第一章 1話

そこは何もない空き地だった。


人の手は長い間入っていないだろうと、雑草の生え方をみれば直ぐにわかった。


太陽は、真上より西に落ちている。


風が強い。


男が二人、向き合っていた。


一人は長身の男。短めの髪形に、無精髭。垂れ目気味の両目は鋭く光っている。年齢は30歳過ぎと言った感じだろうか。


服の上からでも、大胸筋、太腿、広背筋の大きさがわかるほどの体格の男だった。


向かい合うもう一人の中年男は、小柄に見えるが、対照が無精髭の男だからだろう、170cm前後の身長に、ゆったりとした道着と袴を着用しているが、身体の分厚さが手に取るようにわかった。


無精髭の男のほうが20は若く見えた。


二人の間を、熱を持った緊張が走る。


「フッ!」


先に動いたのは無精髭の男。


鋭く息を吐き、一気に距離を潰す。


放ったのは左ジャブ。無精髭の男の左腕が、真っすぐと中年男に伸びていった。


中年男は上体を仰け反らせることで、ジャブを回避。


無精髭の男は左ジャブで終わらず、左拳を引くと同時に右のストレートを放った。


中年男は、その拳をわざと額で受けた。


躱せぬと思った瞬間、相手の拳を破壊する行動をとったのだ。


ー上手いー


無精髭の男はそう思うと同時に、右のミドルキックを放った。


袴の男は勢いのまま前に出る。前に出ることによってミドルキックのヒットポイントをズラす。


ミドルキックは足甲ではなく太腿辺りが当たった。


袴の男にダメージは無い。ただ、予想以上の衝撃に体勢を少し崩してしまう。


無精髭の男は右足を引くと同時に、袴の男の頭部を両手で抱え込んだ。


すかさず右の膝。着地と同時に左の膝。膝蹴りの連打を繰り出す。


袴の男は辛うじて両腕でガードする。そして耐える。無精髭の男の呼吸が乱れ、動きに隙が出来るのを耐え続ける。


膝蹴りの連打が7発を超えた辺りで、一瞬、無精髭の男の呼吸により動きが遅くなった。


その瞬間、無精髭の男の右足甲を強く踏みつける。


無精髭の男の口から「グゥ」と痛みによる吐息が漏れる。ただ今大事なのはダメージよりもバランスを取ること。


両足で踏ん張った無精髭の男の喉に、袴の男の右拳ー正確に言うと拳に沿って突き出された親指が突き立てられた。


その刹那、無精髭の男は両手の拘束を解き、袴の男を突き放した。


ほんの数十秒の攻防で、二人がただ者で無いことがわかる。


無精髭の男は、喉から少量出血している事に気付いた。そっと血を指で拭い言った。


「えげつない事をする」


口元には軽微な笑みが見える。


袴の男も吊られて返す。


「ふふっ。それはお互い様だ。」


絆にも似た、言葉に言い表せない感情が二人の間に流れる。


その空気を切り裂くように、袴の男が低い体勢で距離を詰めた。


ーやはり距離の詰め方が抜群に上手いー


無精髭の男は、迎え撃つ右膝蹴りとともに、そう思考した。


バチン!と肉と肉がぶつかる音が鳴る。


確かに右膝は袴の男の顔面から左肩付近に当たった。現に口元が切れ血が流れる。


ただ、袴の男はそのまま右膝を抱え込み前進した。


バランスを崩し、後方に倒れる無精髭の男。


袴の男は、すかさず相手の顔面に拳を叩き込む。


ニチャと嫌な音が響く。もう一発、右の鉄槌を放つ。


2発目を額で受け、無精髭の男は右手親指を袴の男の左目に突き立てようとした。


「チィッッッ!」と舌打ちと溜息が混じったような吐息を吐き、間一髪の所で上体を反らしソレをかわした。


その隙をつき、袴の男を蹴り飛ばし、体勢を立て直す無精髭の男。


また両者の間に距離が開いた。


ー考えるのはやめだー


無精髭の男は、そう考え一気に距離を詰める。


袴の男は半歩前に出る。その半歩の距離が、無精髭の男の距離感を狂わせる。


打撃をやめ、体そのものをぶつける。


ドンッとまるで車の事故の様な衝撃音が鳴り響いた。


後方に飛ばされる袴の男と、そのまま前進を続ける無精髭の男。


両者共に同じ考えに至った。


ーこの攻防が、最後の攻防になるー


両者共にダメージと言うダメージはない。ただ、互いに一撃で相手を壊すことが出来る者同士、戦いが長引くものではないと予感がした。


袴の男は両手を無精髭の男の肩に置くことにより、前進を止めた。


飛ばされた勢いを殺し、前進してくるエネルギーをそのまま返す様にカウンター気味の頭突きを放つ。


無精髭の男は、ソレを額で受ける。


ガンッと骨と骨がぶつかる音が響くと同時に両者の額から血が噴き出す。


より深くダメージを負ったのは袴の男だった。カウンターのカウンターで入った頭突き、それに加えて体格差がそのままダメージの差になった。


だが、両者は攻撃の手を止めない。


袴の男は中高一本拳を放つ。避ける。


無精髭の男は右肘を放つ。避ける。


両者の距離はほぼゼロ距離となっていた。


袴の男が、自身の持つ得意技を放つ為に、無精髭の男の襟を掴む。このまま柔道の腰払いに近い投げを行い、倒れた相手の喉を踏み潰す。それが彼が持つ武術の奥義であり必殺の得意技であった。


無精髭の男は襟を掴まれたまま、右足を後ろに下げ、半身の姿勢となる。そのまま身体を相手に預けた。


ーしまった!誘ったのか?!ー


袴の男は忘れていた。戦いの矜持が、相手への称賛が、気分の高揚が、肝心な事を忘れてしまっていた。


ーこの距離は彼の、あの流派のっっっ!ー


考え終わる前に、袴の男の鳩尾に強い衝撃が走る。


あまりの、意識外の衝撃に、堪らず顎を上げる。


その無防備になった顔面に、無精髭の男の拳がめり込む。


無精髭の男の渾身の左フックが、袴の男の意識を遠くまで吹き飛ばした。


この勝負、無精髭の男の勝ちとなった瞬間であった。


変わらぬ強い風が空き地を吹き抜けた。

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破拳 モズ @mozurock

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