僕らは、生きてるだけでは足りなかった
@AsuAsaAshita
ぼく
教室は いつも同じ音で満ちていた。
チャイムが鳴り 黒板が消され 椅子が鳴る。
窓から入る光の中で 埃が浮いては落ちる。
それを毎日毎日 見ていた。
何かが起きそうで 何も起きない。
昨日と今日のちがいが 分からない。
笑っていても 体の中は ずっと静かだった。
優は思った。
生きているだけで 終わるのは いやだと。
その感覚に 名前はなかった。
ただ たりなかった。
優がその遊びを考えたのは 小学校の教室だった。
仲のいい友だちを 集めて ルールを作った。
くじで 一人を いじめられっ子にする。
他の子は いじめっ子。
それから もう一人だけ いじめを止める「良い子」を選ぶ。
いじめといっても 軽いものだった。
無視する からかう 物を隠す。
怪我は させない。
本当に 嫌になったら 手で バッテンを作れば すぐに やめる。
一週間が 終わったら 皆で プレゼントを あげる。
優は 良い考えだと 思った。
誰も 損をしない。
皆が 平行で 正しくて楽しい。
初めのうちは 楽しかった。
いじめられっ子も 「約束 だから」と 笑っていた。
プレゼントを もらうと 嬉しそうに していた。
でも 何回も 続けるうちに 変わってきた。
いじめるのも いじめられるのも 疲れてきた。
「どっちも 嫌だ」
そう言う子が 増えた。
皆 「良い子」を やりたがった。
止める人。
正しい人。
誰からも 責められない人。
その週 良い子に なったのは 優だった。
ある日 いじめられっ子が 優を 呼び止めた。
「もう 本当に ほんとうに嫌だ。怖いよ」
その時 優の 胸が 温かく なった。
少し可哀想だと 思った。
でも それよりも その言葉を 自分だけが 聞いているのが 嬉しかった。
優は 良い子を ちゃんと やった。
声は 優しく 叱る時も 穏やか。
いじめは 止める。
でも 全部は 止めない。
苦しさが 残る 所で 止めた。
皆は 安心した。
優が いるから 大丈夫だと 思った。
しばらくして いじめられっ子が 二人に なった。
優は 二人への 扱いを 変えた。
一人には 沢山 話しかけた。
もう 一人には 必要な ことしか 言わなかった。
優しく された子は 優に 頼った。
あまり 構って もらえない子も 優を見るように なった。
どちらも 優から 離れられなかった。
ある日 構って もらえない方が 言った。
「もう 無理かも」
優は 少し 考えて 言った。
「ここまで 出来たんだから 大丈夫」
その言葉は 優しかった。
でも 助けでは なかった。
それから 少し して ある日 二人は 同じことを 言った。
「もう 何も どうでもいい」
優は すぐには 答えなかった。
少し まを置いて 言った。
「それだけ 本気って ことだよ」
二人は その言葉を
肯定だと 受け取った。
別の日 優は こうも言った。
「君たちは 何も 悪くない」
「悪いのは ずっと あっちだ」
それは 事実のようで
決定でも あった。
その週 優は 早く帰った。
あとを 知らない。
次の日 事件が 起きた。
いじめられっ子 二人が いじめっ子を 傷つけた。
学校は 騒がしく なった。
でも 理由が いじめだと 聞いて 皆 黙った。
優は そこに いなかった。
大人に 聞かれた時 優は こう言った。
「何度も 止めました。
二人とも 強い子です」
誰も 疑わなかった。
優は 最後まで 良い子だった。
優は 何もなく 卒業した。
今 優は 普通に 暮らしている。
友だちも いる。
夜も よく 眠れる。
時々 思い出すのは
誰かに 必要と されていた あの時間だ。
あれより 満たされた ことは ない。
優は 今でも 思っている。
僕は 生きているだけでは 足りなかった。
だから 僕は 良い子に なった。
僕らは、生きてるだけでは足りなかった @AsuAsaAshita
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