20|民俗学調査資料

作成時期不明

私立██大学文学部史学科 民俗学調査資料



日本における「目のマークを描く」儀式の歴史と現代の都市伝説での扱い



■要旨

 本資料は、「目のイラストやマークを描く」という行為が、過去の宗教・民間信仰・呪術においてどのように位置づけられてきたかを整理し、近現代に残存するオカルト/都市伝説的実践へ連接するための概説である。


 中心論点は以下4点である。


・視線そのものに力(害・祝福)が宿るとみなす観念

・「目」図像や目に類する反復もんようを防除具として用いる技法

・日本の具体例(ダルマの目入れ、海女あまのセーマン・ドーマン、いのじゃかごもんよう等)における意味付け

・大衆文化における「描く呪術」の再商品化・再物語化



■ なぜ「目を描く」ことが儀式になるのか

 目は身体器官としての機能(見る)だけでなく、社会的関係(見られる/監視される)、宗教的想像力(神仏が見守る/じゃが害する)ことを連想しやすい。そのため、目の図像を描くことは、単なる装飾ではなく、さいやくの回避・境界の防御・がんけの可視化として儀式化しやすい。


 古典的には「じゃ(evil eye)」信仰が知られる。これは「ねたみ等を帯びた視線が相手に害を及ぼす」という広域的観念であり、古代から世界各地に分布し、護符や呪法を伴うと説明されることが多い。


 この枠組みを導入すると、「目を描く」行為は以下の二方向に整理できる。


・害をもたらす視線の回避:悪意の視線を跳ね返すため、目の護符を掲げる(例:ナザール)。

・守護する視線の導入:神仏・共同体・自己の「見守り」を図像化し、危険領域に持ち込む(例:ぎょろう・旅・やくけ)。



■眼差しの呪力観

 じゃ信仰の重要点は、「見る」という行為が当事者間の関係を変化させるという直観である。たとえばブリタニカ百科事典は、じゃいちべつが傷害や死をもたらし得ると信じられた観念として概説し、その分布の広さと持続性を述べる。


 この類型は日本においても、直接的にじゃという語を用いずとも、「にらみ」「目つき」「見られること」へのや、目に関わる兆候・禁忌・呪法の集合として観察される。たとえば小池(2012)は、目をめぐる兆・応・禁・呪を「感覚の民俗」研究として取り上げ、片目・一つ目の表象、ダルマなどが「目」の観念に結びつくことを論じている。


 ここで重要なのは、目が「器官」から「記号」へ移行するとき、目の数(単眼/複眼)、配置(格子/同心円)、線の運動(一筆書き/循環)が、呪術的説明と結びつきやすい点である。以降の日本の事例は、まさにこの「記号化された目」の実例として整理できる。



■日本の代表例

 ダルマに目を入れる慣習は、「未完の状態=祈願」「成就=かいげん」という二段階構造を取りやすい。かわさきだいのダルマに関する公的資料は、祈願の始めに片眼を入れ、成就時に両目として「かいげん」し満願成就とすること、さらに地域固有の作法(男性は左眼、女性は右眼)を記載している。


 この形式は、願いの進行状況を可視化する、未完であることにより継続的祈願を促す、目を霊力の通路と認識するといった想像力を呼び込みやすいという点で、現代の「描く呪い/描くおまじない」へ接続しやすい。


 仏像の「かいげん」も、目の表象が宗教儀礼の核心へ入りうることを示す。東大寺の公式史叙述は、しゃだいぶつの造像と大仏殿こんりゅうが進み、752年(てんぴょうしょうほう4年)にかいげんようが営まれたことを述べる。


 このように、目は「霊性を入れる(像を像以上にする)」局面で象徴化され、以後、民間側でも「目を入れる/開く」行為が願掛け・防除の語彙として理解されやすくなる。



■文様としての目

 海女あまが用いる「セーマン・ドーマン」は、危険領域(海中)に身を置く職能集団が、図像を防除具として携行する典型である。文化庁の日本遺産ポータルは、海女あまの磯手拭いに星形(セーマン)と格子(ドーマン)が染め/刺繍され、危険から身を守る「まじない」である旨を明記する。


 さらに市の資料は、格子が「多くの目で魔物を見張る」、あるいは「出入口が分からず入りにくい」といった説明が流布していること、星形は一筆書きで戻るため「入り込む余地がない」といった語りがあることを紹介する。


 この説明は、目の図像が「監視」「迷路化」「侵入困難」を意味しうることを端的に示す。ここでは「目そのもの」を描かずとも、「目の集合(格子)」として機能している点が重要である。



いの:建築・金具に現れる防除の「目」

 いのは一般にハート形に似た意匠として認識されるが、建築意匠・金物・窓などに用いられてきた。大阪文化財ナビの用語解説は、いのが「心臓型(ハート型)」とも呼ばれる文様であること、由来説明として「いのぎょ」等の形態理解(猪の顔に見える等)を紹介している。


 いのを「目」と呼ぶ命名それ自体が、「目=災厄の侵入を察知/遮断する境界標識」という想像力を支える。とりわけ寺社建築においては、いのが「開口部」や「吊り下げ装飾」に組み込まれ、火災・邪気・不浄を遠ざける説明と結びつきやすい。


 この点を補強する材料として、禅文化研究所紀要の論文はぎょという寺院建築の部材の起源・展開を建築史的に論じ、ぎょが意匠として多様化していく過程を扱う。


(注:ぎょ一般の機能説明には、意匠史・建築史・民間信仰の説明が混在しやすい。したがって本資料では、ぎょの「起源・用例」は建築史研究に依拠しつつ、個別意匠(いの)に付随する防除解釈は、地域の語り・信仰実践の側に置いて理解する)



じゃ:同心円と「目」の比喩

 じゃ傘は、中心部と外周部の色分けにより同心円を成し、蛇の目に見えることから名付けられる。べっ大学の研究資料は、じゃ傘が同心円状に紙を張ってじゃもんようを作り出す特徴を記す。


 またぬま市の資料館だよりも、中心の輪模様が「蛇の目のよう」であるため名称が成立することを説明している。


 同心円は「視線」「注視」「中心への集中」を連想させやすく、結果として目の比喩が成立する。ここでも重要なのは、実際の蛇の眼球というより、目に見える幾何学を生活用品へ載せることで、守護・威圧・境界表示の意味付けが生じうる点である。



かご:網目・多数の「目」と防除の語彙

 かごもんようは、籠の編み目を図案化した反復文様であり、「目の多い構造(網目)」として理解されやすい。近代以降の意匠解説では、かごを「多くの目」を持つため邪気を遠ざける、といった説明がしばしば与えられる。


 ただし注意しなければならない点として、文様は一般に「け」の意味が付されがちであることの考慮が必要である。博物館研究・文化表象研究では、衣服の刺繍や背守り等が「子どもを守る」意図を持つ地域差を指摘し、文様の意味付けが一様ではないことを示している。


 したがってかごについては、網目=多数の目という比喩が成立しやすいこと、背守り等の文脈で防除的意味が語られやすいこと、ただし意味は固定ではなく、後世の説明が強く作用しうること、の3点をセットで扱うことが安全である。



■セーマン・ドーマンとの比較:格子・籠目・目の「増殖」

 海女あまのドーマン(格子)説明が「多くの目で見張る」と語られる点は、かご文様の「目の多さ」解釈と構造的に近い。


 両者は、目を一つ描くのではなく、目を増殖させる(格子・網目・反復)ことで防御力を高めるという語りを誘発する。ここから「目を描く」要素を含む現代オカルト的実践が、文化的にもっともらし”感じられる理由が導かれる。すなわち、反復=累積=防御の強化、という素朴な形式合理性である。



■現代への接続:大衆文化における「描く呪術」の再編

 近代以降、「占い・おまじない」は雑誌・商品・手作り文化と結びつき、個人が実践可能な「技法」として再編集されてきた。橋迫(2014)は、少女雑誌『マイバースデイ』を事例に、「おまじないグッズ」がモノと結びつくことで消費され、自己表現や差異化の回路にもなることを論じている。


 この枠組みによれば、現代の都市伝説的実践において「目を描く」行為が流通しやすいのは、材料が安価で、手続きが単純で、視覚的成果物が残り、SNSや口コミで再生産しやすいからである。


 さらに、都市伝説研究は、現代社会における「語り」の循環(流言・伝播・変形)を扱い、近年の怪異・オカルトが共同体的に更新される過程を分析対象としている。国立歴史民俗博物館の研究報告には、都市伝説研究の参照枠(海外研究の受容を含む)に言及する論考が見られる。


 ここに「目を描く呪法」が入り込むとき、伝統的防除具(ダルマ、海女あまの印、いの等)の断片が、説明資源としていわば再利用される。すなわち、起源の厳密さよりも「昔からあるような/ありそうな」形(目・格子・一筆書き)が、語りの説得力を補強する。



■まとめ:本資料が示す連続性(伝統→現代)

 以上より、「目を描く」儀式的行為は、次の連続性として記述できる。


・視線に力が宿るという広域的観念(邪視)

・防除具としての「目」図像/「目に似た反復文様」(格子・網目・同心円)

・大衆文化による技法化


 この連続性の中で、現代オカルト/都市伝説の「目を描く」実践は、伝統の直接の残存というより、伝統的説明資源の断片を組み替えた〝再構成物〟として理解するのが妥当である。

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2026年1月3日 12:00
2026年1月3日 13:00
2026年1月3日 14:00

〝目を描くおまじない〟に関する各種資料 黒井夜(くろい よる) @KuroiYoru9618

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