危機管理を覚えなさい

命野糸水

危機管理を覚えなさい

12月といえば街中がイルミネーションで包まれる月である。プレゼントをねだる子供達、それに応えるサンタ。トナカイも活躍する季節である。


または新年に向けての準備を行う季節である。大人はポチ袋を用意しその中にお金などを入れる。


ここでお金などを書いたのは、ポチ袋に入れて渡すお年玉が現金とは限らないからである。中は商品券やクオカード、図書カードなどを入れる人もいる。


いや、もしかしたらもうポチ袋にお金を入れて渡すという文化は古くなってしまったのかもしれない。今や支払い方法にはキャッシュレスが流行っている。お年玉もキャッシュレスで払う傾向に世の中が変わっていても不思議ではない。


そんな12月の中でも今日は26日。サンタクロースやトナカイが仕事を終えた次の日である。そんな日に俺の目の前には1人の男が座っている。


薄汚れた灰色っぽい壁に囲まれた狭い部屋。椅子がつ二つと机が一つ置かれているこの部屋で今行われているのは取り締まりである。


そう、俺は日本で唯一拳銃の所持が認められている職業の警察官。目の前に座っているのは事件を起こして自ら出頭してきた容疑者である。


「では取り締まりを始める。えー、あんたの名前は佐藤昴、職業はフリーターで間違いないな」


「あぁ、間違っていない。本来ならそのフリーターという部分は別のものに変わっている予定だったが。まぁあくまで予定であって現段階で変わっていないのだからしょうがない。俺はフリーターだ」


ずいぶんと回りくどい言い方をする容疑者だ。


「あんたは昨日の12月25日、三本木にある憩い広場に飾られているクリスマスツリーの飾りに小型爆弾を仕込み爆発させた容疑がかけられている。間違いないな」


「あぁ間違いない。間違いないしな、俺は出頭した時にそう言ったはずだ。俺が憩い広場のクリスマスツリーの飾りに小型爆弾を仕掛けて爆発させたと。爆発して混乱しているのを存分に眺めて楽しんでから出頭したと。あんたは言ったことを覚えられない奴なのか」


いや、そう言うわけではないのだが、確認することが義務付けられているので聞いているのだ。俺は目の前にいる佐藤の証言をしっかり覚えている。


「佐藤、あんたの証言はしっかり覚えている。でもな、一応確認しろと上から言われているんだ。なんでな、そう言わないでくれ。でだ。爆弾は誰が作ったんだ。他にはあるのか。まずはそれを確認したい」


「爆弾は俺が全て作った。安心しろ、仕掛けたのは三本木の憩い広場に飾られているクリスマスツリーの飾りだけだ。他に爆弾はないから爆弾処理班を向かわせる必要はない」


「爆弾の作り方はどこで習った。誰に教えられた」


「爆弾の作成方法は昔工学部にいた時に、そこにいた同級生に習った」


「それは誰だ。今どこにいる」


「名前は確か田中だったと思う。今そいつがどこにいるのかは知らん。俺はあの工学部を卒業したが、田中は確か途中で辞めてしまった。そこからあいつがどこで何をしているのかは知らん。


連絡先も残念ながら知らん。よってあんたたち警察側に渡せられる情報はない。嘘をついていると思うのなら工学部側に確認すればいい。田中が辞めたことについては確認できるだろう」


爆弾の作り方は同級生に教えてもらった。佐藤はそういうが果たして本当なのだろうか。まぁそれはいいか。後で工学部側に確認すればいい話だ。それよりも佐藤には他にも聞かなければならないことがある。


「なぜあんなことをした。目的はなんだ。なぜあの場所だったんだ。答えろ佐藤」


「おいおい、警察よ。そんなにいっぺんに聞くなよ。安心しろ。俺はちゃんと丁寧に一つずつ答えてやるから。そう焦るな。それよりもボールペンと紙を用意してくれないか。動機などを説明する時に使いたい」


ボールペンを取り調べの際に容疑者に渡す。これは禁止行為となっている。それは過去取り調べ中にボールペンを渡した容疑者がそのボールペンで警察を指すという出来事があったためである。


また違うことも行われた。容疑者が自らの体にボールペンを指し自殺しようとしたのだ。

そのようなことが起こってからボールペンを渡すのは禁止になっている。


「すまないがそれはできない。ボールペンを渡すことは禁止になっているからな」


「おいおい、もしかして俺がボールペンをもらったことであんたたちに抵抗するんじゃないかなんて思っているのか。馬鹿にするなや。そこら辺の底辺な奴らと違って俺は抵抗なんてしない。警察から逃げたかったのなら今頃逃げてる。わざわざ爆発したクリスマスツリーを眺めた後に出頭なんかしていない。なぁそう思うだろ」


それは佐藤の言う通りだ。佐藤は自ら出頭した。警察から逃げたいと思っていないだろう。しかし自らを傷つける可能性がある。その点からやはり佐藤にはボールペンを渡せない。


「佐藤が逃げないであろうことは俺も分かっている。分かっているのだがルールなのだ。許してくれ。それよりも早く動機を言ってくれ。なぜあんたはあんなことをしたのか」


「まず俺がなぜ爆弾という手段を選んだのか。それはだな。俺の知識が活かせて大勢のやつを混乱に巻き込むことが出来るからだ。ただ俺は死者を出したくなかったから小型爆弾にした。火薬を調整してな。実際に怪我人は複数人出たかもしれないが死者は出ていないだろ」


佐藤の言う通り死者は出ていない。怪我人は複数出た。


俺は頷いた。


「俺の火薬調整がうまくいったってことだ。手段を爆弾にしたのはこれが理由だ。次にだな、なぜ俺があの場所のあそこに爆弾を仕掛けたのかについて教えてやる。こんなに素直に取り調べに応じる奴は珍しいだろうからな。しゃんと目に焼き付けておけよ」


何を偉そうにしているのだろうかこいつは。爆弾で大勢を怪我させたんだぞお前は。そんなに誇らしげに語るな。


「当初というか俺は爆弾を設置する場所を3ヶ所まで絞った。残りの候補は上谷交差点付近と都庁近くだ。ただロケハンした時に他の二つは辞めた。ことを起こして後に眺めづらいと思ったからだ。


で最終的に三本木の憩い広場にあるクリスマスツリーの飾りに爆弾を仕込むことにした。あそこの近くには商業施設がありそこからクリスマスツリーを眺められたからな。そこにした」


「同期はなんだ。なぜ昨日にした」


話を聞く限りクリスマスに関係があるのだろう。よくカップルを見るとイライラするという奴がいるが、佐藤もそうなのだろうか。


「クリスマスは幸せで浮かれている奴が多い。そういう奴らには危機感を与えなければならない。そのために俺はクリスマスツリーの飾りに爆弾を仕込み爆発させた。危機感を教え込むために何」


「カップルを見るとイライラするということか」


「いや、それは少し違うな」


佐藤は否定した。


「カップルに限らずだ。危機感を与えないといけない。あんたも教習所に通っていた時に言われていただろう。かもしれない運転を心がけろと」


なぜ今佐藤の口から教習所の話が出たのかは分からない。分からないがかもしれない運転に関しては分かる。子供が飛び出してくるかもしれない、自転車が飛び出してくるかもしれない。目の前で何かが起こるかもしれない。そのかもしれないと思いながら運転しなさいと。


「そのかもしれないを与えたのさ。いつ何があるか分からないんだぞと。それを教えるための爆弾だ」


「もういい。分かったから。よは佐藤、あんての目的は危機管理を覚えさせるためにクリスマスツリーの飾りにこ小型爆弾を仕掛けて爆破させたと。そうだろう」


「そうだ。理解が早くて助かる」


これで必要なことは聞き取れた。取り締まりも終わりだ。


「これで取り締まりを終える。判決は後々決まる」


佐藤に取り締まり終了を告げると俺は取り調べ室を出た。

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