追憶堂 ─ 忘却の対価 ─
空飛ぶチキンと愉快な仲間達
プロローグ
その店は、目的を持って探す者には決して見つからず、道に迷い、自分自身をも見失った者だけが不意に突き当たる、地図の空白地帯だった。
街灯の届かない路地裏、雨樋から滴る水音が規則正しく、しかしどこか不穏に時を刻む場所。古びた木製のドアに掲げられた「追憶堂」という看板は、長年の湿気を吸い込んで今にも腐り落ちそうに見えた。看板の文字はかすれ、知らない者が通りかかれば、ただの廃屋と見紛うだろう。
ここは、記憶の骨董屋。
人が一生の間に溜め込み、抱えきれなくなった「思い出」を買い取り、しかるべき棚へと整理する場所。
店内に一歩足を踏み入れれば、そこには天井まで届く無数の棚があり、精巧な細工が施されたガラス瓶が、淡い光を湛えて整然と並んでいる。
淡い桃色の「初恋」、煮えたぎる熱湯のような「憤怒」、そして瓶の底に沈殿した泥のように重い「後悔」。
店主のクロは、銀縁の眼鏡を長い指先で静かに押し上げ、暗闇の向こうを見つめた。
今夜もまた、背負いきれないほど重すぎる荷物を抱えた迷い人が、この扉を叩こうとしている。その足音は重く、人生の黄昏時を迎えた者の悲哀に満ちていた。
「……さて。今宵のお客様は、自らの手で愛を殺したと信じ込む、哀れな加害者、ですか」
店主の独白は、冷たい空気に溶けて消える。
それは、死よりも重い「罪」を売りに来る、一人の男の足音だった。
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