なぜ「金持ち父さん貧乏父さん」はマルチの勧誘に使われるのか?
Sさんと絶縁した後、Sさんの背後にいた組織が99.9%でマルチなんだろうと思っていたのだが、0.1%で別に怪しい組織でもなくて自分が本当にコミュ障で交流の道を断ってしまったのかもと考えているところはあった。
だから、現在流行っているマルチがどんなものが知る必要があると感じて、調べてみることにした。
今流行りの悪質マルチは「事業家集団」「環境」「チーム」等と呼ばれているそうだ。ただ、自分が彼らから話を聞いたときはそのような単語は1つも出てこなかった。やはり内部の実態を徹底的に漏らさないよう注意を払っているんだと思う。
この「事業家集団環境」というのが何をしているのかというと、詳しくは各自で調べた方がよいが、一応簡単に説明すると、この集団は会社で働くことではなく、構成員に対し起業して独立させることを目標とさせている。
組織構成の上位存在である「師匠」が下位存在である「弟子」たちに起業を成功させるために、自己啓発セミナーやオーガニックの化粧品なんかを売りつけるのである。
そして、「弟子」たちは起業するために投資に邁進するのではなく、「ビジネスパートナー」という新規の勧誘者を開拓していき自分の傘下に取り込んでいくことを徹底させられる。そして、自分の傘下が十分な数となると免許皆伝よろしく個人店の経営を任せられるようになるのだ。しかし、たいていの場合そうはならない。「自己投資」とは名ばかりの上納金を納め続けていくうちに、首が回らなくなり借金する者、「師匠」の強い勧めによって「シェアハウス」といったらウソまみれのタコ部屋にぶち込まれてしまうのである。
その後、一回燃やした「金持ち父さん貧乏父さん」をもう一度読みたくなってしまった。さすがにまた買ってくるのはアホすぎるので、図書館で借りることにした。色んな人に読まれているかせいかボロボロになっている。
正直、内容はそこまで面白くなかった。文体は私小説に近いので読みやすくはあるんだけど、あまり具体的な話は出てこないし、「お金でお金を稼ぐこと」の素晴らしさをいくら説明されても伝わってこない。(自分が金稼ぎに興味がないのもあるが)よくアムウェイの商品は出来がいいと同じように、この本もマルチの勧誘に使われるが中身は勉強になるって言葉を見かけるけど、それも懐疑的である。(大分古い本だし読むにしてももっと最近のがいいだろとも思う)
だから、この本で直接書かれているメッセージの解説はできないんだけど、少なくともこの本のナラティブ・物語性はマルチの勧誘に利用されていて、その点については批判されるべきだと思う。でも意外に「金持ち父さん貧乏父さん」のあらすじとマルチ勧誘の関連性が語られているのはネットで見たことがないので、ここは自分が声を大にして語りたい。
この本のあらすじを説明する。
とある少年には二人の父さんがいて、とても対照的である。
貧乏父さんは目の前の仕事に一生懸命になることを説き、金持ち父さんは自分で仕事をして稼ぐのではなく、お金でお金を稼ぐようにするのだと説く。
二人の父さんっていうんだけど、どちらが本当のお父さんになるのだろうか。なんと、貧乏父さんの方が少年の実父で、しかも高学歴の大学教授なのである。逆に金持ち父さんは高卒で学がないはずなのに、お金の稼ぎ方だけは学んだといって金持ちになっている。
少年はなにかとよくしてくれる金持ち父さんの話を聞くようになり、やがては師事して自分も金持ちになっていく…というのがだいたいのあらすじである。
脱法マルチについて色々学んだ後に、この話の流れを読んでみると、あらすじ自体がマルチ勧誘の流れと非常に似ている、というかマルチ側がこの金持ち父さんのナラティブを勧誘に取り込んだんだなと思った。
マルチ勧誘を受けると、たいていその人が師事している「師匠」を紹介したいと言ってくる。だけど、そんな得体の知れない「師匠」なんていきなり紹介しても警戒するにきまってる。じゃあ、会う前に「金持ち父さん貧乏父さん」を読んでみてよと渡されたとしよう。
本の中で少年は自分のお父さんではなく、経営・金稼ぎについて熟知している友達の父さんに話を聞く。それもそうか、これからお金を稼ぐのならそれについて詳しい専門家に話を伺うのも当然かもしれない。
そのようにしてこの本の物語を受けいれると、現実に「師匠」いや「リアル金持ち父さん」が自分の人生に入り込んでしまうのだ。
この本を読んでいて嫌だったのが、実父である貧乏父さん側の意見・存在がほとんど書かれていないことだった。
たま~に、「働けば豊かになる」「勤勉が大事」と次に語られる金持ち父さんの言うことの前座扱いにされるだけで、この人が大学でどんなことを教えているのか、家庭でどんなふうに過ごしているのかが書かれていない。少なくとも教師という仕事は社会にインパクトを与える有用な仕事なはずなのに、そのことに一切触れていないのはどうかと思った。
この貧乏父さんの影の薄さが「金持ち父さん」の物語を危ないものにしていると思う。それは、親しい家族や友人の言うことを聞くより、金を稼いでいる金持ち父さんの話を聞いた方が君は成功できると暗に言っているようなもので、すなわち家族・友人をドリームキラー(自分の夢・目標を阻害する人たちのこと)に仕立て上げてしまう力がこの本にはあるのだ。
なぜ「金持ち父さん貧乏父さん」はマルチの勧誘に使われるのか?
自分がいくらこの物語の危険性について語ったところで、
「別にそれは貴方の解釈というだけでは?ロバートキヨサキが直接家族・友達と縁を切れって言った訳でもないのに。」
と批判されるだろうし、その指摘は当たっている。
確かに著者が直接そういうメッセージ伝えているわけではない。
だが、それが物語の怖さなのだ。
直接書かれていないからこそ物語に惹かれていく、直接書かれていないからこそ気づけば物語の少年と同じように動かされる。(必ず成功するという保証がないまま。)
「金持ち父さん貧乏父さん」では、「あなたが金を稼ぎたいと思うなら金稼ぎの専門家に師事を仰ぐべきで、自分の夢・目標を阻害する親しい人とは縁を切るべき」というメッセージが物語に組み込まれていて、それがマルチ勧誘に利用されたのではないだろうか。
そうでなければ、ただお金の稼ぎ方を学べるベストセラーがここまでマルチ勧誘に利用されるはずないのだが。(色んな人にマルチの話を聞いたけど、ほぼほぼこの本を紹介されたと言う。)
「金持ち父さん貧乏父さん」に限った話でなく、物語を利用して人の感情を過度に煽り操作しようとする動きが現代では特にみられる。
それは宗教だったり、陰謀論だったり、政治活動であったり、大体まとめられてカルトと言われるのだけど、自分が信じたい物語に必要以上に近づいてしまった結果、誰かにいいように使わされてしまうケースはどんどん増えている。
物語が好きだからこそ、できるだけ正しく解釈したいし、他人の物語に過度に流されることなく、自分の物語を歩んでいきたい。
それがとんでもなく難しいのは分かっているし、そういう気持ちですら誰かによって作らされたものなのかもしれないけど、自分は自分の足で歩きたいのだ。
初めて合コンに誘われた俺が、マルチの本を燃やした話 @thund_lightning
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