第3話 とにかく一緒に帰りたい
陽葵と「好み」の話をした翌日の放課後。
梅雨は明けたはずなのに、空は不機嫌に歪み、バケツをひっくり返したような豪雨が校舎を叩きつけていた。
傘を忘れた俺は、もはや立ち上がる気力もなく机に突っ伏していた。
「はぁ……。終わった。この雨じゃ、駅に着くまでに俺の自尊心ごと水に溶ける……」
「おいおい、そんなに絶望すんなよ」
前の席に座る太陽が、椅子の背もたれに腕を乗せてこちらを向いた。
「太陽……お前、傘持ってるだろ? お前の『太陽パワー』でこの雲を吹き飛ばしてくれ」
「残念。俺の名前は太陽だが、名字は『
「名字に負けてんじゃねえよ! 無能な太陽め!」
ガクン、と再び頭を下げて絶望の底へ沈む。
だが、そんな俺の脳天を、一筋の柔らかな光が貫いた。
「……よかったら、私の傘に入っていかない?」
「えっ、マジで!?」
差し伸べられた救いの手に、俺の体は反射的に跳ね上がった。
声のトーンからして、すでに地盤を固め終えた白鳥か明石あたりだろう――そう高を括って顔を上げた俺は、そのまま思考を停止させた。
「……ん? ……か、鹿島さん!?」
そこに立っていたのは、予想だにしていなかった「1%の例外」、鹿島陽葵だった。
嘘だろ、白鳥じゃないのかよ!? 昨日の今日で、このシチュエーションは俺の心臓の耐用年数を超えている。
陽葵は俺の驚きすぎた反応を見て、左腕をぎゅっと胸に抱え、不安そうに瞳を潤ませた。
「……ごめんね。やっぱり、私と一緒だと嫌だった……かな?」
(しまっ――!?)
まずい。ここで彼女を泣かせたりしたら、俺の築き上げた支持率は一気にマイナス一万%まで転落する。いや、それ以前に俺の良心が耐えられない!
「いや! 全然! むしろ、ありがとうっていうか、こちらからお願いしたいくらいだよ!」
「……ほんと? なら、よかった」
俺の必死すぎるフォローを聞いて、陽葵は安心したように小首を傾げ、ふわっと微笑んだ。
(…………天使だ)
普段、クラスの連中が彼女をそう呼ぶのを「大げさだ」と思っていたが、訂正する。
みんなの言うことは、正しかった。
ホッと胸をなでおろしたところで、茶化してくるであろう親友に釘を刺そうと前の席に目を向ける。……が、そこにはもう、もぬけの殻となった椅子があるだけだった。
「あれ? 太陽の奴、どこ行った?」
「……? 雨宮くんなら、少し前に『野郎の出番は終わりだ』って言いながら、どこかに行っちゃったけど?」
(太陽……お前っていう奴は……!)
空気を読みすぎて音速で退場した親友の粋な計らいに、心の中で深く感謝する。
だが、俺が感激に浸っている一方で、陽葵はどこか申し訳なさそうに眉を下げ、表情を曇らせていた。
「もしかして……雨宮くんと一緒に帰りたかった、かな?」
「いやいや! 違う違う! ただの腐れ縁で、さっきまで暇を潰してただけだよ!」
陽葵の口からネガティブな言葉がこぼれ落ちる前に、間一髪で否定を叩き込む。
「勘違いで関係が崩れるのだけは、万に一つもあってはならない」――それが、恋愛初心者なりに俺が心に決めた鉄則だ。
「そっか……。それなら、よかった」
陽葵はホッとしたように、そっと胸を撫で下ろした。その小さな仕草一つとっても、俺の心臓には刺激が強すぎる。
俺は椅子から立ち上がり、鞄を肩にかけ直した。
「よし。じゃあ、行こうか」
「うん!」
外は相変わらず激しい豪雨のままだが、隣で弾けるように笑う彼女の表情は、そんな雨雲など一瞬で吹き飛ばしてしまいそうなほどの輝きを秘めていた。
///
俺と陽葵は、並んで下駄箱の前に立っていた。
昨日もそうだったが、学校の「天使」と行動を共にしていると、突き刺さる視線の数が尋常ではない。
元来、筋金入りの陰キャだった俺は、他人の視線に対しては野生動物並みに敏感だ。
背中のあたりで「なんであいつが?」「昨日も一緒だったよな」という無言の追求が渦巻いているのを感じる。
(……やばいな、これ。カフェの件だけでも火種としては十分すぎるのに、ここからさらに相合い傘なんて決行したら……明日には校内の過激派に暗殺されるんじゃないか?)
スリッパをしまい、靴に足を入れる。
頭の中では、すでに明日のための「言い訳シミュレーション」が高速で展開されていた。
(いや、ダメだ。今はそんなことを考えている場合じゃない!)
ぶんぶんと首を振って、ネガティブな妄想を振り払う。
まずは鹿島陽葵という存在を深く知ること。それが「彼女を作る」という大目標の最優先事項だ。外野の雑音なんて、明日考えればいい。
「……よし」と、一人で納得して目を閉じ、力強く頷く。
すると、視界が開けた先に、靴を履き替えて不安げにこちらを窺う陽葵がいた。彼女は左腕を胸に当て、申し訳なさそうに眉を下げている。
「ごめんね……待たせちゃって」
「いや、全然! 俺も今終わったところだし。……よし、行こうか」
「うん!」
俺の返事に安堵したのか、彼女はパッと表情を明るくした。
――とその時。
「早く、行こ!」
「……っ!? ああ!?」
不意に、制服の袖越しに腕を軽く掴まれた。
そのままグイッと前へ引かれ、俺の体はつんのめるように彼女の方へ傾く。
昨日より、ずっと近い。
心臓が跳ね上がり、呼吸の仕方を忘れそうになりながらも、俺は彼女の小さな背中を追うようにして雨の中へと踏み出した。
次の更新予定
とにかくすなおな鹿島さん とっきー @Banana42345
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