第二話

 『調理師』、それはこの国に絶対的忠誠を誓った者のみが集う軍人のことである。

 主な仕事は公にされてはいないが、トモル曰く侵入者の調理だそうだ。

 ここ最近のハルケの住まう町では侵入者がよく入ってきたがトモルが出るほどの大事にはならなかったのだという。町のものや外部のものがなんとかしてくれたそうだ。

 

 今、ハルケは兄の調理師としての腕を見せてくれるのかという期待で胸がいっぱいだった。

 ハルケの顔がやけに赤みを帯びているのもきっとそのせいだ。

 トモルに対してどのような姿を理想としているのかは本人もわからなかったがなぜか高揚感で満たされたハルケは目を輝かせるばかりだ。


『調理師だと……? それなら俺らの船に積んであるもんでなんか作ってくれてもいいんだぜ。そうだ、おかかえコックにしてもいい』


「食イ物ガアル。直チニ回収スルベシ」


 猪の四肢を削ぎ落とすのと同じ音がした。

 綺麗な断面図を描く侵入者の腕は人と同じ赤い血が流れていた。

 ぐぅ、と痛みを奥歯で噛んで飲み込んでいる姿は本当に人の姿とかわらなかった。


『ま、待て、命だけは助けてくれ。金が船に積まれている。金をやるから……』

「船はどこだ」


 侵入者の顔が一瞬強張る。いつの間にか侵入者の仲間達は背後で侵入者と同じように四肢のどこかしらを切られていた。顔を一気に青ざめる侵入者にトモルは顔を眉間に皺を作る。

 侵入者は全身をかすかに震えさせながらも踏ん張り、船へ案内する。


「コッチ、ダ」


 侵入者がこの国の言語でカタコトながらも喋った。

 トモルは何も言わない。ただ肉の塊の背後を追うだけだった。

 船に着くとトモルは食糧箱を渡すようにいった。渋々侵入者は食糧が詰まった大量の白い箱をトモルに渡した。白い箱には黒い線が繋がれている。白い箱を開けると冷気のようなものが外に漏れた。危険なものかとトモルは顔をしかめるが中に入っている食糧の鮮度が保たれているのを見てトモルは心底その箱への興味が失せた。金を慌てて持ってくる肉の塊にも興味などない。


 食べ物が良ければそれでいいのだ。


 食糧箱を町のものに手渡すとトモルは何かに満たされた。

 そして、考えるのだ。今日の夕飯は豪華だ、と。

 魚一匹しか釣れなかった残念な日が一気に祝いの席に座った時かのような幸せな一日なったようだった。

 トモルだけではなく町のものもトモル同様に何かに満たされていた。そんな表情で頬を赤らめていた。


 トモルの雰囲気が朗らかになる。頬をかすかに桃色にするそれは大変美しい。


「大変ご苦労だった」


 トモルの満面の笑みで視界がいっぱいになる中、侵入者達は本当の肉となったのだった。


 そう、肉が二つ。


「今日はいい日だ。食べ物が手に入るだけではなく我らが君主の愛するこの土地を守ることまでできた。さぁ、みんな今日は思う存分食べられるぞ」


 な、なんで、とうわごとかのようにいう肉にもう一度トモルは刀を刺す。刃が見えない武器でやられる傷はどれほど痛いのか。

 ハルケはそんな傷だらけの肉に近寄った。


「兄さん」


 ハルケは兄の後を町のものと追っていたためこの肉がどのようにできたのかも十分理解していた。

 だからこそ言える。


「兄さん、この肉は食べれないの?」


 まさに純粋なる子供の好奇心。

 それなのになぜかハルケの瞳と口はドロドロとした感情がこぼれ落ちそうだった。

 ハルケの小さな腹から大きな虫の音が鳴る。まるで夏でよく聞く蝉の音。

 トモルは優しくハルケの頭を撫でた。


「ハルケ、今日はご馳走なんだ。この肉は腐っているから俺らには食べれない」


 ハルケはじっと肉を見る。確かに不味そうだ。

 そして思うのだ。


(なんて気持ち悪い)


「もうすぐで本物の調理師のものがこのまちに到着する。この肉の調理はその人達に任せよう」

「そうしたら肉はどうなるのですか、兄さん。俺は食べものを無駄にしたくはありません」


 きっとハルケは腐った肉と言ったため捨てれると誤解しているのだろう。

 なんて純粋なんだとトモルは微笑む。


「なぁに、この国のものが食べ物を粗末にするわけではないだろ。気になるのならこの肉の調理過程を一緒に見ようか。きっとハルケがお願いしたら見せてくれるよ」


 そこでちょうど調理師の証である軍服を着たもの達が肉を回収しにきた。

 トモルは軽く調理師達に会釈するとハルケの背中を優しく押した。


「あ、あの」


 ハルケは恐る恐る尋ねる。


「俺、調理過程に興味があって……」


 すると強面だった調理師達の顔がみるみる笑顔になった。


「そうか、そうか、子供なのにもうその気があるのか! なんて強い子なんだ!」

「今から勉強すればきっと調理師になれるぞ!」

「君、一炊家のものだな? ならば隣の元調理師のものも一緒に来てもらおう。きっとこの国のものでも今から見せる光景は子供にはちょっと刺激が多すぎるからね」


 そこからは近くの小屋を借りての調理だった。

 まず、調理師が肉を全て小屋に持ってくると『解体師』が入ってきた。

 そこからは解体師というなに相応しいそれはそれは綺麗な刃物の扱いで肉を削ぎ落としていった。


「坊や、名前はなんていうんだい?」

「一炊晴慧イッスイハルケ」

「おぉ、一炊家のものでしたか。なら調理師についての説明は省くよ。ハルケくんは解体師っていうのは知っているかね」

「ううん、知らない」

「なら説明しようじゃないか」


 そこからハルケに中年の解体師が直々に解体師について説明をしてくれた。


 まず、解体師とはその名の通り、肉の解体をする。解体した後は綺麗にいらない部分、たとえば心臓や肝臓などを取り出す。決してその肉は食べていけないというのが約束らしい。ハルケがなぜと問えばそれは肉が腐っているからだと返ってくる。


「じゃあ、その肉はどこに行くの?」

「一度君主の元へ渡って選別が行われるよ。選別に受かったらその肉達は君主の糧となって受からなかったものは世界の人たちに売るんだ」

「う、うる……? 『うる』って何? 美味しいの?」


 解体師は豪快に笑った。


「違うよ、世の中にはそれをお金って言う硬貨で自分の欲しいものと交換するんだ。その交換のことを売買って言って、交換して欲しいってお願いして交換してもらうことを買う、それを受け入れて硬貨と交換してあげることを売るていうんだ。うーん説明が難しいなぁ」


「その硬貨ってやつは食べれないの?」

「あぁ、食えん」

「それって本当に価値があるの?」

「俺らにとってはないが外国とどうしても関わりを持たなければ成らなくなるとそうせざるをえない」


(どうして他の国はそんなものに価値があるって思うんだろう)


 その時だった。

 ガタ、と肉の落ちる音がした。そしてハルケの首をもつ。肉だと言うのに汚い唾を撒き散らしながら聞き取れない言葉を話す。そしてどこからかにしまっていたナイフを使ってハルケの首を掻き切る真似をする。解体師やトモルが近づこうとするとそのナイフを使ってハルケの首を切ろうとする。

 そして、肉はハルケを小屋から連れ出すとハルケを海へと投げ捨てた。


「ハルケ!!」


 トモルがハルケの手を掴もうとするが間にあうことはなかった。


「肉をすぐに殺せ! そいつは選別されるに相応しくない肉だ!」


 トモルの背後から肉が近づき、トモルも海に投げ飛ばされる。


(___兄さん!)


 すると、今度は解体師たちがハルケの方を指差した。


 海がまるで生きているかのように動いた。

 優しくハルケとトモルを守るかのように美しい魚たちで海上に道を作り、海水がハルケたちを元の場所まで連れて行った。

 元の場所にまで連れて行くと今度は天気が悪くなる。一つの雷が肉を黒くした。

 まさに肉がまるこげに焼かれるとはこのことだ。


「……我らが君主」


 トモルがポツリと呟く。あたりは霧でおおわれ視界が狭くなるにも関わらず、まるで神が国民を守るかのように霧が発生した。


「ハルケ、きっとこれは俺たちの神、君主様が俺らを守ってくれたんだ! 君主が現れる時には霧が発生したり

海が動いたりするらしい」


(本当か……?)

 

 ハルケは疑う。そしていつの間にか視界がだんだんと明るくなる。

 肉の塊が目の前にあるのに気づくと一つの肉がトモルの腹に大きな赤い傷をつけた。


「兄さん!!」


 雨が降る中トモルはその場に倒れ込むも今度は雨粒がその傷に触れると一瞬にして傷が消えた。そして先ほどと同じように肉が黒くなる。


 こんな偶然、神以外ありえない。



「君主様!! 君主様!!」


 いつの間にかハルケの周りには人だかりができていた。

 ハルケが気づかないだけで他にも多くの犠牲者がいたらしい。しかし、例の雨粒によって多くのものが救われ、肉たちは雷によって黒くなっていた。

 誰もがそれをもたらした君主を崇めるように何度も声をあげる。

 

(____すごい、人が一瞬で元に戻った)


 君主というのは本当にすごい。本来、人間では絶対にできないことをする。まさに神のような存在。

 きっと君主であれば飢えで苦しんでるものがいても病で苦しんでいるものでも霧で覆うように救ってくれる。

 ハルケにはそれが確信できた。

 そして小さな蕾が生まれる。心の小さな蕾が。


「兄さん……」


 倒れ込むトモルにハルケは駆け寄る。


「俺、君主様にあいたい」


 それはきっとハルケの最初で最後の好奇心の表れだった。

 

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