偽造地球人 

流山忠勝

紛い者の潜入録


ある星に、とても聡明な宇宙人が一人いた。

その宇宙人は、他を凌駕する頭脳と、あまりにも柔軟な適応能力を有していた。


その才能を星の偉い者たちが見逃すことはなく、彼は異例の速さで出世を果たした。


そんな彼に、ある日、星の王はこう言った。


「我々は、今後100年以内に、ここから離れた星系にある「地球アース」と言う惑星を手に入れるつもりだ。その偵察…つまり、スパイとしてお前には活動してもらいたい」


王はこうも言った。


「我が星に必要な資源を奪い、我々の平和を守る。そのために、お前の力がいるのだ」


彼に拒否権はなかった。

この星では、王の命令は絶対であり、拒否は死を表す。


彼にできるのは「謹んでお受けいたします」と言うことだけであった。


彼は栄えある最初の潜入調査員となったのである。


彼は、いくつかの地球の言語や文化を映像越しに教えられ、生きる手段、科学知識、調査においての目的、意味を叩き込まれた。


味のない栄養補助食を口に入れ、飲み込み、最低限の睡眠を取る。

後は、ひたすら訓練と講義を繰り返すのみだった。


しばらくして、彼には、星の科学により生み出された、地球人そっくりの肉体が与えられた。サラリーマン風の服を着た、二十代前後の若い肉体だった。


この肉体は環境に合わせて調節ができる優れものであり、そのことは、彼の任務が何年かかるのか、未知数であることを示していた。


彼はその肉体に意識を移植され、地球近くの星で、専用の瞬間移動テレポート装置に入れられ、地球のある場所へと転送された。



彼が転送されたのは、アメリカの都市近郊だった。


彼は特別な経路で国籍を作成し、身分を偽ると、しばらくの期間をスラム街で過ごした。


その間に彼は、戦闘訓練により鍛え上げられた力を使い、数多の困難な裏稼業で金を稼ぎ、邪魔をする襲撃者たちを一掃し、都市一番の大学へ入学した。


彼はメキメキとその才覚を発揮していった。


事前に祖星で予習していた知識を活かし、多くの科目でトップクラスの成績を挙げ、体を使う授業でも抜きん出た記録を作った。


また積極的に地球人の習性や歴史を学び、地球人らしさを拡大。AIやITの分野にも進出し、地球の全ネットワークを把握した。

さらに、身に付けた心理術とコミュ力で、多くの有力な友を作り、膨大な人脈を構成した。


彼はもっと多くのことを知るために、地球人たちの中心を抑えるために、そして、地球人の重要な情報を掴むために、優秀な研究者になる道を選んだ。


優秀な研究者ならば、地球人のあらゆる科学力を把握できるだろうし、様々な国々の国家機密級事業に携われるかもしれない。彼はそう考えたのである。


彼の快進撃は続いた。

祖星の進んだ科学知識のある彼にとって、地球の科学を理解していくのは、赤子の手を捻るよりも簡単だった。


彼は、首席で大学と院を出、アメリカの核融合や反物質に関わる研究機関に勤めることとなった。


そこでも日々努力を欠かさず行い、世界的な科学雑誌に秀逸な論文を載せに載せまくった。同時に、ほぼすべての先輩たちにわざと接触し、全員と親密な仲を築いた。


信頼を得るために、行動で示すことも少なくはなかった。


寝る間も惜しんで研究に没頭し、他の研究者たちから、認められるほどになった。

大学時代以上の人脈を得、数年間で、多くの成果を挙げ続けた。


もちろん、大学時代から続く有象無象の中傷もあった。しかし、彼は気にならなかった。


自分には、この星、地球を徹底的に調べ尽くし、祖星の発展に貢献するという使命がある。その心が彼を突き動かしていたからだ。


それが達成されるのならば、いくら罵倒されても構わない。

そうして、ついに彼はノーベル賞を史上最年少で受賞した研究者となった。



彼が結婚したのは、受賞から一年が経った頃だった。

大学時代の元同級生だった地球人と、彼は些細な成り行きで結婚した。


知り合いの研究者の仲介による、ファーストコンタクトを経て、彼女の社会的地位、研究者としての理解度などから、結婚するメリットが大きいと判断したことが、この出来事を起こしたのである。


彼にとっては、周囲の心配を断ち、社会的地位を今まで以上に安定させるための手段に過ぎなかった。


彼は、意外にも妻と積極的に話し合い、交流し、円満な状態を維持した。


離婚されては意味がないうえに、ある程度の親睦を深めなければ、周りから根も葉もない悪い噂を流されかねない。


だからこそ彼は、模範的な夫を演じるようになったのである。

数年後、彼の家庭には、娘が一人生まれた。


娘の成長を通じて、彼は地球人そのものの生態を理解しようともした。

どのようにこの星の人間は育まれ、大人となるのか。それを知ることも、彼の使命に関わることだった。


時は待たずにただ目まぐるしく過ぎていく。


彼は研究者としての権威を盤石なものにし、世界各国に飛び、秘密裏の研究に関与するようになった。


核融合による、新エネルギーの開発。

反物質の簡易な作成方法。

大型AIのさらなるアップデート。


そして、最高機密に相当する、最新型の軍事兵器への開発協力。


彼は、益々地球の最先端技術と機密事項に関わるようになった。


彼の研究は多様な分野に応用され、もはや地球人にとって欠かすことのできない柱となりつつあった。


こうして、彼は長い長い年月を経て、地球人の全科学と構造、裏の事情といった情報を得るに至ったのである。



彼が地球に来てから、約50年の月日が流れた頃だった。

ついに、彼の祖星から、特殊なテレパシーを通じての帰還命令が下った。


『合図を送り次第、指定した場所へ行き、星へ戻れ。全情報を我々に伝えよ』


命令はシンプルなものだ。

たしかに、もう十分情報は得ている。これだけ多くの知識、技能、背景、関係性が分かるのならば、堂々と成果として渡すことができるだろう。


目的の場所までは、車でたった3時間の近場だ。

なにも難しいことではない。


「…終わりか」


ふと日射しが零れる窓の外を見てみる。

青々とした木が二本、堂々と立ち、その中で小鳥たちが穏やかな音色を奏でている。

空は一面の青に覆われ、光り輝く太陽が中心に居座っていた。


綺麗だ。そのことだけが、頭に浮かんでいた。

祖星にはなかった、自然の光。


人工的に作られた、偽物の生命光ではない。紛うことなき、原始からの恵み。


祖星の光景を思い出す。


荒れ果てた灰色の大地で暮らす人々。

技術を独占する貴族たちの豪邸。

自分たち以外の生命をバカにするかのようなポスター。

自身に向けられた、実験台としての視線。

地球以上の格差と永遠に続くかのような人工的な街並み。


古い赤紫色の椅子に腰を掛ける。

そっと目を閉じると、走馬灯のように、地球の潜入記録が脳裏に流れていく。


異常なほど声を掛け、「お前はすごい研究者になる」と言っていた教授。

自分にいつも突っかかって来た、同僚との口喧嘩。

曇りのない眼で見つめる後輩という名の地球人。

何故か必要以上に構ってくる妻。

自らの決意を話す娘。


楽し気にサンバを踊る地元民。

クリスマスで賑わう住宅街。

スポーツの熱狂を映す展望塔の画面。

自分に尊敬の眼差しを向ける職員の方々。

笑う人々と、どこまでも続きそうな桜並木。


彼は不思議な気持ちを抱いていた。

どうして今になってこんなことを思うのだろうか。


「お父さん。どうしたの?」


何の前触れもなく声が聞こえてきた。

後ろを振り返って見てみると、成人となった彼の娘の姿がそこにはあった。


白衣を纏い、研究資料の入ったバックを両手に抱えている。


「アンナ。帰っていたのか」

「うん。ちょうど一区切りが着いたの。今日は、母さんがシチューを作ってくれるんだって」

「…そうか」


「誰かの役に立つ研究がしたい」そう言って、同じ研究者への道を歩み始めた娘は、今や将来を嘱望される者の一人だ。

おそらく職場から、早めに戻ってきたに違いない。


今、この子の未来には、予測のつかない世界が広がっているのだろう。


「…なぁ、アンナ」

彼は、誰に言われるまでもなく、まるで必然であるかのように、気づけばおのずと、行き場のない問いを娘に投げかけていた。


「知識は、何のためにあると思う?」


娘は一瞬驚いた表情を見せると、「珍しいね。父さんから質問なんて」と言いつつ、すぐに笑顔を浮かべ、口を開いた。


「…それも含めて、日々できるだけ良い方向に考えていくために、知識があるんじゃないかな?まあ、人それぞれ考えは、違うだろうけど…父さんは、父さんなりの考えでいいと思うよ」


「じゃあ私、部屋に行くから。また晩御飯にね」娘はそう言い残し、居間から出ていった。いつもと変わらない明るさを纏ったまま、彼女は颯爽と去って行った。


白銀の光は変わらず窓から差し込み、居間の影を濃く映していた。


彼はしばらく熟考し、椅子から立つと、ポケットにしまっていたスマートフォンを開き、同僚の一人に電話を掛けた。



彼の祖星は激怒した。

いつまで経っても帰ってこない潜入調査員に対して、非常に腹を立てていたのである。


「何をしているんだ、あの役立たずは!!全連絡を無視するとは何事だ!」


祖星の王は、耐えきれず、祖星が誇る戦艦隊を数百、地球に送った。


内情を突いて交渉が出来ぬのなら、武力に訴えかける。

それが王と取り巻き達の考えだった。


しかし、その考えは甘かった。


地球に辿り着いた戦艦隊は、地球人の開発した最新ビーム兵器により、次々と破壊されたのである。


核融合と反物質による新エネルギーを基にした威力と、自律型AIによる自動捕捉技術。その他無数の技術により、最適化された防衛システムは、地球に飛来した戦艦を容赦なく撃っていき、一隻たりとも逃さなかった。


全戦艦隊は、あっさりと消滅したのである。


かくして、戦力を失った祖星は、やがて権力を失い。

数年後、民衆の蜂起によって、侵略どころではなくなった。



「博士。あなたの開発された技術のおかげで、我々は異星からの侵攻を防ぐことができました。あなたはまさしく、私達人類の光です」


異星侵略未遂事件から数日後。

ある記者からのインタビューに答えていた。


「…いえ、私は自分の心に従っただけですよ。それ以上でも、それ以下でもありません」


地球で最も権威のある研究者の一人は、苦々しくも笑っていた。


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偽造地球人  流山忠勝 @015077

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