第2話

「こっちの正門じゃねぇのか?」


「いやぁ、デリックは西の方だと言っていたんだけどなぁ」


「西? 西ってどっち?」


 翌朝の早朝訓練の後、アイザック、カスト、ウィルの3人は道に迷っていた。


 眼前に広がるのは白亜の城、グリーンヒル城。

 アイザックの指差す正門には鎧に身を包んだ兵士の姿があり、城壁に沿って等間隔に兵士たちが警備にあたっている。


 ウィルたちが目指しているのは、グリーンヒル専属剣士隊の訓練場。そこで来週の実践に使う真剣を借りてくるよう、師範から使いに出されたのである。


 練習生の訓練場は丘の下の街の中。対して剣士隊の訓練場は丘の上の、城の近くにある。


「城壁の中に訓練場なんかないだろ、馬鹿じゃねぇの」


「これだけ広いんだから、何があるかわかんねぇだろうが、クソチビ」


「デカけりゃいいってもんじゃねぇぞ、ハゲ」


「まだハゲてねぇわ、殺すぞ」


「喧嘩しないでくれよ……とにかく、西だよ、西」


「だから西ってどっちだよ」


 城壁の周りを騒ぎながら歩く3人。


「人に聞いた方が早いね。あの警備兵に聞いてくるよ」


 と、カストが歩き出そうとするのを、ウィルが片手で制した。


「どうせ聞くなら、女の方がいい」


 ウィルは、少し離れた場所を歩いている女の方へと小走りで向かった。


「おねーさん」


「ん?」


 長いツインテールの女が振り返る。

 ウィルはニコニコと笑顔を浮かべ、女もまたニコリと笑った。


「あら、可愛い。どうしたの?」


「剣士隊の訓練場ってどこか知ってる?」


「ええ、わかるわよ。案内しようか?」


「ホント? 助かる!」


 その様子を、少し離れたところから眺めるアイザックとカスト。


「……ウィルのあんな顔、今まで見たことねぇぞ、俺」


「末恐ろしいね……」


 歩き出したウィルたちの後を、2人もついて歩く。


「俺はウィル。おねーさん、名前は?」


「キリーよ。ウィルは、訓練場に何をしに行くの?」


「剣を借りに」


「剣を?」


 キリーはチラリと後ろの2人を見た。そして、カストがウィルの父親だろうと推測する。


「お使いね。偉いわね」


 父親の手伝いをしているとは感心である。それにしても似ていない親子だ、と。


「キリーは? 城の人?」


「まぁね。時々こうやって、道に迷っている人を案内しているの」


「ふーん?」


 よくわからないが、これだけ大きな城にもなると色んな仕事があるのだろうと納得する。


 キリーに先導され、3人は城の横手の道を歩いていくと、やがて新たな建物が見えてきた。


「あれが剣士隊の寮とグラウンド。その横にあるのが訓練場よ」


「ありがとう。本当に助かったよ」


「どういたしまして」


 礼を言うカストに、キリーはヒラヒラと片手を振る。


「じゃあね、ウィル」


「またな、キリー」


 歩く度に揺れるツインテールを見送り、その姿が見えなくなった後、ウィルは首を小さく傾げた。それに気づいてカストが尋ねる。


「どうしたんだい?」


「いや、なんか……変じゃなかった?」


「変とは?」


「……なんだろ?」


 具体的な言葉が出てこない。

 可愛い女だった。18歳くらいで、ウィル好みの顔立ちでもあった。ただ微かな違和感が胸の片隅に残っている。


「変なのはてめぇの頭だろ。女の前でだけヘラヘラしやがって、もう発情期か」


「発情期とか……きもっ」


 アイザックを軽くあしらい、訓練場に向かって歩き出すウィル。キリーに対する違和感は、もう忘れていた。


「おい、カスト。あんた、よくこのクソガキと同室で過ごせるよなぁ?」


「いやぁ……私の娘も、ウィル君と同じくらいだからなぁ」


「なんだ、結婚してるのかよ」


「バツイチだよ。娘は元妻の方にいるんだ」


「養育費を払うために、より良い給料を求めて?」


「ははは。ベタだろう?」


 アイザックは何とも言えない表情で頭を掻いた。自分も含めて練習生のほとんどは、学は無いが体力に自信があるからとか、剣技に覚えがあるからとか、中には国を守る為という立派な志を持ってとか、そんな10代後半から20代の男ばかり。若すぎるウィルも特異だが、これから体力が衰えていく40代のカストも目立っている。


「さすがにもう歳だからなぁ。今回の試験で受からなければ、もう練習生としてはいられないだろうし、剣士は諦めるつもりだよ」


「あんた、筆記試験は問題ないだろうし、実技だって勝敗は合否に関係ないって言ってたし、大丈夫だろ?」


「勝敗は関係ねぇっつっても、そもそも剣の素質が無けりゃ、ダメじゃね?」


 2人の会話に横槍を入れるウィル。


「おっちゃん、下半身が弱ぇんだよ。腕だけで振ろうとするからすぐバテる。真剣持って魔物とやり合ったら、すぐヤられるだろうな。けどまぁ、剣士になれたら保険に入れるって言うし、そしたら保険金で養育費も払えるか」


「おい! 黙れよ、クソガキ!」


 ウィルを怒鳴りつけるアイザックだが、ウィルの指摘が的確であることに内心驚いた。何度か木剣を使用した稽古でカストと打ち合ったことがあるが、アイザックもウィルと同じ印象を持ったのだった。

 そしてまた、ウィルと打ち合ったこともあるがーー


「エロガキ。お前、ここに来る前は誰に稽古をつけてもらってたんだ?」


「エロガキって誰だよ。人語を喋れ、クソジジィ」


「ウィル=レイト! ホントにてめぇは人を馬鹿にするのが上手だなぁ!? で!? 誰に習ったんだよ!?」


 ウィルはピタリと足を止めた。

 無意識に、首に下げたネックレスの鎖に指先が触れる。鎖には、銀のリングがひとつぶら下がっていた。


「……ウィル君?」


 カストが声を掛けると、ウィルは小さく息を吐いてアイザックを見上げた。


「教えねぇよ、ベロベロバー」

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