故郷を滅ぼしたのは人類の守護者だった――復讐を誓った私の選択
@polypsuki
第1話 何もない日
その日、私は確信していた。
――故郷は、もう助からない。
低く、腹の底に響くような衝撃が走り、床が揺れた。直後、遠くの空が赤く染まり、爆音が遅れて届く。
「……え?」
胸の奥が、嫌な感覚で満たされていく。
警報が鳴り始めた。
――外界種の襲撃。
誰もがそう思う状況だった。
私も、そのときは疑わなかった。
この国で、街が滅びる理由は一つしかない。
どこからともなく現れる、人の理を外れた存在による侵攻だ。
だからこそ私たちは信じていた。
彼らが来るまで耐えればいいと。
対外界危機管理機構、通称MEKが、必ず守ってくれると。
けれど――
この夜、私の信じていた「当たり前」は、音を立てて崩れ去る。
⸻
――それより少し前のことだ。
まだ、ユリスが笑っていた頃。
まだ、この街が壊れていなかった頃の話。
私たちの住む国、アウレリア共和国は、外界種の多い国だ。
外界種――魔気を宿した、人の理から外れた存在。かつては人類にとって、抗いようのない災厄だった。
だが今は違う。
人類は真気を扱える。
真気は、人間なら誰もが微かに持つ内的エネルギーだ。意識せずとも、日常生活の中で使われている。
力仕事をするとき。
集中するとき。
無意識のうちに身体能力を底上げしている。
そして、訓練によって真気を高精度に運用できるようになった者は、外界種と戦える。
その役割を担うのが、
対外界危機管理機構――MEK。
共和国直轄の公的機関。
外界種への対処を専門とし、全国に支部を持つ。
巡回するMEK隊員の姿は日常風景の一部であり、
人々は平穏な日々が当たり前になっていた。
――守られている、という意識すらないほどに。
物語はアウレリア共和国の南部の地方都市、ダリアで始まる。
⸻
「今日の模擬戦、見た?」
「ユリスのやつ?
あれ、もう訓練生レベル超えてるだろ」
「教官が本気で褒めてたよ
あいつは絶頂の境地にいつか必ず到達するって」
朝の校舎。
そんな声が自然と集まる。
話題の中心にいるのは、ユリスだった。
端正な顔立ちに、陽気な性格。ユリスの周りには自然と人が集まる。
「やめろって。
たまたまだよ」
照れたように笑いながらも、歩き方には余裕がある。
真気制御の精度。
反応速度。
判断の早さ。
MEK志望コースの中でも、彼は明確に頭ひとつ抜けていた。
真気運用には段階が存在し、長い鍛錬を積んだ者は三流の境地に達する。これがMEK隊員になる最低条件だ。
多くの隊員は一流を目指し二流でキャリアを終えるが、才能に恵まれた者は絶頂の境地に至る。
しかしユリスはすでに二流の境地に至っていた。
「……たまたま、ね」
隣を歩くカイルが、呆れたように言う。
「俺なんて昨日の訓練でまた教官に怒られたぞ」
「でも基礎は安定してるって言われてたじゃん」
「それ、彼女に聞かれたら調子乗るから黙っとけ」
「もう乗ってると思う」
二人のやり取りに、後ろから声が飛ぶ。
「カイル先輩ー!」
振り向くと、同じ学園の女子生徒が手を振っていた。
カイルの彼女だ。美しい黒髪が特徴的な、一つ下の学年の人気者だ。
「今日、帰り一緒に帰れる?」
「ああ、うん。
少し遅くなるけど」
「了解!」
元気よく去っていく背中を見送りながら、ユリスが笑う。
「いいよな、お前は」
「何がだ」
「支えてくれる人がいるの」
「……お前だって」
言いかけて、言葉を切る。
その視線の先にいたのが――
「おはよう、二人とも」
朝の光を受けて立っている少女は、整いすぎるほど整った容姿をしていた。
長い髪、澄んだ瞳、自然体の笑顔。
――レイン。
学園の誰もが知る存在であり、同時に誰もが距離を測りかねる存在。
「おはよう、レイン」
自然に声の調子が変わるのを、ユリス自身が一番自覚していた。
「今日は早いね」
「うん。天気がよかったから」
他愛ない会話。
けれど周囲の空気が、ほんの少しだけ変わる。
「……もう夫婦みたいじゃん」
「カイル、聞こえてる」
小声のつもりの囁きに、レインが笑う。
「仲いいだけだよ」
その言葉に、ユリスはなぜか少し胸が痛んだ。
レインは、完璧だった。
成績優秀。
運動万能。
そして――誰が見ても分かるほど美しい。
分け隔てなく優しい彼女に心を奪われた男は数え切れない。
――“ああ、あの三人か”。
そんな、完成された認識。
「レインってさ、ほんと不公平だよね」
教室で、女子生徒が冗談めかして言う。
「勉強も運動もできて、性格もいいとか」
「もう嫉妬する気にもならない」
「分かる。」
「やめてよ、持ち上げすぎ」
レインは困ったように笑った。
彼女は、自分が特別だとは思っていない。
それが、さらに特別だった。
⸻
午前の授業は、真気基礎運用。
普通科にとっては、生活の延長線上にある科目だ。
MEK志望コースとは違い、戦闘的な運用までは踏み込まない。義務教育の範疇に真気運用が存在することがこそが、アウレリア共和国を大国に成長させた理由の一つである。
「呼吸を整えろ。
真気は“感じる”ものだ。無理に動かすな」
教官の声に従い、全員が目を閉じる。
ユリスはすぐに集中状態に入った。
体内の流れが、はっきりと分かる。
――やっぱり、調子いい。
ちらりと隣を見る。
レインは、穏やかな表情のままだった。
力んでいる様子もない。
なのに、微動だにしない。
(……安定しすぎだろ)
訓練生である自分より、よほど自然だった。
「レイン、すごいな……」
休憩時間に声をかけると、彼女は首を傾げた。
「そうかな?
言われた通りにしてるだけだよ」
「それができない人が大半なんだけどな……」
カイルが苦笑する。
「まあ、レインは一般人枠だからな。
隊員基準には全然届いてないし」
「ちょっと、言い方」
「事実だろ」
レインは気にした様子もなく、笑った。
「うん。私は戦えるような人じゃないから」
その言葉を、ユリスはなぜか否定したくなった。
————
放課後。
校門前で、何人かの同級生と別れる。
「じゃあな、ユリス。明日も朝練だろ?」
「ほどほどにな」
「レイン、また明日!」
「うん、またね」
夕暮れの空は、淡い橙色に染まっていた。
ユリスとレインは、並んで歩き出す。
この道を一緒に帰るのは、いつものことだ。
「今日も騒がしかったね」
「俺のせい?」
「半分くらい」
軽く笑い合う。
家が近い。
だから、自然と帰り道も一緒になる。
しばらく沈黙が続いたあと、ユリスが口を開いた。
「……なあ、レイン」
「なに?」
「来年の進路、どうする?クラスの奴らは女優になるんじゃないかって言ってたぞ」
唐突だけど、避けて通れない話題。軽い冗談を交えて。
レインは笑いながら答える。
「そんなわけないでしょ。普通に進学かな。
このまま一般コースで」
「そっか」
「ユリスは、MEKだよね」
「ああ」
即答だった。
「迷ってない?」
「全然」
その言い切り方に、レインは微笑む。
「ユリスらしい」
「そうかな」
「うん。
ちゃんと前見てる」
ユリスは、少しだけ歩く速度を落とした。
「……レインはさ」
「うん?」
「危ないこと、嫌いだよな」
「嫌いだよ。私は普通に働いて、大きい犬と子供2人、そんな幸せなそうな家庭を築くことが目標だから。」
「だよな」
それでも、彼は言葉を続ける。
「俺、たぶん……
向いてるからMEKをやるんじゃない」
「……」
「やらなきゃって思うから、やる。それこそレインの平穏な日常を守るためにもな」
レインは、足を止め笑いながら応えた。
「ありがと、応援してる。怪我しない範囲で頑張ってね」
「……善処する」
曖昧な返事に、レインは苦笑した。
家が見えてくる。
分かれ道。
「じゃあ、ここで」
「うん」
一瞬、言葉が途切れる。
レインが、少しだけ視線を伏せてから言った。
「来週も……
一緒に帰ろうね」
「当たり前だろ」
ユリスは、照れ隠しのように笑った。
「また明日」
「またね、ユリス」
そう言って、二人は別々の道へ進む。
それが、
最後の別れになるとも知らずに。
⸻
夜。
何もない1日が終わりを迎える中、まどろみが本のページをめくる指を遅らせる。
冬の夜の静寂が、遠くの風の音を届ける。
「……そろそろ寝ようかな」
その瞬間。
――ズン。
低く、重い衝撃。
床が震える。
「……え?」
次の瞬間、
遠くの空が赤く染まり、爆音が遅れて届いた。
警報が鳴り始める。
胸の奥が、嫌な感覚で満たされる。
しかし誰も、まだ知らない。
さっき交わした「またね」が、
どれほど残酷な言葉になるのかを。
そしてこの夜が、
彼女から平穏を望む権利を奪うことを。
そして――
彼女を待ち受ける壮絶な運命の螺旋を。
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