勇者を守る俺は、彼女が次の魔王になる運命を知っている

あいはし

宣告

第1話 凱旋と宣告

 世界中が、その少女を祝福していた。

​ 王都の大通りを埋め尽くす民衆。

 降り注ぐ五色の紙吹雪。

 鐘の音が鳴り響き、誰もが涙を流して「勇者」の名を叫んでいる。

​ 先代の魔王は滅びた。

 永きにわたる闇の時代は終わり、世界に光が戻ったのだ。

​ 白馬が引く儀礼用の馬車の上。

 煌びやかな装飾の施されたドレスに身を包んだ少女――勇者リザが、照れくさそうに手を振っている。

​ 異世界から召喚され、過酷な旅の果てに世界を救った救世主。

 誰もが彼女の未来に、輝かしい幸福が待っていると信じて疑わない。

​「……馬鹿な連中だ」

​ 俺はパレードの喧騒から離れた路地裏で、その光景を見上げていた。

 歓喜に沸く民衆が哀れでならない。

 そして何より、あんなに無邪気に笑っているリザが、直視できないほどに痛ましかった。

​ 彼らは知らない。

 この世界の残酷なシステムを。

​『勇者は、魔王を殺した瞬間に“魔王因子”を継承する』

​ それが真実だ。

 今はまだ、封印によって抑え込まれているに過ぎない。

 遠くない未来、彼女の体は魔王へと変質し、人類の敵となる前に俺に殺される運命にある。

​ なら、最初から俺が――Lの一族が魔王を倒せばよかったのか?

 否、それは不可能だ。

​ 完全体の魔王は『聖なる力』以外のあらゆる物理干渉を拒絶する。

 俺の剣など、その肌に触れることさえ叶わない。

 だから俺たちは、彼女を利用したのだ。

 完全体の魔王という堅牢な城門をこじ開けるための、『鍵』として。

​ その代償として、行き場を失った魔王因子(のろい)が勇者へと流れ込み、彼女自身を次代の魔王へ変質させると知りながら。

​ 守護者であり、共犯者であり、順に最後は処刑人。

 それがLの一族。

​ 魔王へと堕ちる勇者をこの手で葬り、宿主を失った呪いを大気へと霧散させる。

 次の完全体の魔王が自然発生するまでのつかの間の平和を、彼女の命で購(あがな)うリセットボタン。

​ それが、俺の役割だ。

​「……笑ってんじゃねえよ、リザ」

​ 遠くに見える彼女の笑顔が、俺の胸を鋭利な刃物のように抉る。

 世界で一番幸せであるはずの今日が、彼女にとっての「終わりの始まり」であることを、俺だけが知っていた。

​◆

​ パレードが終わった後の王城・控え室。

 重厚な扉を開けると、リザが長椅子にぐったりと沈み込んでいた。

​「う~……疲れたぁ……」

​ 俺の顔を見るなり、リザはだらしなく声を漏らす。

 さっきまで民衆の前で見せていた聖女のような表情はどこへやら、そこにはただの等身大の少女がいた。

​「エル! 見てよこれ、手振るだけで筋肉痛になりそう。勇者の仕事って魔王倒すよりパレードの方が大変なんじゃない?」

「……減らず口を叩く元気があるなら大丈夫だな」

​ 俺は努めて冷静に、いつもの「守護者」としての仮面を被る。

 水を差し出すと、リザはそれを一気に飲み干して、ぷはーっと息を吐いた。

​「でも、よかった」

​ リザは空になったグラスを両手で包み込み、窓の外に向けられた視線を柔らかく細める。

 窓の向こうからは、まだ宴の余韻が聞こえていた。

​「みんな笑ってる。もう誰も、魔物に怯えなくていいんだね」

「ああ。お前が救ったんだ」

「私が、かぁ……。なんかまだ実感ないや」

​ リザは自分の掌をじっと見つめる。

 その手は小さく、剣ダコで少し荒れていて、そして温かい。

 この手がやがて、世界を滅ぼす魔の手へ変わるなんて、誰が想像できるだろう。

​「ねえ、エル」

「なんだ」

「私ね、やりたいこといっぱいあるんだ」

​ リザが顔を上げ、キラキラとした瞳で俺を見る。

 その光が、俺には毒のように眩しい。

​「元の世界には戻れないって言われた時は泣いちゃったけど……でも、こっちの世界も素敵なものいっぱいあるじゃない? 美味しいお店巡りもしたいし、旅の途中で素通りした海も見てみたい。あ、あとね、恋愛とかもしちゃったりして!」

​ 彼女は指を折りながら、未来への希望を語る。

 それは、平和な世界に生きる少女なら誰もが持つ、当たり前の権利。

 だが、彼女にだけは許されない未来。

​「エルも付き合ってよね。私の護衛なんでしょ? Lの一族ってのは、平和になったらお役御免なの?」

「……いや。俺の任務は、勇者の生涯を見届けることだ」

​ 嘘ではない。

 お前が魔王になり、俺がその首を刎ねてこの残酷な連鎖をリセットするその瞬間までが、俺の任務だ。

​「やった! じゃあこれからも一緒だね」

​ リザは屈託なく笑い、俺の腕に自身の腕を絡めてくる。

 体温が伝わる。

 生きている、ドクンドクンという脈動が伝わる。

​ 俺は奥歯を噛み締め、こみ上げる吐き気を呑み込んだ。

​「ああ……そうだな。一緒だ」

​ 今はまだ、何も言えない。

 この残酷なカウントダウンがゼロになるその時まで、俺はこの優しい地獄の中で、彼女の味方のふりをし続ける。

​ リザの瞳の奥が一瞬、赤黒く濁ったような気がして、俺は思わず息を止めた。

 だが、瞬きをすると、そこにはいつもの明るい琥珀色の瞳があるだけだった。

​ 兆候は、確実に始まっている。

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