あいつはムカつくカイタくん

夏目凪

あいつはムカつくカイタくん

 掃除用具をもって四階に上がる。大掃除の教室担当は本当に面倒くさい。それでも、なんとか頑張れているのはこの大掃除が終われば夏休みに突入するからだ。一ヶ月以上の休みが待ち構えているとあれば、頑張るしかない。


 下に掃除用具を取りに行ったのは二人。アタシと、なんかモテてそうな男。


「あ、レイ。昨日のデータありがと。後でまた送っとくね」

「ううん。全然大丈夫」


 ほら、あの子だってほっぺたが赤くなってる。罪な男だ、本当に。


 面良し、声良し、気遣い良し、学力良し。ついでに運動神経も良し。逆に何ができないんだこの男。感心を通り越してムカついてくる。


 そしてクラスに掃除用具を届けたあとも、同じ場所を掃除していた気がする。




「つまり何? 惚れちゃったからミコ様助けてーって話?」

「それ絶対話聞いてないでしょ。完璧人間ムカつくって話だよ」


 私の友人、もといミコはケラケラと笑っている。こういう下品なところが好きだ。一緒にいて楽しい。


「まあたぶん、ああいう人が生徒にいたら惚れちゃうけどねえ。先生って大変」

「同級生としては惚れないの?」

「いや、あり得ないでしょ。ああいういかにも陽の気まとってますって人嫌い。それで気遣いできるやつはもっと嫌い」

「まあ、そういう人にいられると我らクラスの端っこ族は惨めだよねえ」


 惨めじゃないし。でも、その言葉は負け犬の遠吠えになりそうだったのでやめた。鞄の中に仕舞われた、評定平均が3.5を切った通知表が惨めさを物語っていた。何も勝てていない。


「マヂでムカつく。燃えちまえ。私の通知表を燃料にするから……」

「こりゃあ重症だ」


 何がだ。ただムカつくものをムカつくと言っただけだ。まあ、ちょっと愚痴が入って攻撃的な言葉ではあったかもしれないが。


 お腹がぐうとなる。学校の食堂で昼食を食べる時間だ。しかし、今は確実に混んでいるので行きたくない。


 そんなことを思いながら恨めしそうに食堂の方を向いていた。


「あ、リンとミコじゃん」


 ドアの方を見れば、件の男が教室に入ってきていた。机の中からノートを取り出して鞄に仕舞う。どうやら忘れ物を取りに来たようだった。


 いっそのこと、家に帰ってから気づけばよかったのに。そうしてまた学校に取りに戻る無駄な時間を過ごせばよかったのに。


 やっぱり、どこか攻撃性が高いような気がする。とはいえ、ムカつくものはムカつくのだ。口に出していないだけ偉い。そう思わなければ。


「ねえ、カイター。聞いてみたけど、リンはカイタのことあんまり好きじゃないって」

「え、何言ってんの」


 ミコがいきなりカミングアウトを始める。それ、本人の前では絶対に言っちゃいけないやつじゃないのか。


「やっぱりそうかぁ。俺は好きなんだけどな」

「は?」


 脳内に廃棄寸前のISSが映し出される。背景の宇宙は綺麗だ。


 じゃなくて、なんて言った今。コイツ、アタシの間違いじゃなければ好きとか言わなかったか。


「最近は協力してもらって、一緒にいる時間を増やしてたんだがな」

「大掃除も?」


 ミコとカイタが示し合わせたように頷く。どうやらグルだったらしい。綺麗に二人の手のひらの上で踊っていたようだ。


「俺とは考えられない?」

「無理。無理だから」


 カイタが一歩近づいてくるから、一歩後ずさった。そう、無理だよね?


 たぶん、その時の私は茹でダコくらい真っ赤になっていた。

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あいつはムカつくカイタくん 夏目凪 @natsumenagi

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