第3話

「これから入隊試験までは、真剣を使った稽古と、近隣の魔物討伐へ向かう剣士隊への同行及び実地訓練となる」


 練習生たち1人に1本、真剣が行き渡ったところで、部隊長が言った。


「当然ながら、真剣での私闘は言語道断。即刻ここから叩き出す」


 視線をアイザックとウィルに向ける。2人は静かに視線を宙に彷徨わせた。


「昨今、グリーンヒル周辺に厄介な魔物はほとんど出ないが、油断は禁物だ。魔物に遭遇した場合は直ちに剣士に報告すること。討伐は剣士に任せれば良いが、可能であれば駆逐しても良い。が、間違っても死ぬな」


 練習生が怪我を負ったり、万が一命を落としたとしても、何の補助金も保険金も出はしない。骨折り損の犬死にである。


「いいか。些細なことでも、何かあれば必ず同行している剣士に報告しろ。絶対に、だ」


 語尾を強め、部隊長は再度注意を促した。


「……やっぱり、少し緊張するな」


 カストを含めて数人、真剣を初めて握った者たちは、その手に感じる重みに内心ヒヤリとする。


「2つのグループに分ける。先発隊として、さっそく明日の実地訓練に向かいたいという希望者はいるか?」


 迷わずウィルは挙手する。真剣の素振りをしているより、絶対に実地訓練の方が楽に違いない。

 ウィルの挙手を見て、アイザックも手を挙げた。他にも手が挙がり、計6名。


 アイザックはチラリとカストを見たが、さすがにいきなり実戦は無理だと判断して手は挙げていなかった。


「出没する魔物は?」


「スライムとゴブリン。稀に飛蛇が出ると聞いている」


「雑魚ばっか」


「ウィル。そうやって油断している奴ほど、足元を掬われるんだぞ」


「へいへーい」


 部隊長は大きく息を吐く。本当にこの幼い少年に、真剣を握らせて良いものだろうか。これまでに何度も自問自答を繰り返した。そしていつも辿り着く答えは、自分にはこうすることしかできないのだ、ということ。


「それでは、挙手した6名は、明朝6時に剣士隊のグラウンドに集合。剣士隊第2部隊7班と8班と共に現地に向かってもらう」


「第2部隊?」


 ウィルがカストに問う。


「専属剣士隊は第3部隊まであって、第1部隊は、グリーンヒル・シティ内が管轄。第2部隊がグリーンヒル近郊。第3部隊がそれ以外の国内だね。各地に支部隊もあるけど、所属は第3部隊になるんだ」


「つまり、第3部隊より第2、第1の方が偉い奴らの集まりってことか」


「入隊したばかりの剣士はほとんど第3部隊に配属されるらしいよ。第3部隊でも首都本部の配属ならいいけど、地方の支部となると……場所によっては辛いなぁ」


「ちなみに、あのオッサンは?」


 と、ウィルは目の前の部隊長を指差す。

 部隊長はわざとらしく咳払いをした。


「私は第3部隊の部隊長だ。こうして練習生の様子を見に来るのも仕事のうちだ」


 普段、主にウィルたちに剣技の稽古をつける師範は別にいる。また、基礎知識を身につける座学の講師も然り。部隊長は月に1度程度やってきて練習生の様子を見たり、時にはこの間のように稽古をつけてくれることもある。


「第3部隊って、暇なん?」


「誰が暇だ!」


⭐︎


 ーー明朝。

 集まった練習生6人と、第2部隊7班の5人、8班の4人は、2台の馬車に分かれて移動した。


 ウィルとアイザック、それからイアンという名の練習生の3人は、8班の4人と同じ馬車だった。


 特にお互い自己紹介も無かった為、ウィルは心の中で『日焼け』『傷痕』『筋肉ハゲ』『金髪』とあだ名をつけた。見たままの特徴である。


「あのぉ……剣士のお仕事ってどうですか?」


 馬車が走り始めてしばらくしてから、イアンが遠慮がちに、剣士たちの中の誰という誰ともなく尋ねた。

 どの剣士たちも鍛え抜かれた体つきで、大きい。その雰囲気だけでも、どこか近寄りがたく圧倒される。


「どう、とは?」


 日焼けした男が眉を顰めた。


「その……思っていたよりも楽だなぁとか、逆にしんどいなぁとか。剣士になって良かったこととか、何でもいいんですけど」


「そうだなぁ……思っていたよりも死にかけることが多い、だな」


「え」


 凍りついたイアンをよそに、剣士たちが口々に口を開く。


「特に第3部隊にいた時はきつかったよなぁ。俺は入院2回で済んだけど」


 そう言ったのは顔に大きな傷痕のある男。


「あれだろ? オークにぶん投げられて粉砕骨折」


「俺は人狼を相手にした時、腹から腸を引き摺り出された時はさすがにもうダメかと思ったわ」


「あと遠征も地味にしんどいよな。馬車で2日、3日ならまだしも、1週間とか」


「足場の悪い雪山もあったよな」


 そんな事もあったよなー、と笑う金髪の男。

 剣士たちの昔話に花が咲くにつれ、どんどんとイアンの顔色が青ざめていく。


「今回の練習生は全部で20人だろ? 外部からくる奴も合わせて、入隊試験を受けるのは50人くらいか。まぁ、30人は受かると思うぜ」


「その……根拠は……?」


 聞かなくても答えはわかったが、聞かずにいられないイアン。


「減った駒は補充しねぇとな」


 やっぱり、とイアンは絶句する。

 就職活動に失敗したからと、軽い気持ちで剣士の練習生になってみたものの、稽古の辛さに2ヶ月で嫌気がさした。そこからなんとか自分を騙し騙しここまで来たが、今は猛烈に後悔している。


「それで、そっちのガキは何の冗談だ?」


 筋肉隆々のスキンヘッドが、ウィルに視線を向けた。

 ウィルは馬車の窓からぼんやりと外を眺めたまま、返事をしない。隣に座っていたアイザックが、肘でウィルを小突いた。


「おい、クソガキ。指名されてんぞ」


「新人をビビらせて楽しんでるような奴らのことなんかほっとけ」


「おま……っ!」


 慌ててアイザックは両手でウィルの口を押さえ付ける。


「す、すみません! こいつ、礼儀とか常識を母親の胎内に忘れてきたみたいで!」


「ふぬーっ!」


「ちっ。今年の練習生にガキが紛れ込んでるって噂は聞いてはいたが、実地訓練までノコノコやってくるとはな」


「ガキのお守りなんかまっぴらゴメンだからな。せいぜい泣き出さないよう、あんたら練習生がおんぶでもしてやれよ」


「あ、あ、あの! でもこの子、一応根性があるっていうか、そこそこ強いんじゃないかなぁって、俺たち練習生の間では一目置いてるんですよ! な? アイザック!」


「はっ。口の悪さと素行の悪さと不遜な態度には一目置いて……で、でべぇっ! ぐびをじべるな!」


 押さえつけた口を放さないアイザックの首を、ウィルが締め上げる。


「ごちゃごちゃうるせぇなぁ!」


 アイザックの手を振り解き、ついでに首を絞めていた手も放す。


「年齢なんかどうでもいいじゃねぇか。要は魔物を殺すか殺されるか、それだけだろ」


「肝が座ってやがる」


 筋肉男がニヤリと笑う。


「お手並み拝見といこうじゃねぇか」

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