に入る。

もちろん、ボロボロの上下ジャージにサンダルの私は貧乏だ。

お金なんて、あれば全部ギャンブルに溶かしてしまう。

しがない小説家には、楽しみなんてないのだ。

そんな捻くれた思考を巡らせながら、ケーキ売り場に足を運んだ。

本当はそこで止まるつもりはなかった。

でも、無意識に目に止まった。

気づけば足を動かしていたということになる。

安いものでも600円を超える高級スイーツ。

私には到底買えない代物だ。

だが、こんな日ぐらい少し贅沢したっていいんじゃないか?


周りを見れば、贅を極める者たちの幸福な様子を見ることしかできない。


私は迷いなく、600円のハーフカットのショートケーキを買った。

高いし、食べ切れるかどうかも怪しい。

だが、どうせ1人なんだ。

少しくらい無茶したって、誰に咎められることもない。

まあ、誰からも構ってもらえないという解釈もできるが。


「レジ袋は入りますか?」


「あ、はい。」


ガサッ


「またのお越しをお待ちしております。」


今日初めての会話は、店員とのレジ袋のやり取りだった。

切ない、悔しい思いが残る。



だがそれ以上に私には重い気持ちがのしかかる。

買ってしまった。

その罪悪感が心を蝕む。

雪が降りしきる外は、私の冷え切った心を凍らせようとさせてくる。

でも、今日ぐらいいいじゃないか。

どうせ売れない、冴えない小説家なんて誰にも声をかけられることはない。

1人寂しく、帰路に着く。




アパートの階段を一段一段上がるたび、雪のザクっという音が聞こえる。

玄関のドアが凍りついてないことを祈って、ドアを開ける。

幸い、凍ってなかったようだ。

ドアを閉め、靴を脱ぎ、ハンガーにジャージをかける。

そして、ちゃぶ台のような低い机のそばにどかっと座り、私は袋からケーキを出す。

サンタ帽のように真っ赤なイチゴに、真っ白なゲレンデのような輝きを放つ生クリーム。

色彩豊かなその食べ物を、私は鑑賞物としてしばらく眺めてしまった。

おそるおそるパックを開くと、甘い香りがぶわっと部屋の中に充満した。

ああ、美味しそうだ。

ケーキなんていつぶりだろう、幼少期以来かもしれない。

私は無心でケーキにフォークを突き刺し、かぶりついた。

まるで骨付き肉でも食べる原始人のように。

生クリームがあえなくこぼれそうになったところで、一度皿に戻す。

こんなに、美味しいモノだっけ。

不思議と、目には涙を溜めていた。

1人の苦しみを癒すかのように甘い香りが私の傷口を包む。

ああ、子供の頃はこれが好きだった。



母子家庭の私には、サンタなど来ないと思っていた。

でも、人より見窄らしい生活をしているからと言って、私は母を恨んだことはない。

母はいつも私一番に生活をさせてくれた。

やりたいことも、なんでもさせてくれた。

そんな不自由ない生活を送っていた反面、母の負担はとても大きいものだったろう。

だが、いつも母はそんな状況なのに辛い顔を一つも見せずに笑顔でいた。

小学2年のクリスマスイヴ、私はいつも通り納豆ご飯を流し込んで母に言った。


「僕、サンタさんにお手紙書く!」


「いい提案ね!どんなお手紙を書くのかしら。」


「言っとくけど、ママ宛じゃないからね!見ちゃダメだよ!」




そうして寝たあとだ。



リビングからかすかに聞こえる声り



「あの子ったら…どうしましょ…。」



声の正体は、サンタではなく困り果てる母のものだった。

なぜなら、私は「いつでも話せる友達が欲しい!」と書いていたからだ。

そんなモノ、昔にはなかった。



だが母は探し当てたのだ。



翌朝、枕元には大きな赤い包があった。

無我夢中で中身を見ようと必死に紐を解く。

出てきたものは、大きく立派なクマのぬいぐるみだった。

私は、飛んで喜んだ。

そのぬいぐるみに飛びついてニコニコしていた。

母はその様子を見て笑顔で「サンタさんがいてよかったねぇ」と穏やかに笑う。

その目には、疲れとクマが強く出ていた。


夕飯には久々のケーキ、それもショートケーキという大好物が並んだ。


「デザートだから、ご飯食べた後に食べるのよ!」


「うぅ〜…わかった!」


そうして私はご飯をいつも通り流し込み、ケーキに一心不乱に向かって行った。

母の器用な手で切り分けられたケーキをフォークで刺し、かぶりついた。

口には、目一杯の生クリームがついた。




それを思い出した。

ああ、私はずっとあの頃の幸せを追い求めていたのだな。

あのクマのぬいぐるみも、今では実家の使われていない私の寝室の端っこにいる。


母は元気だろうか。





その日、私は久しぶりに母に連絡した。



「今度、実家帰るよ。心配ないよ、僕は大丈夫だからさ。」


「体には気をつけなさいよ、あなたの帰りを楽しみに待ってるわ。」



少しやつれ、疲れ気味の母の声は私の心配を昂らせ、また、少し安堵した。



外では綺麗な月景色に雪が降り、屋根は一面真っ白だった。

外でかすかに、シャンシャンッとベルの鳴る音がした。



「メリークリスマス」




〜fin〜

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聖夜の奇跡 ポン太郎 @uri_ponta

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