七不思議の七番目 幸色の厄災ちゃん

@absence0433

第1章 火は煙より生まれ落ちる

第1話 桜花高校の七不思議

「きっと先輩は、私という厄災に侵されてしまったのです」


 それは、満開の桜が花を散らす春の終わりに迷い込んだ、偶然のようで必然のような出会いであった。


義憤ぎふん、あるいは同情でしょうか。例えばそう、ある大雨の日の下校中にたまたまずぶ濡れの子犬を見つけてしまった時のように。先輩は私という可哀想なものを見つけて――認識してしまったから、そんな誤った感情も抱いてしまったのでしょう」


 夕暮れの教室――否、教室を模して造られた虚構の空間で、彼女は整然と並べられた机の一つに腰を掛け、深紅の混じった黒目がちの瞳をうっすらと細ませる。

 窓の外は憂愁ゆうしゅうを秘めた夕焼けに染まっていて、紅に山吹を混ぜ込んだ強烈な色彩が彼女の横顔を鮮やかに照らしていた。


「ねえ、先輩。もしも、こんな私という亡霊に同情してくれたのなら、最期にもう一つだけお願いを聞いてくれませんか?」


 少女の体躯たいくに重さはない。なぜなら、少女は生きてなどいないのだから。

 亡霊、幽鬼ゆうき、あるいは単純に怪異かいいと呼ぶべきか。今になっても、俺は彼女という存在を理解してはいなかった。


 いや、彼女のことだけじゃない。人間とか怪異とか、理屈とか誘因ゆういんとか、そういう小難しい話はなにも分からないままで。

 だけど一つだけ、確かに言えることがあるとすれば、それは彼女が紛れもなくここで生きていて――死んでいたということ。

 彼岸ひがんでも此岸しがんでもない境界線の上で、俺達は出会い――そして、契約を交わしたのだ。


「ねえ、先輩。もしも、私という亡霊に同情してくれたのなら、私の存在を――七不思議の七番目を、いつの日か忘れてくれると約束してください」


 七不思議の七番目、不幸を呼ぶ厄災ちゃん。小さな悪戯で人をおちょくるのが好きで、時々見せる澄んだ笑顔が魅力的で。

 そして、誰よりも一番この学校を愛していた七不思議の少女。


 常識という名の日常は崩壊し、世界が理外りがいの非日常に傾いたあの日を――自らを最悪と称した厄災なる彼女との出会いの日を。

 俺はこの先一生、絶対に忘れたりはしない。


***


「ねえ、霊斗れいとは学校の七不思議って知ってる?」


 唐突に声をかけられて顔を上げてみると、頬杖を突く幽実ゆうみの顔と一緒に黒板上の時計が目に入ってきた。

 チクタクと分刻みに動く長針と短針は午後五時を示そうとしている。クラスメイト達の役員希望用紙を集計し始めたのは四時頃だったので、もうじき一時間が経過しようとしていた。


「なんだ、机に噛り付いて文字と向き合うのに飽きてきたか?」

「それも半分あるわね。ただもう半分として、最初から話をするつもりではあったわ」

「タイミングを窺ってたってことは、また変な噂話でも仕入れてきたのか。幽実は本当、オカルトな話題が好きだな」

「惚れた腫れたの下世話な勘繰りを主食にしてるよりはマシでしょ?」

「そりゃそうかもしれないが……」


 年頃の女子高生の好物がスキャンダラスよりオカルティックな話題だというのは、はたして健全といえるのだろうか。

 人の趣味にケチをつけるつもりはないが、中学時代から勉強もそっちのけにして怪奇な話の収集に傾倒しているのを見ていると、少しだけ将来が心配になる。


 ただまあ、自称している通り悪い趣味でないことは事実で。

 幽実の語る噂話オカルト非現実オカルトであるが故にその全てがデマだったわけだが、嘘を嘘だと理解したうえで楽しめるのが彼女の趣味の良いところでもあった。


「それに、非日常的な噂ってなんかロマンがあると思わない?」

「ロマンね……確かに、そういう神秘とか不思議な体験に憧れを抱く気持ちもわからなくはないけどよ」


 共感出来る部分もあったのでとりあえず頷いておくと、幽実は「でしょでしょ~」と満足そうに笑いながらシャーペンを机に放り捨てた。

 どうやら、ながら作業ではなくしっかりと、オカルト話一本で時間を潰すつもりのようだ。


 元々の経緯として委員長である幽実の仕事を俺が手伝っていたはずなのに、肝心の本人が仕事を投げるとはどういう了見だと思わなくもなかったが、彼女は俺が来る前から頑張っていたようだし、今回ばかりはサボりを許してやることにした。

 それに、単純作業で眠くなってきた脳を覚ますのに、彼女の語る奇譚きたんはちょうどいいだろう。


「んで、今回のネタはなんだ?」

「最初に言ったでしょ、学校の七不思議よ」

「七不思議か、オカルトな話としては定番の名前だな。けど、去年も高一として一年間は通ってたわけだが、うちの学校――桜花おうか高校の七不思議なんて聞いたことないぜ?」


 学校の七不思議。意味合いとしては、学校内で伝わる怪談話を七つ集めたものの総称。

 俺の知る限りだと、動く人体模型とか十三段目の階段なんてのがぱっと挙げられるが、ここで彼女が言う七不思議とはそういう一般的な例ではなく、学校特有のローカルな怪談話を指しているのだろう。


「一つ二つくらいはあるかもしれないが、普通の学校に七つもオカルトが眠ってるのか?」

「霊斗がそういう噂に疎いだけで、通の間では有名なのよ。とは言っても、霊斗の話した通り一つ二つくらいを断片的に知ってるって生徒がほとんどで、七不思議の全体を把握出来てるのは私みたいなオカルトファンだけでしょうけどね」

「それはつまり、幽実が七つ掻き集めたオカルト話を勝手に七不思議と呼称してるだけなんじゃ……」

「違うわよ! 知る人ぞ知る内容ってだけで、これからする噂はどれもれっきとした七不思議よ!」


 幽実は机の上に身体を乗り出させると、頬をぷっくりと膨らませて訂正しろと抗議してくる。

 噂話にれっきも正真正銘もない気がするけれど、ことオカルトに関してはこちらの方が素人である。


 玄人の彼女が七不思議だと断言するのなら、信じてやるのが良い聞き手というものか。

 不要な茶々を入れて、楽しそうに語る彼女の腰を折るのは本望じゃないし。


「悪かった悪かった。なら聞かせてくれよ、その選りすぐりの七不思議ってやつを」

「もちろん! 怖いものから少し不思議なものまで、見取みどりに取り揃えておりますとも!」


 自慢の売り物を見せつけるがごとく、両腕を開いて得意そうに胸を張る幽実。

 もっとも、肝心の品物は目に見えないオカルト情報なのだが、あたかも机上に並んでいるかのように振舞いながら、彼女は最初となる噂の内容を語り始めた。


「まず一番目は、封鎖された女子トイレの個室で夜な夜なすすり泣く『ハナコさん』の噂。泣いている声につられて扉に手をかけると、現世に憧れた『ハナコさん』に眼球を奪われちゃうんだとか」

「花子さんとは、最初にベタな怪談を持ってきたな」


 その名前は、オカルトに詳しくない俺でも耳にしたことがあった。

 扉を開けると目を奪われるのは本校オリジナル要素ではあったが、存在自体はトイレに潜んでいることで知られている花子さんで合っているだろう。


「ベタな怪異だからどこにでもいるんじゃなくて、どこにでもいるからベタな怪異なのよ。あと、うちの学校はカタカナ表記で『ハナコさん』だから、そこのところ間違えないように!」

「読みは一緒なんだからどっちでもいいんじゃねえの?」

「だーめ! 怪異にとって名前っていうのはすごく重要な意味を持つんだから、正式名称を忘れたせいで呪われてもしらないわよ」

「わかったわかった、ちゃんと間違えずに覚えておく。それと、俺から話を遮っておいてなんだが、とりあえずさわりだけでも七不思議を全部一気に教えてもらっていいか?」


 やや興奮気味の幽実をどうどうと抑えつつ、細かい点に突っ込んでいては話が進まないと判断したので、ひとまずは七つ全てを聞くために続きを促してみる。


「んー……そうね。初めに全容を知ってからの方が理解もしやすいかしら?」

「ああ、そうしてもらえると助かる」

「おっけー。じゃあ、次の七不思議に移るわね」


 話のわかる友人で助かった。早め早めに先々の展開を語りたくて仕方がないだけかもしれないけど。

 幽実は指をピンと二本立てて、怖い話をするにはやや不釣り合いな喜色を浮かべながら七不思議の続きをつむいだ。


「二番目は、合わせ鏡の間に立った生徒を無限へと引きり込もうとする『悪魔の手』の噂。怖いもの見たさに合わせ鏡を覗き込もうとすると、無限の最奥さいおうから『悪魔の手』が伸びてきて魂を奪われちゃうんだとか。

「三番目は、散らかった部屋をいつの間にか綺麗にしてくれる『小さな妖精さん』の噂。毎日毎日忙しくてお片付けに手が回らないと嘆いていた部長さん。ある日部室に顔を出すといつの間にか散らかっていたゴミや小道具が綺麗に片づけられていてびっくりしたんだとか。

「四番目は、根に埋まった死者の血を吸い続け永遠に咲き誇る『枯れず桜の木』の噂。裏庭に咲いている桜の木々が四月下旬になっても満開なのは、中心に立つ木の下に埋まっている死体の血を啜って精気を満たしているからだとか」


 三本目、四本目と伸ばす指を一本ずつ増やしていきながら、彼女は順々に七不思議の謎を話し並べていく。


「五番目は、いつの間にか君の隣にいる『見知らぬトモダチ』の噂。当たり前のようにそこにいて、気が付いたら知り合っているその存在は、いつからトモダチであったのか誰も知らないんだとか。

「六番目は、七不思議の一つでありながらその詳細は誰も知らない。なぜなら、七不思議を全て知った人間は、呪いを受けて殺されてしまうから。

「そして最後の七番目は、出会ったものに災厄と不幸をもたらす『かわいい少女の亡霊』の噂。その蠱惑こわく的な少女の魅力に心を奪われてしまったが最後、骨の髄まで搾り取られてもなお少女の亡霊に心酔し続け。己に降り注ぐ災厄や不幸にすら気付けないような破滅の人生を歩まされてしまうのだとか。

「以上、これら七つで桜花高校七不思議! ね、ラインナップが豊富だったでしょ?」

「……確かに、こと種類に関してだけなら豊富ではあったな」


 全体の比率として、顔や魂を奪ったり不幸をもたらしたりと怪異譚らしい負の側面が強くはあったが。

 中には人間に益をもたらす妖精や見ず知らずのトモダチという都市伝説的な噂話もあり、恐怖一辺倒でない点を踏まえれば顔ぶれが多岐たきにわたると言っても差し支えはなかった。


「ただ、六番目は誰も知らないってオチで、七つとしてカウントするのはありなのか?」

「逆よ逆、七つの内一つだけが誰にも知られてないことで、初めて七不思議は成立するものなのよ」

「なら実質は六不思議ってことか? それはそれで釈然しゃくぜんとしないが……」

「まあ後は、『知ってしまったら殺される』という通説そのものが七不思議の六番目という捉え方も出来るかしらね」

「なるほど、通説そのものが七不思議の一つか……俺的には、そっちの解釈の方が好きかもしれないな」

「霊斗のお気に入りなら、後者の説を採用としましょうか!」


 俺の意見一つで形が決まるとは、思いのほか融通が利く都市伝説のようだ。

 そんな適当な話の運び方をしているから、七不思議が七つの噂の寄せ集めじゃないかと疑わしくなるのだけど。


 しかし、未着手の状態では空白でしかないキャンバスにも、数多の色が塗られることで初めて何もない空間に白色という意味が生まれるように。

 七つで一つの塊として語られる七不思議だからこそ、誰も知らない噂が――空席のままに怪異譚として席を埋めることもある、ということか。


 知らないことを知っているとは、なんだか無知の知を思い出させられる。

 屁理屈で言葉遊びに過ぎないのかもしれないが、幽実のオカルトから哲学的な気付きを得られただけでも、今の七不思議は十分に面白い話であった。


「それで、七つとも一気に話しちゃったけど、霊斗は特に気になった噂とかあった?」

「そうだな……思ってたよりも興味深い話が多かったから、全部気になったと言えば気になったが、とりわけて挙げるなら最後に話した七番目かね」

「七番目は『かわいい少女の亡霊』の噂ね。なになにー? 霊斗もやっぱり男の子だし、かわいい女の子が一番気になるってわけー?」

「容姿が気にならないって言えば嘘になるが、そっちよりも亡霊って点だよ。七不思議の内この噂だけ明確に亡霊ってワードが登場してたわけだが、その少女ってのは実在する人間だったのか?」


 亡霊――定義としては、死者の魂を意味する言葉だ。

 四番目にあった『枯れず桜の木』の噂にも死者の血という言葉が出ていたが、あっちは死体ではなく桜の木が七不思議の対象であったので、亡くなった少女のなにかが怪異の対象となっているのは七番目だけであった。


「そうらしいけど……ごめんね、具体的にどの子って話までは蒐集しゅうしゅうしきれてないの。ただ、別の噂によれば、七番目の少女は七不思議を全て知ってしまったせいで六番目に殺されちゃったんだとか」

「おいおい、それじゃあ話が矛盾しちまうぞ。その少女自身が七番目なんだから、生きていた当時に七不思議はないだろ」

「当時は当時で、別の七不思議があったのかもよ? 噂は語り継がれる中で形を変えていくこともあるわけだし。ただまあ、あくまでもこれは仮説の一つってだけだから、真相はまるで違うかもしれないけど」

「うーん……まあ、そういうものなんだろうな」


 身も蓋もない話をしてしまえば、七不思議自体が非現実オカルトなわけだから論理を求めるだけ不毛とも言えよう。

 尾ひれがつくなんて言葉にもあるように、伝聞は間に人を挟んだだけ誇張と捻じ曲げを繰り返し元の形を失うものだ。


 ただ、それでも思うところがあるとすれば。

 七不思議の七番目が気になってしまった理由。


 亡霊は、あくまでも亡くなった少女の霊という役割なだけで、具体的に誰であるかまでは言及されない。

 怪異譚という創作的にはそれで十分なのだろうけど、ったかもしれない故人の少女を想像すると――意思のない形骸けいがいだけが語られるというのは、少しだけ残酷なことに思えたのであった。

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