第10話 手料理の魔法

​【手料理の魔法】

​「お待たせ。大したものは作れなかったけど、口に合うといいな」

​並べられた料理はどれも彩り豊かで、私のために彼が時間をかけて準備してくれたことが伝わってきた。

一口食べたパスタの優しい味に、喉の奥がツンと熱くなる。

「……美味しい。すごく美味しいキミ君」

​「良かった。実はさ、何が好きか分からなかったから、昨日からずっと献立考えてたんだよ」

照れくさそうに笑う彼。その笑顔を見ていると、私の心にこびりついていた「冷え切った日常」が、少しずつ溶けていくのを感じた。

​東京の自宅での夕食は、いつも無機質だった。

不倫を公言し、私を透明な存在としてしか扱わない夫。向かい合って座っていても、そこには会話も、視線の交差も、温もりもない。

「お前には興味がない」

その一言で私の心に空いた大きな穴を、キミ君が作ってくれた温かいスープが満たしていく。

​「どうしたの? 止まっちゃって」

「……ううん、なんでもない。幸せすぎて、ちょっとびっくりしてるだけ」

​嘘じゃない。私は、誰かに大切に扱われるという感覚を、もうずっと忘れていたのだ。

こんな時は、感動して涙が出るドラマで観た一場面は私くらいになると涙も出ないでフリーズしてしまうんだなという事が分かった。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る